2439年 アルマゲドンレポート   そしてスカイバードとの邂逅

2439年 アルマゲドンレポート 箱舟より    執筆責任者:植民活動支援機構 臨時現地統括責任者――掠れて読めない

X-day

私達は我が母星パルエが光る光景を見た。
パルエの陰に入った「箱舟」の楽しみはパルエの街の光を見る事だった。
今日は違った。ロケット燃料の光跡が幾千、幾万本も闇を照らし出し、街の光を覆い尽くした。
最初に気付いた者は何が起こったのか分からなかっただろう、事故かはたまた故意かすら。
しかし全ては始まった。核弾頭を在庫処分のように、ロケット花火を並べて火を付けたみたいに飛ばしている。
爆弾で地面を耕すような戦争をしてきた我々人類でさえこんなことは経験したことは無い。
核爆弾で地殻を耕すような・・・それ以上の表現ができない。
どの国も対空、対宙ビーム兵器を目いっぱい照射している。
しかしそれを上回る飽和攻撃を受けている。どの国も着弾する核弾頭の爆風で対空兵器が破壊され、みるみるうちに空へ延びるビームは沈黙してしまった。
そこからは狂ったように、いや最初から狂ってる。
ロケット燃料の光跡が四方八方へ飛び去り、あたり構わず地面を耕している。
我々「箱舟」メンバーは4時間、たった4時間だったが、全ての人類が消滅する光景を見ているしかなかった。


「箱舟」船員への心へのダメージは大きかった。
当然だ、当たり前じゃないか。植民するのは私達だが、移住するのはパルエに住んでいる人々だったのだ。
もはや計画は頓挫した。本末転倒だ。ちくしょう。なんでこんなことに。
自棄を起こした船員が船内をやたらめったらに破壊している。止めに行かなければ。


暴動に発展した、警備隊がテイザーで鎮圧している。幸いなことにコントロールルームや操縦区画、エンジンブロックでの惨事は起こらなかった。
ひとまず精神的に参ってしまった船員を懲罰区画に放り込んでおくしかない。


しかしもうどうすることもできない事が一つだけある。
【「箱舟」への支援物資が来ない】
こればかりはもうどうにもならない。お手上げだ。
持って15日分しかない、クソッタレが。今日積み込む荷物も全て地上で灰になった。
最終的に船員全員をコールドスリープにかけることになる。
とはいっても助けが来なければただの棺桶になるだろう。最終手段はオッズの低い賭けでしかない。

 

X+1day

寝付けなかった、いくら目を閉じてもまぶたの裏に焼き付いたあの光を忘れることはできない。
植民活動支援機構のスタッフも全員同じようだった。中には寝ずに遺書を何十枚も書いてる奴までいた。
うちからは懲罰区画行きは出なかったが、逆だ。暴れる気力もない奴らが大半だ。

いつもは3交代で行うローテも崩れた。終末が近いので皆心細くなっていた。
食事は全員で摂った。私たちのミーティングルームは人で埋まった。だが折れそうな心を支えるには十分だった。
沈黙を破ったのは副長だ。
“私たちはこれからどうしましょう”
その鶴の一声はスタッフの心を支えるに十分だったようだ。少ない可能性でも話し合えばいい案が出てくるかもしれない。
そして何より、皆で話し合っている間は悲観はしても絶望に至ることがない。
そうだ、可能性。可能性の話を私達はし続けた。


そんな折警備隊が私達の部屋にやってきた。警備隊では収拾がつかないらしかった。
何がって、私達とは違って心が折れてしまった奴らがどんどん増えているらしい。
悲観しないように話術を巧みに操る警備隊の言葉でさえ、あのパルエを覆い尽くす劫火の前には無力だった。
狂ってしまい脱出ポットで逃げようとしたり(ソイツのいう事ではパルエに残した家族が心配だったそうだ)
無理心中をしようとしたり、機器を片っ端から壊そうとしたりする奴も。
見つけ次第懲罰区画に放り込んでいるが、その区画もパンク寸前だそうだ。

決断は迫られていた、何より早く次の手を打たなければ手遅れになる。
我々植民活動支援機構は軍隊上りの技術者が多い、だから冷静になれた。
だがほかの船員は訓練されているとはいえ「一般人の中のスペシャリスト」程度でしかない。
警備隊も軍人だった我々を頼らざるを得ない状況だという事だ。
どちらもメンツにかけて絶対ありえないとまで言っていた警備隊と軍人が手を組むなんてな。
まったく世も末だ。・・・ジョークにもならん。

