方舟に関する書簡1

 考えるだけで恐ろしいと思うことの一つや二つくらい、誰にもあるものだ。私にも恐怖という受容機能が存在しているのだから、私だけが例外ということもない。特に、若いころに感じた恐怖は、死ぬその瞬間までしつこくへばりついてくることも少なくない。そして、私たちの預かり知らぬ、解決されぬ未知との遭遇にたいして、誰もが畏敬と狼狽により頭を垂れることになるのだ。

 

 

 言わなければいけない、と思い続けていたのだが、私はこの歳になるまで秘密を秘密のままにしてきた。外野からみれば独占欲の一言で済ませられそうなものなのだ。とはいえ、確かに私は独占欲によってこの一件を秘匿し続けてきたことは事実である。そしりは甘んじて受け入れる覚悟であるが、一つだけ信じてほしいことがある。私は「ただの」独占欲に突き動かされるような人間ではないということだ。

 このような書面でなにを書いても信じてもらえないだろう。しかし、あのときの私の一大決心は、神秘を体験するとともに、神秘の裏側に直接手を触れてしまったことへの後悔と恐怖による、いわば心的外傷を基盤として成り立っているものなのだ。墓荒らしどもに──もちろん、「学術的な」墓荒らしも含む──むやみに掘り返してほしくないという願いを込めて、この書面をしたためることを、どうか読み終わった後でも覚えておいてほしい。

 古臭い「紙」を使ってしたためているのも、貴方が書面の処理に困らないようにする配慮であるということを先に延べ伝えておく。伝説は伝説のまま、ひっそりと朽ちていく方が良いこともあるのだ。

 

 

 あの頃の私は、まだ古ミテルヴィア系学派に所属する、一般的な学術者として従事しており、神学を修めるとともに、古文書の解析を主な事業としていた。ここで注意されたいのは、私は旧態依然とした、カルト的なものに没頭していたわけではないということだ。

 一般的な感覚から想起される神学と、私の所属していた神学は、感覚としても、実体としてもかけ離れていることはあらかじめ伝えておかなければならない。あえて細かく記述するのであれば、私の所属していたものは新神学とでも言うべきものだった。学術的な観点から古文書を解き明かすことを命題としており、今でも蔓延している腐った宗教のような、自分たちの破綻した理論体系を維持するためだけに、古文書の一節をこじつけるようなものではないということは明言しておく。

 そのなかでの私の主な仕事は、もはや時代の流れとともに難解となってしまった、古ミテルヴィア系古文書の編纂である。特に、私の分野は古ミテルヴィアの最古から、ミテルヴィア派閥のパルエ南北戦争中における和解が行われた時代までを取り扱っていた。ただし、編纂は難航しており、派閥内の暗躍によって古文書の散逸が激しい、ミテルヴィア最初の史記暗黒時代と呼ばれる、和解直前の出来事については頭を抱えるほどの障害が立ちふさがっていた。

 学術を礎とする古ミテルヴィアが大戦という大きな流れに流され、宗教としての面を見出し、それにすがって派閥を拡大させ始めた時期であり、学術は軽んじられてしまっていたといっても過言ではない。聖句の一節を、古文書の一節を、ときにはスカイバードの存在を自分たちの私利私欲のために用い、紙上の事実を嘘によって塗り替えてしまうようなことが横行していたこともあった。散逸してしまった古文書を必死に探し出しては、それが私の求めるものではなかったと落胆する日々を送っていた。

 それでも、若かりし頃の私がパルエではなくエイアに本籍を置いていたのは──今考えるとばかばかしい理由ではあるのだが──うだつの上がらない生活を続けながら、一つの大きな野望を掲げていたからなのだ。

 

 

 神学に関わる者には、神秘に引き込まれてしまうという経験に遭遇してしまうのはけして少なくはない。たとえ高名な学術者であっても、古文書を通して奇跡に触れる経験をしているのであれば誰でもなるだろう。そういう意味では、古文書を解き明かすという行為は非常に危険な作業である。私でさえ、何度も「真理」を見出してしまった苦い経験を持っているからには、これが宗教の危ない部分なのだと、はたと我に返ることがしばしばあった。私の研究している分野が分野なだけに、過去の欺瞞が取り付いて離れなくなってしまうのだ。

 当時の私は、こんなことを続けていても「正しい古文書の編纂」など不可能であり、どう切り込んでも昔の誰かの欺瞞に肩を貸すものになってしまうのではないかと頭を悩ませていた。結局は、昔の出来事というあやふやなものに心の底からうんざりしており、ついに事業を投げ出そうと決心することにしたのだ。代わりに、不安定なものよりも確実なものを編纂しようとした私は、手始めにスカイバードについての研究に重点を置いて取り組み始めた。

 私が興味を持ったのは、スカイバードの発するメッセージについてだった。かなり後世になってから解読が行われた分野であり、私の研究分野からは外れてしまっていたのだが、ミテルヴィアの最古を研究分野に含んでいた私は、最古以前の、人為的な痕跡というものに心躍らせ、強烈な引力のようなものによって引き寄せられていった。おそらく、あのときの私がそれを魅力的だと感じた理由は、本当にあった出来事がそこに記録されており、私の目には、「箱舟」の彼らの言動が一種の英雄譚に聞こえて、子供のように心躍らせていたからだったのだろう。

 野望というのも、行方不明の「箱舟」発見の報があった暁には、私が一番乗りしてやろうという魂胆によるものであり、そのためだけにエイアに本籍を置いていたという事実を見れば、傍目にはとても奇異に見えていただろう。

 

 

 そんな折、旧友の二人──名前は伏すべきだろう。彼らはある意味で純然たる被害者なのだから──が、エイアにまでやってきて興味深い話を持ち掛けてきた。二人は海洋・宇宙学術施設に所属する学術者であり、文字通り海洋と宇宙に点在する、学術的価値のあるものを収集する事業に携わっていた。このような簡単な説明をすれば、誰もがこの二人を由緒ある人物だと誤認してしまうだろうからあらかじめ断っておくが、二人はいわゆる悪友というものである。所属している海洋・宇宙学術施設というのも、正当なところへ持って行けば学術的な大発見になるものを、潜在的な価値もわからずに金次第でどこへでも売り払ってしまう、恥ずべきサルベージャー集団の巣窟であったのだ。

 旧友も例に漏れず、サルベージャーとして活動する身であり、私にはどうして勤勉だった彼らがこのような愚挙に手を染めているのか、はなはだ理解できるものではなかった。私へ話を持ってくるときはたいてい、見返りのある事業のための資金集めという話で、私へ金をたかりに来るという有様なのだ。サルベージャーとしては優秀であるということは別にしても私が提供した資金の八割も帰ってきていないという現状であったため、腐れ縁すらなければ早々と関係を断ってしまいたい存在であった。それでも手を切れずにいたのは、彼らから聞かされる武勇伝のなかに、わずかでも私の研究に役立つものが転がっているかもしれないという、惰性のような関係によって成り立つ、一種の依存のようなものが成立していた。

 

 

 彼らから話を聞いたとき、私の苦労が実を結んだと思わずにはいられなかった。海洋関係を主な狩場としていた彼らが、今度の獲物は宇宙にあると言い出したからだ。

 少しでも歴史を学んだものであれば、宇宙開拓時代が訪れて以降、サルベージャーの活動は同じように宇宙へと触手を伸ばしていったのは知っているだろう。しかし、同時に宇宙に関するサルベージャーの事業は早々と縮小していくことになったことも知っているはずである。理由としては、採算が全く合わないという単純明快なものであり、海に関するものと違い「宇宙空間」自体には、価値あるものが少なすぎたためである。

 旧人でさえパルエを離れて宇宙空間に大規模な拠点は作ることができなかった。たいていは他惑星への移住計画という部類での計画があったはずであり、──培養藻ばかりの場所であるが──エイアなどはその最たるものだったのだろう。では、この海藻と大嵐ばかりのエイアを、現在の人が住めるまでに開拓したのは誰であろうか。もっと遡れば、望遠鏡でしか観測できなかった「月の家」の謎を、実際にたどり着いて解明したのは誰だっただろうか。少なくとも、それはサルベージャーが成したことではなかった。

 宇宙の謎は、旧人が残していった惑星の謎であって、宇宙空間が謎めいているというわけではなかったのだ。もはやサルベージャーは宇宙空間しか開拓するべきところがなく、実入りの少ない、ただただ広いだけの暗黒空間に価値を見いだせなかったことこそ、宇宙におけるサルベージャーの衰退を招いた直接の原因であった。以来、サルベージャーの口から宇宙という言葉が出たときには、金銭的な詐欺を疑うべきだというのが一般的な見解である。

 

 

 旧友の口から発せられた言葉に、私はある種の確信めいた予感を持って快諾せざるを得ない状況になってしまった。彼らからもたらされた情報は、今まで見つからなかった「箱舟」の位置を正確につかんだというものであり──その証拠として添付された資料には、ある小惑星帯の短距離エネルギー走査による、明らかなエネルギー体の存在を示唆する内容が記載されていた──まったくのでたらめであるということもなさそうなものだった。