懲罰区画にいる奴らをほとんどコールドスリープにかけた。例外は比較的冷静な者と、今後の対策会議で力になってくれそうな奴だ。

 

改めて、今度はパルエの大陸が昼になっている時に母星を見た。
ただし「箱舟」のすべての窓に耐圧シャッターを作動させた。
その惨状を見たのはコントロールルームの奴らと植民地活動支援機構と警備隊のメンバーだけだ。
2度目だからもう心は揺り動かなかった。冷徹な目でそれを見ることができた。
・・・大陸の至る所から煙が上がり黒い雲を形成し、その隙間からは大型のクレーターが至る所に出来ている。
そんな我が星パルエを。


X+2day

未だパルエとの連絡は取れず。
全回線で呼びかけているが反応が無いとの事。
各国にも地下深くにシェルターがあっただろうが、恐らく根こそぎ掘り返されたのだろう。
シェルターは放射線を通さないのが主目的で、直撃には耐えられるわけがなかった。
警備隊と植民活動支援機構はこの日は休みを貰えた。治安維持活動に従事したためだ。
船内はいつもの調子を取り戻している。ただし空気がいつもよりぎこちないが。
皆平静を装っているが、火で焼かれるパルエを見て冷静でいられるわけがなかった。
それでも気丈に振る舞おうとしている。あるいは懲罰区画の奴らがコールドスリープに消えた恐怖からだろうか。

しかし秩序は守られた。数日ならば確実に大丈夫だろう。

 


X+3day

改めて対策本部が設立された。ただし、何に対しての対策かは分からないため、ただの「対策本部」だけだった。
有識者や学者、警備隊と植民活動支援機構の代表者が話をした。
自分も出たが、全く進展を見せることは無かった。
パルエは滅び、「箱舟」も今日は3日目だからあと12日で兵站が尽きる。
そうなればもはや棺桶だ。コールドスリープ装置を使っても救助が来なければ半年、長く見積もっても1年持たない。
その前に何に対して対策を立てればいいのか分からない。
その状態で有効な対策を立てろなど、土台無理だ。


X+4day

今日の会議も進展しなかった。
地球に戻る案は(冗談で出されたのだろう)即却下された。
当たり前だ。放射能汚染地域で人間が生きていられる訳が無い。
仮にそれが現実になるとしたら最低100年後だ。そんな時間は無い。
開拓惑星に降り立つ案も提案された。これはなかなか現実的な案だった。
だが時間が足りない。元々兵站船をバケツリレーしながら開拓惑星に行く予定だったのだ。
それを単艦で行うのは無理だ。
しかも植民に際しての気候制御ユニットもこの船には搭載されていない。
あるのは試験導入される予定だった「種蒔き機」だけだ。
一番現実的な案はやはりコールドスリープでパルエからの救助を待つことだけ。
結局そこに行き着き、解散になった。


X+4day

兵站はあと11日。
会議は、コールドスリープに入るまでに船員を説得しつつ治安を維持する方法についが話し合われた。
今回から各ブロックの代表十数名が話に加わった。
彼らはコールドスリープの結論に至る経緯を聞き、非常に動揺していたが、なんとか善処すると言ってくれた。
船員の説得や心のケアについては警備隊や医師が巡回するとも決まった。
我々は一部が警備隊の補佐をすることになる。万が一の時は軍人の方が機転が利く。
警備隊もそれを理解してくれたようだった。