 しかし、旧友の言動には明らかに疑問を挟む余地があるものであった。特に、なぜ二人は海洋サルベージャーであるのに、宇宙の情報を掴んだのかがわからなかった。他にも、私に直接会いに来たということも疑問の余地がある点であり、いつもなら画面越しに金銭援助を要求する二人が、今回ばかりはエイアにまでやってきて私に頼みごとをするというのだから、疑り深くもなるというものだ。

 前者に関しては、二人とも口を濁すのみで──大方、サルベージャーの片手間に始めた裏稼業の、遭難した自走船の探索関係の人脈からだろう──詳細を知ることはできなかった。しかし、なぜ私の元まで来たのかという疑問に対する答えは、詐欺という疑いを完全に晴れさせ、私を「箱舟」に連れていく契機となった。二人の真の目的は、私に資金援助を要請するというものではなく、私を「箱舟」まで連れていくことにあったのだ。

 新神学に関わり続けてきた私は──ミテルヴィア系のみとはいえ──古の言語にも精通しており、研究分野の変遷によって旧文明言語に関しても習得を目指す段階にあった。発見した状況が正しければ──おそらく永久機関が破損しなかったのだろう──「箱舟」はまだ施設として稼働中であるらしく、旧文明の破壊された残骸を漁ってきた専門的な語学知識のない旧友の二人では、明らかに荷が重すぎるものであった。特に言語的な知識というものは重要であり──稼働中の旧文明施設は注意書き一つでも見落とせば生死に直結する状況に陥るために、最寄りの政府軍の専門部隊に任せてしまうのが常識なのだ──分け前の分散を防ぐ魂胆も含めて、旧文明語学課程を修了した私に助けを求めてきたのだった。

 

 

 旧友の勧めとはいえ、サルベージャーの言葉とぼやけたデータだけで「箱舟」だと妄信してしまった私は、二人が帰った後の私は非常に狂乱の渦のなかにいたと記憶している。わざわざ事業の進捗が悪くなるにも関わらず、夢物語のためにエイアに移住していた私にとって、夢物語が事実に置き換わる瞬間を、心の奥底で心待ちにしていたのだ。二人が本当に詐欺を働こうと考えていたのであれば、私はそのとき、絶好の標的となっていたと思えるほど、思考が「箱舟」のために制限されていたことは確かである。その日は回答を保留してしまったのだが、答えは最初から決まっていたようなものだった。

 すぐさま緊急遊泳訓練施設に登録し、無重力遊泳課程──今では考えられないであろうが、私の時代には個人携帯型の運動量偏向装置が高価であり、船に搭載された推進機関、いわゆる浮遊機関を介して地に足を付けていた。そのため、宇宙空間での作業に関する義務課程として、古くから存在するセ=リ式疑似無重力発生装置を用いた「遊泳」項目があったのだ──を再修了した。私がもしパルエに住んでいたのであれば、宇宙関係の資格はまったく無い状態となってしまっていただろうから、旧友から話を聞いて「箱舟」に到達するまでは、正味三か月は無駄な時間を過ごすことになっていただろう。

 施設を出た私はその場で旧友に連絡を取り、誰にも話を持って行っていないことを確認するや、疲れというものも感じることすらなくサルベージャーの巣窟へと歩を進めていった。

 

 

 私が心底嫌っているといっても、エイアにおいてサルベージャーの拠点を巣窟と呼ぶのは適切な表現ではない。都市部から数時間も移動した、藻の除去すら満足に行われていない水辺の、郊外にあるひっそりとした事務所が海洋・宇宙学術施設のエイア支部であり、そこに務めていたのは旧友の二人も含めて、二十人にも満たない人員だけであった。また、その二十人のうち三人は清掃員であり、サルベージャーと呼ばれる者たちも、事務手続きをするための受付を本業としているようなものばかりであった。

 パルエにある本部は、どこか都市部の、一等地のビルを上半分借り切るようなものであったと記憶している。それに比べれば、交流のない偏屈な場所にひっそりとたたずむ、一世紀も前に建てられた旧世代の気象観測所の平屋建てを中身だけ改装しただけの建築物は、数年おきにやってくる大嵐の被害に耐えきれずに、ところどころに補修した傷跡を隠しきれていなかった。この惨状こそパルエ繁栄の陰に潜む、宇宙の衰退を端的に表しているといっても過言ではない。除去しきれなかった暴走藻の発する不快なガス臭を嗅ぎながら、施設に三人しかいない野心家同士で計画の擦り合わせが終わったころには、外はすっかり暗くなっていた。

 深い青色に染まっていく空には雲一つなかった。私は、かつてはエイアを立て直すために飛んでいた「新しい種蒔き機」の姿を空想するとともに空を見上げた。そのときの、ブランが太陽光を乱反射させ、大気の層に攪拌されるちかちかとした光が眼球の受容体に吸収されていく経験は、とても楽しい思い出になった。