会議が終わってミーティングルームに帰ってくると副長以下5人が私を呼んだ。
他の皆は就寝しているか、遺書を書いているそうだ。
そこで私はとんでもない事を耳にすることになる。
“未来に賭けてみないか”
“私たちはもう死んでしまう”
“だがまだパルエには生き残っている人類が存在するはずだ”
“彼らの未来に賭けてみないか”
そう言われた。私は言っている意味が分からなかった。
つまり、と一呼吸おいて副長が話し始めた。
曰く、これからパルエは放射能汚染で砂漠化してしまうだろうという事。
曰く、砂漠化すると植物は極端に育たなくなるだろうという事。
曰く、我々が「箱舟」に積んでいる「種蒔き機」は開拓惑星の砂漠を少しでも緑地化するために投入される予定だった事。
曰く、それを改造して生殖機能を付与しリプログラミングをした上で、砂漠化したパルエに解き放とうという事。
曰く、繁殖は早いローテーションを組ませることでこれから激しくなるパルエの気候変動に対応させようという事。
曰く、「種蒔き機」は耐ABC(NBC)機能は無いため、成層圏で当面は生活させるという事。
曰く、その為に脱出ポットを改造して成層圏で「種蒔き機」を放出するプランを作成したという事。
曰く、プランの完了には時間がかかり、早い内に私たち植民活動支援機構以外を全てコールドスリープに追い込んでしまわなければいけないという事。
曰く、会議に議案を提出して採択を取る時間がなく、事は1分1秒を争うという事。

曰く、これは事実上のクーデターになってしまう事。


それが言われた全てだ。
“最終的な判断はあなたに任せる、明日までに決めてくれ。”
とまで言われてしまった。


X+5day

兵站はあと10日。
ショックを受けたのか書き終わった後すぐに寝込んでしまった。
ただ、いい案に思えてきた。
未来に託す、か。悪い響きではないな。
この棺桶で、何もせずに朽ちていく訳にはいかない。

起きてから副長に同意のメッセージを送っておいた。
ついでに、このプランの名前を考えておけとも。

クーデターは実行される。すると決めたからには最期までする。

すぐに返事が返ってきた。
“実行は明日です。”
“植民活動支援機構のメンバーへの説得はすべて完了しました。”
“あと生体機関に詳しい科学者も抱き込んだ。彼らは我々に賛同してくれた。”
“作戦名は[WagTail's]になった。”
「鶺鴒(セキレイ)時代」・・・いや、「鶺鴒期」作戦か・・・。
良い名だと思った。
あの「種蒔き機」は尾長で、飛んでいる時は尾が揺れて中々綺麗だ。
だからだろう、あんな名前を付けたのは。

 

X+6day W-day

[WagTail's]は発動した。
武器庫を襲い、警備隊を倒し、クーデターを起こした。
ただ警備隊には根回しがされていたのだろう、抵抗と言える抵抗はなかった。
そのかわり警備隊の面々も作業チームの雑用という事で残すことになった。
負傷者はこちらテイザーの着弾で火傷をした者が数人、死者はゼロ。
警備隊側もテイザーでの火傷が主な負傷理由だ。
ただし運悪くテイザーが首に当たり神経系への過電流で一人が意識不明のまま戻らない。
しかしそれを嘆いてるわけにはいかない。悪役を貫き通すまで。
制圧が完了次第コールドスリープ装置に送り込んでいく。
多くの者は我々に恨み言を吐いた、出来るだけ死ぬのを引き延ばしたいのが人間だ。
コールドスリープで死ぬわけではないが、それが遠因になることは確かだ。
ただ、中には察しているような人もいた。
一日かけて全員のコールドスリープが完了した。
最期まで過ごしたかっただろうが、未来への可能性のために犠牲になった。
黙祷を捧げる。議論に割く時間が無かったばっかりにこの結末になってしまった。


しかしこれであと9日に迫っていた兵站が4倍に伸びる。
実際は「種蒔き機」の改造にも兵站の一部を使うため3倍になるだろう。
つまりあと27日、それ以内に[WagTail's]を完了させなければいけない。
この報告書を書いている暇も無くなるかもしれない。


今日の終わりに、「種蒔き機」の命名を「Wagtail」とする事が全員一致で可決された。


W+1day あと26日
「種蒔き機」の改造作業に入る。
内容は
2 成層圏での生存力強化、酸素に頼らないエネルギー確保、できれば光合成が好ましい。
3 耐ABC、特にAとCに対しての強化、世代を重ねるごとに耐性が増えるように遺伝子を改造。
1 舞い上がった土埃による氷河期に備えての寒冷化対策、それに連なる効率的なエネルギー消費。
7 視力の強化、それによる眼球の肥大化。できれば天体望遠鏡クラスの倍率が望ましい。 「種蒔き機」の対置物体投射プログラムを正確なものに変更。
8 攻撃性の排除、カーストの最下層に位置するようにプログラミング。
4 「種蒔き機」としての機能の改造、種子を自己生成するように設定。 この機能が世代を重ねるごとに退化する事が無いように祈る。
5 種子も一種類が他を駆逐することが無いように繁殖力と生命力を抑える。 これが裏目に出ないことを祈る。
6 生殖に関しては様々な方法を導入、保険だ。

これが期間内で出来ることだ。
時間が余ったらこれ以上の改造を施す。
デバグ作業がすぐに終わればの話だが。

軍や民間の通信基地が生き残っている可能性に賭けて、「唄」を歌わせる機能も追加したい。
もちろん「唄」と言うのは隠語だ。それ自体は歌なのだが音を正しく解析出来れば暗号が解読できる。
今回は全ての回線で使われていたコードに沿って暗号鍵を設定する。通信基地が生き残っていればすぐに解読できる。
新人類が新しい無線機を開発した時は・・・「種蒔き機ラジオ局」が開設されるだろうな。
どうせ旧人類の無線機を直したとしても我々の言葉が分かるはずがない。
だが「唄」は聞いてくれなくても「歌」くらいは聴いてくれるかもしれない。

「唄」の内容は我々「箱舟」がどのような経緯を辿ったか。パルエを生き返らせる策について。エトセトラ


W+2day
「種蒔き機」を一回バラす作業に入る。プログラミングをリセットしている暇はない。
多少不具合が出ようと上書きを繰り返していくしかない
2日かかるだろう。


W+3day


W+4day
解体完了。これより各種作業に入る。
船の対置物体投射プログラムを弄って脱出ポットをパルエに全部投射するように改造する。
投射する時は船内は無重力になるため、安全帯を付けるハンドルを船内に溶接していく。


W+5day
培養器を船内から掻き集める。
これが無いと何も始まらない。
班を分けてリスクの分散を始める。
時間がない。これで半分でも生き残ってくれれば万々歳だ。


W+6day
寒冷化対策を施すにあたって、変温動物のDNAを注入することが決定。
これによりエネルギー消費効率を大幅に上げる事が出来る。
事項の光合成の機能を重視するため、早くこの作業を切り上げたい。
この作業に2日、光合成機能追加を同時進行で3日かかる。
この2つが「Wagtail」の体細胞ベースとなる。


W+7day
光合成には植物のDNAを入れたいが、動物とは適合性が少なく。代替を必要とする可能性。
クリプト植物、ハプト植物をベースに培養する案が出ている。

W+8day
変温DNAの注入完了。適合作業に入る。
光合成DNAは闇鍋を2体、他は有力な光合成DNAを各個体に均等に埋め込む。
明日にはこの作業は完了、一旦デバグ作業を挟んで次項へ。
ここがコケたら全てが水の泡だからだ。


W+9day
デバグは粗方大丈夫だ。
だがここで誤算が発生した。
耐ABCは特にAとCだけとしていたが、今後新種のウィルスによって「Wagtail」が全滅してしまう可能性は指摘されていた。
我々の持つワクチンは全て投入しているが、それでも不十分だ。
AとCについては耐性さえあれば凌げるが、ウィルスについては順応させる必要がある。
そのためのワクチンなのだ。
だから半ば諦めていたのだが、誰かが画期的な案を持ってきた。
“RNA遺伝子にワクチン性を持たせる”というものだ。
RNA遺伝子は変異性が高く、DNA遺伝子より不安定だ。
レトロウイルス科 のヒト免疫不全ウイルスにも見られるように、悪性変異した時の危険度が高い。
だが変異性を上手く利用できれば新たなウィルスに対抗できるかもしれない。
急ぎ、RNA遺伝子を解析し調整するように指示を出した。
最悪でも「Wagtail」がウィルスをばらまくような事態は避けねばならない。


W+10day
耐ABCは順調だ。
Bを除いて今日中にでも遺伝子調整が終わるだろう。
世代を重ねるごとに耐性を強化するように調整を重ねる。


W+11day
1種族の「Wagtail」が拒絶反応を起こし全滅。
原因は不明。調査している時間は無い。強行軍を続行。
全滅した「Wagtail」担当の職員は他の担当に回す。


W+12day
「種蒔き機」としての本来の機能を強化する。
種子の自己生成について
種子植物の機能を生体に埋め込み、適合させる。それは不思議なことに子宮のような形になった。
まぁ当然と言えば当然だ、種子植物のめしべは子宮の形と似ているから。
種子に関しては沿岸部で育ちやすいヤシ系と、砂漠地帯に強いサボテン、アロエベラ系が主になる。
形状は種子にジェル状の保護層で覆い、地上に着弾した時の衝撃吸収およびジェルに根を張る事になる。