 誰もがブレンの岩表に露出した水晶の組成を科学的な論拠で論じることのできるなか、私は誰もが見つけることのできなかった宇宙の未知をただ一人、この私だけ──正確には旧友の二人も知っているのだが、当時の気持ちの高揚具合を表すために、あえてこの表現を用いた──が手に握っているのだという気分になっていた。

 

 

 人生の転機となる劇的な知らせから十数日後には、私はサルベージ船のなかで、浮遊機関特有の、外部からの慣性が到達しない空間のなかで、快適とは程遠い生活を余儀なくされていた。

 旧友の二人が、私の提供した援助資金を含めて整備していたのは、探査船のなかでも下から数えたほうがいいようなものであり、宇宙専用船というよりは、水宙両用船といった趣のものであった。外装はフォウ・諸島系の流れを汲む金属加工技術体系の発展形で、信頼のおけるものではあるのだが、裏を返せば古臭い技術の集合ということでもある。

 旧規格の電源による制限のために貧弱な浮遊機関しか搭載できない弱点を、汎用耐圧殻を厚くすることで補っているという考え方に基づいた設計なのだ。逆にいえば、分厚い耐圧殻が内部空間を圧迫し、ただでさえ狭い生活空間と貨物区画の容積を狭くしている。そのため、宇宙法の制限さえなければ、航行中に不要になったものを、ところどころ光のきらめく闇のなかに投棄してしまいたい気持ちでいっぱいだったということは付け加えておくべきだろう。

 二人の言では、新規格の電源と新しい浮遊機関に換装することができれば耐圧殻を剥がすことも可能だったということだったが、旧友の本来の仕事場は海のなかである。海と宇宙を行き来するたびに装備の換装を必要とする機体を作りたくないという理由によって、私の援助資金はコンピュータと生命維持装置の換装に使われてしまったのだ。抗議をしようにも、外付け式とはいえ、私の生命維持装置に運動量偏向装置を追加してくれた心遣いまで非難するわけにもいかず、エイアにいたころとは打って変わって、抗議を言い出しづらい雰囲気を噛みしめていた。

 ただ、パルエで新神学の実地調査をしていたときも、目的地へ行くという過程が一番の苦痛であるということを身に染みて痛感していたがために、閉鎖空間で何日も過ごすという経験自体はそれほど苦痛にはならなかった。

 

 

 私たちが「箱舟」を見つけたのは、事前に得られた情報に沿って、小惑星帯のなかを進んでいるときだった。様々な惑星の発する重力の接合店のような場所に位置していたために、岩と岩がぶつかり、常に様相を変化させる迷路のような空間となった一帯は、各国政府でさえ宙域地図を作ることをあきらめさせる程度には複雑──何もないだろう場所に出す予算もないために宙域地図の更新も遅れていたこともあり、こういった小惑星帯は密輸現場の温床となっていた──であった。さらに、この小惑星帯に限ってはずいぶん昔の、人類がまだ浮遊機関を上手く扱えていなかったころに探査された空間であったために、小惑星帯のなかまでは探査することができずに放棄され続けた場所だ。人の盲点のよう場所に「箱舟」が存在したことに対して、私でさえ感嘆の語句が口から言葉が漏れてしまうほどである。

 それまでの定説では、宇宙空間の膨張によって旧文明換算の座標基準が許容値を超えており、現在の基準に変換しても誤差を修正しきれないというのが有力な説であり、彼らが自らの意志でお隠れになったというのは傍論であった。私も座標誤差説を推す一人であったがために、彼らがかの有名な「アルマゲドンレポート」の後に、自分たちの意志でここを最期の場所としたのかを知りたいという欲望がふつふつと立ち上り、相貌が「学術的な」墓荒らしのものになっていくのを、顔に当てた手が感じていた。

 

 

 ここまでを振り返れば、私たち以外──「箱舟」を発見できなかったものたち──がひどく無能であるように感ぜられてしまうかもしれないので、彼らの名誉のために注釈を打つとすれば、「箱舟」は誰にも見つけられないように細工がなされていたのである。それは私たちがわずかなエネルギーを感知しながら「箱舟」にたどり着いたときに明らかになった。

 肉眼でも「箱舟」の船体が見え始めたころ、旧友が「箱舟」の異変に気が付いた。私が提供した「箱舟」の予想復元図と比べて、窓という窓が閉鎖されて──「箱舟」内部から漏れる光の一条すらなく──おり、宙に浮かぶ色の付いた巨岩といった様相を呈していた。おそらく、彼らは故意に隠れようとしたわけではなかったのだろう。私は「アルマゲドンレポート」の一節が強制的に脳裏に響いてくるような気がした。