もちろんこれにも耐ABCを加える。
ただし植物に生命力を増加させるのは良いとして、繁殖力が強すぎると良からぬ結果を生む。
生命力は順当に強化する事は許可されが、繁殖力は程々に抑えられることになった。


W+13day
「Wagtail」の生殖機能については既に複数の実証段階を終えている。
実証試験を行ったのは我が植民活動支援機構だからだ。
ただ、「種蒔き機」自体に生殖機能は無い。
培養液に浸したガラスケースの中の生殖器で「稚魚」を育てているからだ。
「稚魚」というのはもちろん「種蒔き機」の幼獣だ。魚のように空中を泳ぐことからそう呼ばれている。
生殖機能を「Wagtail」に取り付けるに当たって大幅に小型化される。
当然生殖能力が、つまり一度に「稚魚」を生成する能力も縮小されるわけだ。
これもあらゆる環境に対応できるように改良を必要とした。
またここでデバグ作業を挟む。2,3日かかるだろう。


W+14day
デバグ作業中は特定の人員以外はすることが無いので拒絶反応で全滅した「Wagtail」の死因を探る。


W+15day
拒絶反応で全滅した「Wagtail」は植物性DNAとワクチン性RNA遺伝子が複雑に結合してしまった結果だと判明した。
更に検証を進めると「何かの根」が臓器を内部から蝕んでいることが判明した。
そしてデバグの検証結果が出力され、先のデータとやっとのことで照らし合わせる事が出来た。
幸い他の「Wagtail」が遺伝子異常を起こしていることは無かった。
また、「何かの根」が身体を蝕んでいる形跡もなかった。
しかし確実性の関係上、この問題を無視出来ない。
デバグ作業が伸びる。全員で取り掛かる。
何日かかる事やら、間に合え。

軍人ゆえ耐性は付いていることを逆手にとって、アッパー系の薬物を打つ事を指示。
指定禁止薬物が禁止されている国でも、軍隊には配給、携行、使用が許可されていることは多い。
時間がない、眠っている時間はもっとない。


W+16day
兵站が少ない。それが我々を焦らせる。
確実に。

「Wagtail」が感情的になっているような気がする。
可愛げもなく「種蒔き機」としての機能を遂行するためだけに飛んでいく昔の面影はもう無い。
ガラスを外から指でなぞると培養液の中で眼を指に追従させたり、近づく職員に反応してあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。
本当の魚みたいだ。いや、魚はそのような反応はしないか。


W+17day
新たな問題露呈。
種子の生成機能と「稚魚」の生殖機能の導入で機能不全を起こす。
デバグが伸びる。


W+18day
あと8日しかない。
デバグはまだ終わらない。


W+19day
天にましますわれらの神よ、
御名の尊まれんことを願い、
御国の来たらんことを祈り、
御旨の天に行わるる如く
地にも行われんことを。
われらの日用の糧を
今日われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、
われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え。

(震えた筆跡が見受けられる)


W+20day
薬物を打ってまで作業をした代償は大きい。
昨日の作業後の記憶がない。
適量適用したはずだが、過労と合わさり精神的に悪い方向へ行っていたようだ。
なんで主の祈りなんか書いていたんだ自分は。
救いを求めるのは全てが終わった後だ。

“艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。”

自分の好きな一節だ。自分はこの言葉を支えに生きてきた。


W+21day
デバグ作業が終了した。
今日から「Wagtail」の視力の強化、および対置物体投射プログラムを強化する。
視力の強化は以前から「種蒔き機」を人間が行けない場所へ行く偵察機代わりに使おうという計画があり、それを引っ張ってくる。
対置物体投射プログラムの強化も「種蒔き機」に物資輸送能力を付与する計画から引っ張ってきている。

どちらも軍事利用の為の計画だった。


W+22day
視力の強化に伴い、眼球はかなりの肥大化を見せた。
そして対置物体投射プログラムとの融合を果たした結果、眼球の周りに小型の眼が出る種族も出てきた。
眼の色は種族によってまちまちだが、白熱した溶鉱炉のような色になることが多かった。
いや、言うなれば太陽の色だ。
逆にそのような色の種族の「稚魚」は深い青色をした眼だ。ブルーアワーと言えばいいだろうか。

パルエで見た日の入り後のブルーアワーが懐かしい。
どんな酷い1日でもあの黒く、そして蒼く、地平線に見えるオレンジ色の空に感動したものだ。
パルエで見た日の出前のブルーアワーが懐かしい。
どんなに酷い夜でもあの黒く、そして蒼い空が地平線から太陽に塗り替えられていく光景に感動したものだ。

 

パルエに帰りたい。パルエで見たあの空がもう一度見たい。
もう叶うことは無い。


W+23day
攻撃性の排除に関してはすぐに終わった。
種族によっては近くに「Wagtail」以外が寄ると逃げ出す臆病なもの、何に対しても友好的に振る舞うもの、中立的なもの。
主にこの3つの反応が見られた。

最後のデバグ作業に入る。
当初の設定目標をクリア、それどころか最後のデバグをして2日余るのは行幸だ。


W+24day
「唄」の機能も追加されることになった。
「唄」内容は前にも書いた物が採用された。
あと自分の今付けているレポートも。
「唄」のインストールは明日だ。


「唄」の内容はここで切れるだろう。
だからパルエに残っているかもしれない人類にに何か声をかけようと思う。
何を言えばよいか迷った挙句、ある小説のフレーズを突然思い出した。
だからここに遺そうと思う。

ハローハロー、聞こえますか?
ハローハロー、あなたがいますか?
ハローハロー、此処に居ます。

 

 


W+25day
「唄」を全てインストールする事に成功。


W+26day
最後までパルエから通信が入ることは無かった。
最終工程を開始。
組み立てが終わった「Wagtail」を脱出ポットに詰め込む。
「Wagtail」にとっては初めての体験になるだろう。
空を飛ぶならともかく、宇宙(そら)から落ちるのだ。
しかしこの工程を計画する時ある意見が上がった。
“大昔、ロケットで宇宙へ飛び立とうとした人類が様々な動物で実験をした時の事ですが”
その時、過度のストレスによるショック死が起こったそうだ。
それを考慮に入れ、「Wagtail」には睡眠導入剤を注入する。
射出してから1時間で効果が効き始め、目が覚めた時には大気圏再突入している計算だ。
最後の最後までデバグ作業に従事した職員に感謝を。


脱出ポッドに詰め込まれている「Wagtail」がグリグリした眼でこちらを見てくる。
本当に可愛い奴だ。少し不安げにしていたが、外からポッドをトントンと一定間隔で叩くと落ち着いたようだ。

ポッド射出のため「箱舟」のロールが止まる。
久しぶりの無重力、安全帯を付けて各員が所定の位置に付く。
自分は副長と最終安全装置を担当する。


W+27day

最終安全装置解除、ポッド射出確認。
これを以て「WagTail's」作戦の終了を宣言


パルエに栄光あれ。

 

 

 

 

 

 


????年 とある砂漠地帯上空 昼過ぎ 晴れ

  『~~~~~~~~~~~♪』

「今日は無線機の調子がいいねぇ」
そう言いながら髭を生やした壮年の男は機体に取り付けられた無線機をトントンと叩いた。
偵察に出る時の退屈しのぎは無線機を介しての味方との会話だ。
軍のお偉いさんから偵察中は余計な無線をかけるなと再三警告されているが、それでもやめる気配はなかった。
「へっへ~ん。ラッキーだぜ、今日は歌姫サマの歌が聴けるなんてよ。」
今無線機から流れているのは歌だ。
こんな貧弱な無線機で歌が聞こえるなんて普通はおかしいと思うだろう。
だがこの男は長年の経験からその原因を見抜いていた。
「まったくよぉ~、前々から無線機の調子が良い時に変な音声が入るなと思ってたんだぜ。」
そう言って青空を双眼鏡片手に見回す。
そしてやっとお目当ての物を見つけたようだ。そこへ向かって近づいていく。
「やっと追い付いた。調子はどうだい?歌姫サマよぉ~。」
そう言って男は前方2時半の位置にソレが位置するように調整していく。
エレベーションはソレに合わせ、少しずつ距離を詰めていく。
そして肉眼でもはっきり容貌が見えるまでに接近できた。
「今日はやけにおしとやかじゃねぇか歌姫サマ。」
そう言うとソレはギョロっとこちらを見つめてくる。
「おお怖い、そんなに睨まないでくれよ~。」
男は機体から身を乗り出してソレの全体像を見渡す。
「まさか歌姫サマの正体がスカイバードだったなんて誰も思うわけないよなぁ・・・。」