 名もわからぬ彼は、皆の精神的な負担を抑えるために耐圧シャッターを起動したのだ。おそらく、シャッターはエネルギー遮蔽シールドも兼ねており、それが解除されなかったためにエネルギー走査をすり抜けてしまったのだろう。では、私たちが断続的に感知し、旧友が情報筋から得たエネルギーというのはなにを示していたのだろうか。

 改めて考えようとしたとき、突如としてサルベージ船を衝撃が襲い、思考を中断せざるを得なくなった。初めは演算にかからない小さな岩石が船体に当たり──調整不足のコンピュータではままあることで──浮遊機関が運動量に過剰反応して小石を跳ね飛ばしたものだとばかり思っていのだが、浮遊機関の出力が正常な範囲で妙な値を維持し続けているのを見た旧友が、二人とも口を揃えて「なにかがおかしい」と口にしたのを聞き逃さなかった。

 後から教えてもらったことだが、浮遊機関が不安定になる原因は大別して三つ存在する。一つ目は、外的ないし内的な「損傷」によるもの。二つ目は、管制装置による「乗っ取り」。最後に、浮遊機関の「自動衝突回避行動」によるものである。今回の異常事態が「損傷」によるものでないということは、推移値が正常な範囲内であることをみればわかっていたので、原因としては二つ目か三つ目が考えられることだった。そして「乗っ取り」に関しても、はるか昔、新世代型の浮遊機関が新造されて以降は、旧文明管制装置との互換性を排したために「乗っ取り」事例は大幅に減少している。とすれば、答えはおのずと「自動衝突回避行動」に限られてくる。

 サルベージ船に乗っていた私も失念していたのだが、衝突回避というのは、なにも船が動いて岩石などを回避するということだけではない。船に搭載されているセンサー類が障害物を感知し、連動した浮遊機関が接近する障害物の軌道を偏向させるということも含まれている。

 サルベージ船に搭載されている電源と浮遊機関が貧弱──もっとも、「箱舟」と比べれば、すべての浮遊機関は貧弱なものとなってしまうだろう──なために、「船が岩石を避ける」ものだという観念を通常のものとしていた私は、小惑星帯のなかで静止し続けた巨大な「箱舟」が、なぜ乱舞する岩石の直撃を受けずに何千年もそこにあり続けたのかを、岩石と一緒に不可視の力に押し流された後に理解した。つまり、サルベージ船を岩石ごといともたやすく流し去った大きな力こそが、「箱舟」の浮遊機関の自動衝突回避行動そのものであり、その大出力を支える巨大な電源──間違いなくオクロ機関だろう──が存在し、未だに稼働していたということをありありと体験させられることになった。

 

 

 私は、浮遊機関によって流されているというのに「箱舟」に見惚れている旧友二人を見ていたが、視界の端に移ったエネルギー感知計のおかしさに気が付いた。値はとっくに振り切れて──つまり、「箱舟」のこの瞬間はどんな馬鹿でもはるか遠くからエネルギー走査で姿を捉えることができるのだ──おり、こんなことを繰り返していた「箱舟」は当の昔に見つかっていてもおかしくなかったのだ。であるはずなのに、そうなっていないということが私をひどく混乱させた。しかし、次に表れた事象によって物事の摂理を得た私は、即座に解決へと導かれていった。

 船体の制御が元に戻った瞬間、エネルギー感知計の示す数値が元に戻っていったのである。この事象が示す結論はただ一つである。「箱舟」の浮遊機関はとても優秀──今の時代からしても超技術の塊であるはずだ──であり、エネルギーを超高効率のまま運用することができるということだ。エネルギーが干渉した物質にたいして効率的に働きかけると同時に、そのエネルギーを無駄に発散させず行使していたのだ。とはいえ、巨体が発するエネルギーがすべて効率的に運用できるはずもなく、細々としたエネルギーが「箱舟」の浮遊機関の制御下から切り離され、力場のしぶきとなって宇宙空間にまきちらされることで、岩石群のなかで乱反射しながら近くを通りがかった探査船のエネルギー感知計に不思議な値となって表れたのだろう。

 まったく、旧人というものの底力をまざまざと見せつけられては、三人とも放心し、そこへ入り込んだ畏怖の念で満たされていくようであった。と同時に、私はオクロ機関が正常に稼働しているということをなによりも嬉しく思っていた。それは、「箱舟」が外傷を負うことなく存在しており、その中身に関しても無事であるということを指し示しているからである。