 昔から偵察隊には色々な怪談があった。
その中の一つで、
「無線機の調子が良い日には女の歌声が聞こえる」
と言うものがあった。
勿論この男はただの怪談だと思っていたが、ある日それは起こった。
あれはまだ男が若く、曇り空の中偵察を行っていた時だ。
いつもはグズって雑音を吐き出していた無線機が珍しく静かだった。
また昔は真面目だったため、無線封鎖している時は黙ってそれに従っていた。
そして偵察コースの周回が終わり、帰還しようとしていた時だった。
急に無線機がグズりだした。
ピーピーガーガー五月蠅いのは勘弁だった。
なので周波数を弄っていると雑音の中から歌声が混ざっている周波数帯を見つけた。
微調整を繰り返してついに雑音が最小限になる所で止めた。
綺麗な歌声だった。
音声言語はどの国の物とも違うが、慰安でパブに歌いに来た歌手のように透き通った声だった。
若かった男はすぐに偵察隊の先輩が話していた事を思い出した。
“それはこの下の砂漠で運悪く死んだ女の幽霊が呪いの歌を歌っているんだ。”
“その女は寂しがり屋で、綺麗な歌で人を惑わせて道連れを探しているんだ。”
“歌が聞こえだしたらしっかり操縦桿を握って一直線に帰ってくるように”
“でなければ、気が付いたら砂漠に墜落しておっちんじまうかもなぁ”
そんな言葉が頭をよぎり、必死に操縦桿を握った。
スロットルを目いっぱいに上げて前線基地まで逃げ帰った。
気が付いたら前線基地のハンガーで機体ごとフックで釣られていた。
急いでその先輩に話をした。そうしたら先輩に笑われたのだ。
曰く、先輩も何十回もその歌声を聴いたそうだ。
“自分も若い頃は先輩に砂漠で死んだ女の歌の話をされたよ。”
“んでお前さんと同じようにそれを信じていない輩だったよ。”
“そしてお前さんと同じように逃げ帰ってきたんだ。”
“同じように先輩に笑われたよ。そして同じようにこの話を聞いたんだ”
この話は内密にな、と一呼吸空けて話し始めた。

 「そもそも、この偵察機に積んである無線機はどれくらい通信範囲がある?」
「そりゃ・・・900mくらいですけど」
「ああ、しかも雑音ばかり吐き出す欠陥品だ。」
「あのピーガーにはうんざりさせられます。中継船を何個も通ってくる音声なんて聞けたものじゃありません。」
「まぁそれは置いておいて、つまり歌声は900m以内から発信されている可能性が高い訳だ。」
「でも、発信されてる電波が強かったらもっと遠くからでも聞こえますよね?」
「うちではそんな性能が高い無線機を積んでたかな?」
「・・・なわけないですよね。実際900m以遠は雑音だらけです。」
「そう考えるとますます900m以内で発信されてる可能性が高い訳だ。」
「じゃ、じゃあソレは・・・」
「坊主、人に答えを聞くのもいいが自分で探すのも乙なもんだ。せいぜいがんばれ。」
「ヒントくらい下さいよ!」
「ヒントか。無線機の調子が良い日に周波数を弄ってみな。運が良ければ・・・」
「よ、良ければ・・・?」
「おっと、そろそろ俺の出撃時間だ、じゃあな。」
「そ、そんなぁ!」

 あれから何十回も偵察任務で出撃した。
ピーピーガーガー五月蠅い無線機と格闘しながら飛び続けた。
そしてついに無線機が雑音を吐き出さない日が来た。
夢中になって無線機を弄り回した。だがその日は歌声が無線機から聞こえることは無かった。
意気消沈してその日は帰還した。
帰ったところで先輩が待っていた。
“その顔は期待したけど何もなかったんだな?”
なぜそれを知っているんだろう。
“お前の顔見りゃすぐ分かる。言っただろう、運が良ければ、って”
そう言って先輩は自分の部屋に帰って行った。