 「箱舟」を見つけるという当初の目的を達成した私は、すでに次の目標を考え付いていた。私が知りたかったのは、「アルマゲドンレポート」の執筆者の名前と、スカイバードにそれらを乗せることを提案したセンサードについてだった。意図的に隠されているものを無理やり解き明かしたいと思う欲求に終わりがないというのはまさにこのことで、当時の私は、今現在の私の後悔など知らない、醜悪で無知蒙昧な──私が嫌っていたサルベージャーと似た──墓荒らしの化け物と化してしまっていたのだろう。それほど、私は昔に実在した「英雄」というものに、子供のようにあこがれては、彼らを深く、深く、骨の髄まで知りたいと思っていたのだ。

 

 

 

 「箱舟」への接舷は、自動衝突回避行動への対抗措置を講じながら、遅々とした速度で進んでいった。遠くから飛んでくる岩石群を回避する軌道に船体を寄せながら、「箱舟」の強力なエネルギー流に抗うという技術は、誰もが初めて経験するものであった。少しでも軌道を間違えれば、よくて振出しに戻され、最悪の場合は岩石流に撃墜されるものである。

 しかし、後で二人に聞けば、その作業は非常に面倒なものだったにもかかわらず、船体は寸分の狂いもなく予測機能を発揮し、旧友二人の指示に応えてみせたという。それどころか、私はなにもしていなかったのに二人に命を救われたことを感謝されてしまった。今までは、二人とも直感的で精細な操作を得意としていたために、粗悪な──計算機に毛が生えた程度の──コンピュータのままサルベージャーを続けていたらしいのだが、私の出した資金で色気を出し、型落ちではあるが新型コンピュータ──ハ式計算機の汎用小型船舶向け演算装置であったと記憶している──に換装した結果、二人の、いや三人の命を救うことになったようだ。それほど、「箱舟」の無意識の防備は強力なものであった。接舷を終えたサルベージ船は「箱舟」の運動量偏向をぴったりと打ち消しながら、自動姿勢維持機能を安定的に保持するようになった。

 「箱舟」の大きさからして、船体に着陸してもよかったらしいのだが、私は「箱舟」を傷付けてしまうことを考慮し、その選択肢を排除した。しかし、「接舷の谷間」──船同士で運動量偏向を相殺しているとき、ごく一部の空間で浮遊機関による干渉が失われてしまう現象──に落ちてしまい、二人の提案は私への親切心だったと後から気付くことになった。さっそく外付けの運動量偏向装置が作動し、私は「箱舟」側へとゆっくり落ちて、不名誉な一番乗りをすることになってしまった。

 旧友の二人は別に慣れているから慌てる様子もなかったが、浮遊機関の影響下でずっと生活していた人間が、一瞬でも突然の無重力化に投げ出されるというのは、訓練を受けていてもパニックに陥るに十分であり、「箱舟」の外殻の上に落ちたあとも、しばらくは噴射装置のボタンをがむしゃらに弄っていたと記憶している。しばらくして仰向けになった私は、眼前に迫り来る岩石が「箱舟」によって偏向されて、見えない力によってどこかへ飛ばされていくのを驚きとともに見つめながら、自分が「箱舟」の「内側」にたどり着いていたのだ、と感じることができるくらいの余裕が出てくるようになっていた。

 

 

 笑いながら降りてきた二人に助け起こされる形で「箱舟」の側面──設計図を鑑みれば、やや直方体の船体のなかで、一番面積の広い面が側方と規定されていた──に降り立った私は、醜態を見せたことなど忘れて、船というよりは巨大なビルディングのような建築物の「側面に立って」いることに感動を禁じえなかった。私の探していた、誰も見出すことができなかった、英雄の棲家にたどり着いたのだと思えば、涙の一つも流さないわけにはいかない。とはいえ、宇宙空間で涙を流すことなど命に関わる行動であり、涙を流したい気持ちだけを心に想起させるにとどまらざるを得なかった。

 生命維持装置の計器に支障がないことを確認した私は、旧友の二人が広すぎる足場に身を躍らせてはしゃいでいる光景を眺めながら、浮遊機関というものの素晴らしさについて、改めて考えさせられることになった。本来はずっと無重力であるはずの空間なのに、浮遊機関による運動量偏向機能さえあれば、「箱舟」の外壁は地面と等しくなるのだ。

 ただ、少し気がかりだったのは重力計もパルエ基準重力に限りなく近い数値を表していることであった。数値が示すものは、この重力の設定が「箱舟」がパルエから発進したものであるということを裏付ける一助になるとともに、ここのところエイアで過ごしていた私にとっては少々負荷が大きくなる程度の数値だったのである。血液が足に溜まるような感覚が徐々に顕著なものになり、血の巡りの悪くなった頭がキリキリとした痛みを発しては、飛んだり跳ねたりしている地球慣れした二人のことをうらやましく思わずにはいられなかった。

 寝起きの低血圧のような感覚に陥りながら、私は二人から離れた場所を、地面を照らすライトを頼りに、慎重に歩いていった。小惑星帯には太陽の光がなかなか入ってこないために、光源はライトに頼るほかなく、宇宙空間に疎い私では「箱舟」の外壁と耐圧シャッターの隙間に足を取られてしまいそうであった。そういう点では、深海という暗闇に慣れている旧友二人が、外壁を縦横無尽に行ったり来たりしているのは、無邪気なようでいて膨大な経験の成せる実力だったのだろう。

 計り知れないほど広大な洞窟ともいえる空間は、一人になった人間を心細くするには充分であった。たまに振り返っては、旧友の生命維持装置に付けられたライトの光がチラチラと網膜に差し込んでくるのを認め、二人の近くにいるのだと実感しては、湿気のこもるヘルメットのなかで、緊張を呼気として吐き出すのを繰り返していた。

 

 

 最初に暗闇の孤独に根を上げたのは、やはり経験の乏しい私であった。通信回線を開き、二人のおふざけを咎めるような言葉を発したと記憶している。内容は覚えておらずとも、私が心細さから旧友に声をかけたということは、声を聞いた二人にもあっけなく看破されていた。二人の、心を躍らせる笑顔と、にやにやとした顔が混合された表情は、今でも私の記憶のなかに鮮明に残っている。

 一旦酸素を補給しにサルベージ船へ戻った後は、接舷の谷間を超えて、再び「箱舟」へと降り立った。旧友の二人は固く閉ざされた金庫でも開けるような工具を背負っており、私はそれらの電力を供給する電源装置と、サルベージ船から電力を受信する装置を組み合わせたバックパックを背負うことになった。

 生命維持装置のラッチに固定されたそれは、運動量偏向装置が補助してくれなければ後ろにひっくり返ってしまうほどの重量物である。私の生命維持装置にこれを付けたのは、私を助けるためではなく、私を体のいい荷物持ちにするためであったといまさらになって気づいたが、彼らはこの作業を普段から二人で──それも、運動補助装置のみで──しているのだと思ってしまっては、抗議を言い出すこともままならなくなってしまった。しかし、充電装置が電力の供給を受けて背中側が暖かくなっていくと同時に、内部への熱を検知した生命維持装置が、熱交換器を目いっぱい動かして内殻を冷却していくので、熱さと寒さで不快になるのだけは、不満の一つも漏らさざるを得なかった。それと同時に、この電源装置をなにに使うのだと思った瞬間、これからするすることが連想されてしまい、はっとなった私は早口になりながらも、工具を持つ旧友へと疑問を投げかけた。

 なぜ二人は工具などを持っていたのだろうか。なにか足場を組む等の軽作業をするというのであれば、簡単な溶接機を持ち込むだけで済むことであるにも関わらず、二人して大荷物を抱えているのだろうか。それに対する旧友の答えに悪意は微塵たりとも含まれてはいなかった。しかし、工具を使って大穴を空けようとしていたのだと言われてしまえば、私はサルベージャーというものが「荒くれもの」を指す言葉であることを再認識せざるを得なかった。

 とはいえ、二人が無謀にも外壁に溶接機で穴を空けようとしたという書き方では語弊が生まれてしまうので、私なりの擁護をしなければならない。彼らが実行しようとした作業は、古くは局所乾式溶接法と呼ばれる手法を応用したもので、海洋探査において二人が密閉された遺物へ侵入する際に得意とする手法であった。たしかに、「箱舟」内部への侵入経路が見つからなければこのような荒事に出る必要はあると思っていたのだが、普段は死んだ遺物しか相手にしない旧友にとっては、最初からこの手段で「箱舟」へ侵入する予定だったことが判明してしまい、サルベージャーとの常識というものの違いについて、改めて意識のすり合わせを要した。外殻に穴を空けるのは最後の手段とすることを、膨大な交渉の末に勝ち取ったことは、後世における「箱舟」の外観を損なわなかった功績として大々的に表彰してほしいくらいである。

 

 

 結局は、シャッターの降りた外壁を三人でくまなく捜索することになった。電源を背負わなくてよくなった私は、若干の解放感を覚えながら、入り口となる区画につながるハッチがないだろうかと、汗を額に浮かせながら二万歩ほど歩くことになってしまった。その間、定期的に訪れるシャッターと外壁のわずかな段差を見ているうちに、収穫が得られない事実から逃れるようにして、私は前世紀の宇宙開拓時代の苦労について思いをはせていった。