 その日からまた百回は飛んだだろう。
無線機の調子が良かったのはその中で4回、その日で5回目だ。
その日は今でも覚えている。
夕日が世界を包み、そして闇が世界を覆う直前。
夕日は眼に痛く、だが美しかった。
そして五月蠅かった無線が突然静かになったのを聞き逃さなかった。
夢中で周波数を弄る。
祈りながら、願いながら。
想いよ届け。そう思って弄り続けた。
そしてやっと見つけたんだ、歌姫の歌声を。

 聞き惚れている場合ではなかった。
すぐに我に返り、双眼鏡を懐から取り出して辺りを見回す。
残念ながら夕日の光でその時は見つけられなかった。
とても悔しかった、声は聞こえるのに姿が見えないなんて。
偵察コースを飛んでいる間、歌声はずっと聞こえていた。
900m以内にいる、それは確実だったんだ。

 そして夕日が落ち、夜が世界を包み込む寸前。
「蒼の時間」が訪れる。
空が青と黒の中間の色になる。
星の輝きが蒼い夜空を背景にポツポツと輝いていて綺麗だ。
さらには月の光がポツンと一つ辺りを薄く照らしている。
無線機からは美しい歌まで聴こえる。
悔しかった気持ちも収まってきたところで基地へ帰還する時間になった。

 月の光に機体が照らされながら帰り道を進む。
いつ見ても月は綺麗だ、今日は一つしか出てないが・・・
ん?、今俺は何て言った?
月が一つしか出てない・・・?
そんなはずがない、月は二つのはずだ。
そう思って二度見する形で月を見上げたね。
やっぱり月は一つしかなかった。
もう一つの月がある所にはオレンジ色の星が・・・
星じゃない?
そして確認するために双眼鏡を覗いた、最高倍率まで伸ばして足りないから機体を近付けていった。
ついにその正体が分かった。
月に照らし出された長く蒼い尾、青白く光る推進器官そして・・・
眼だ、スカイバードの太陽のようなオレンジ色の眼だったんだ。
スカイバードを観ながら、そいつが歌う歌を時間一杯まで聴いていたね。

 その日はもう眠れなかったね、歌姫の虜さ。
その日の内に偵察隊の中で絵が上手い奴に目に焼き付けた物を記憶通りに描いてもらった。
振り返るとソイツには悪い事をしたと思うよ。
徹夜してまで付き合ってくれたんだから。
次の日、いや徹夜した朝方、完成した絵を見てから謝った。
そしてその絵が今でも宝物だ。
出撃する時は風防にいつも貼っている。


 次の日、偵察から帰ってきた先輩に話したら、
“良く見つけたな、あのスカイバードがお前の捜していた歌姫サマだぜ。”
“いつも同じスカイバードが通ってる訳じゃ無いらしいが、みんな歌は一級品だ。”
“上の連中は後ろで椅子にふんぞり返ってるからこの事は知らないだろうが。”
“俺達偵察隊はそれを語り継いできんだ。怪談という形でな。”
“お偉いさんが気付いたらスカイバードが乱獲されちまうかもしれないから黙っとけよ。”
そんな話をしてもらった。
誰が他に話すもんか、歌姫サマは渡さない。
その心の声を聞いたのか先輩は満足そうに頷いて、
「がんばれよ」、と言って部屋に帰って行った。


 「そして話は今に至るって訳だ。」
昔の事を思い返しながら壮年の男はしみじみとする。
あの後いくつもの戦いがあった。
あのめんどくさがりで、でも優しかった先輩は偵察中に敵戦闘艦と出会った。
すぐに着弾観測任務になり、満身創痍になりながらも最後の一発まで着弾を報告しながら敵戦闘艦の撃沈と引き換えに墜落した。
そして今では俺が大先輩になっちまった。
怪談は今でも語り継がれている、俺のように歌姫サマの歌を聞くやつがいる。
そいつには先輩のようにヒントだけ与えてからかっている。
自分で見つけた時の感動を味わってほしいからという想いなんてこれっぽっちもない。
もちろん俺が歌姫サマの歌を独占したいからに決まってんだろ。

 と、風防に付いている絵と外で泳いでいるスカイバードと見比べる。
今回来てくれたスカイバードはどうやらあの日のスカイバードと同じらしかった。
なんという偶然か、俺は運命に感謝したね。

 


 「さぁ、今日も綺麗な歌を聴かせておくれよ。」

 

-Fin-

最終更新:2014年07月19日 19:26