 前世代的な生命維持装置を着込んでいたのであれば、このような、何万歩といった歩き方は不可能だっただろう。いや、むしろ本来は無重力なのだから、歩くこともなく、ガスチューブからの噴気によって姿勢を制御しながら移動することが一番いいはずなのだ。宇宙開拓史において、初期の段階では、優に体重の四倍はする、潜水服のようなそれを苦労して着込んでいたということは知っていたので、体躯をまともに動かせない時代にはそれでよかったのだろう。

 浮遊機関に接続された運動量偏向装置によってある程度の自由が利くようになったときも、宇宙空間そのものの脅威──気温、気圧、放射線──から身を守るためには、生命維持装置の重量を削減させることは不可能であり、やはり「歩く」という行動そのものは著しく制限されてしまっていた。そして、重力のような重さと、空のような高さを兼ね備えた生命維持装置は改良されることなく、国家における宇宙への進出の代名詞として扱われる運命にあるはずだった。

 そこへ一石を投じたのが、マイク社製生体内張だった。生体服飾を得意とするマイク社の技術供与により、外殻性生命維持装置──つまりは旧来の潜水服のようなものである──の内側に、多少の工程を含みながらも内張を張り付けることが可能となった。出来としては申し分ないものであり、強度と生命維持性──これには排泄や発汗といった生理機能への対応も含まれる──を強化するとともに、安全性に準拠しながら生命維持装置の外殻を削る余地──外殻素材の改良と運動補助装置の追加もあり、当時で体重の二倍程度まで──を与えるに至った点では、革新的な発明であったに違いない。当初の目的では、潜水服への取り付けを目的として開発されたそうだが、最終的には宇宙時代に食い込むほどの製品へと発展していったことは、当時着ていた誰の生命維持装置の胸元にも、マイク社の企業印が入っていたことを見れば明らかだろう。

 まず、パルエの諸島連合──今は違うようだが、名前を忘れてしまった──の官民潜水士連合が飛びつき、パルエ赤道以北の空軍系企業がマイク某と手を結ぶ形で生体内張を手に入れることになった。なぜそれほどまでに爆発的な売れ方をしたのかといえば、相性の良し悪しがはっきり出るので、最初から機能として組み込まれた形のものしか提供することができなかった生体技術を、マイク社は後付けの商品として提供したことに関係している。多少の加工で生命維持装置の性能を飛躍的に上昇させるという、まさに誰からも望まれるものであったため、徐々にマイク社との技術提携によって、より効率的な生命維持装置が開発されていき、最終的には南部企業と北部企業との連携が深まる結果となったのだ。そして、生体内張が一般商品として出荷された際に恩恵を受けたなかでサルベージャーが含まれていないはずがないのだ。よって、彼らからの莫大な信頼と尊敬を一手に引き受けているのが、悠久の時を経ていまだ健在な企業帝国マイク社ということである。

 と、ここで私がこのような話を長々と書いているのは、食事時に今は亡きマイク某に感謝を述べ伝える祝詞を上げている旧友二人をいぶかしんだ私が、不用意にもそのことを聞いてしまい、サルベージャーでマイクを知らないのはもぐりだ、という言葉から始まる説教によって頭痛とともに得た、私の忘れがたい過去の残滓である。

 

 

 後悔とともに記憶を閉じたはずであったのに、旧友との小さな大冒険を思い出すだけで、書きたいことが多く出てきてしまう。端的になにがあったのかを書こうとする努力がすべて無駄になってしまったことは遺憾であるが、期待に胸を打たれるような、焦がれるという意味では焦燥感といって差し支えない感情が渦巻いて、そこが禁域であるとは知らずに、入り口を探して歩き回るようなことをしていたものだと、思い返す途端に罪の意識にさいなまれることを繰り返している。

 この「箱舟」の外壁の外と内が、私の「箱舟」への考えを反転させる異界の越えがたい境界として顕現していたのだとすれば、私は二万歩の後に異界門へとたどり着き、なんのためらいもなくそれを開き、足を踏み入れてしまった愚か者であったのだ。禁域に身も心も浸した私は、それまでと同じ目で彼らを見ることができなくなってしまい、長い期間を療養として学術とは関係ない場所で過ごすことになってしまった。

 次の紙に目を通すときにゆめゆめ侮ることなかれ。「箱舟」は希望の舟であった。しかし、動物の腹を捌けば血と臓物があふれ出るように、内側が綺麗なもので満満たされているとは限らないのだ。この先を読むは、「箱舟」で受けた呪いの残り香を嗅ぐものと知れ。

最終更新:2018年09月03日 22:20