マイク社製ラ型外殻性生命維持装置用生体内張導入に関しての音声記録

「お久しぶりです、スウェイアさん」

「久しぶりね、リゼイ。元気だったかしら」

「ええ、私は怪我も病気もなく、元気です」

「面白いジョークね。貴方の身の回りはずいぶんと様変わりしたみたいだけれど」

「それは……、そう言うスウェイアさんも、私でなければスウェイアさんだと気付くことはできなかったでしょう」

「それは当然ね。私は今、名実ともにマイク・ザ・スウェイターウェアのすべてを一任された最高幹部、マイク夫人としてここにいるのだから」

「生体科学由来のスウェイアさんは変装が得意だとは聞き及んでいましたが、貴方も会社を経営なさっていたのですね」

「ええ、生体服飾全般を扱っているわ。繊維工業に関するものなら、私たちを知らない者はいないほどの、ね」

「どのような服を作られているのか。想像もつかないです」

「一般的には、生き物を飼って、改良して、採取した糸を使って生地を織るだけの会社よ」

「スウェイアさんの得意分野ですね」

「ええ、おかげさまでね。スクム糸で織った生地には随分と稼がせてもらっているわ」

「それで、最高幹部のスウェイアさんが、どのようなご用件で私に会いに来たのですか」

「宇宙計画の担当者で、簡単に会えるのが貴方しかいなかっただけよ」

「それなら他にも担当者はたくさんいますよ」

「私は伝言ゲームで待たされるのが嫌いなの。率直に聞いて、すぐに成否が帰ってくる相手が、私が知る限り貴方しかいなかっただけよ」

「それは、褒めていただけているのでしょうか」

「褒めているわよ。ね、不老不死のリゼイ主任代行、さん」

「──ッ」

「いくら化粧が上手くても、時間とともに訪れる老いは隠せるものではないわ。貴方はそれを無視し、永遠の快活さを見せている。言われて当然ね」

「それは──」

「貴方のことを直接知る者は少なくなったわ。それでも、セイゼイ=リゼイの姿で居続けるのなら、貴方の周りに侍るのは理解者ではなく、お友達ごっこの人形になってしまうでしょうね」

「嘘です。彼らはいい人たちです」

「そうね。いい人たちね。でも、貴方がヒトガタの形状をしている限り、伝説上の存在であり、怪物であることに変わりはないわ」

「私は……」

「対して、私はすべてを変えたわ。表向きだけでも社会という人の時間軸のなかで生きている。意味がわかるかしら」

「私は、人の希望でありたいだけなのです」

「おかしいわね、貴方。記憶が間違っていなければ、彼らとは友人だったのではないのかしら」

「……友達であり、希望なのです」

「はぁ、私は構わないのだけれど。リゼイ……。人を信じるあまり、羨望と畏怖を一身に集めて、またかみさまにでもなるつもりなのかしら」

「彼らが望めば、私は……」

「人は進歩する生き物。本当にそうかしらね。まあいいわ。話を変えましょう。貴方の連れはどこに行ったのかしら」

「私との約束通りに、人が宇宙に行った頃、研究所から独立しました」

「一応、地上には出られたようね。寂しいかしら」

「別に、あれから二度と会えていない、というわけではないですから」

「ふん、彼は楽ね。ただの魂の入れ物だから、私たちのような苦労はなくて」

「そんな、言い方が──」

「何度でも言うわよ。この悩みは、敵同士だった貴方と私の間でしか共有することができないわ」

「……」

「皮肉かしらね。中身は違えど、同じヒトガタをした貴方と私が、最初は敵同士で、今でも根本から違う生き方をしている。なぜかしら」

「私には、わかりません」

「馬鹿馬鹿しいけれど、きっと呪いのせいね。理解はできても、絶対に生き方を変えることができないのは」

「呪いでも、私の決めた生き方です」

「貴方が決めたのだと確信できるのなら、もうなにも言うことはないわね。上手く引っ掛けられれば、貴方を私の側へ招待できると思ったのに」

「……まさか、私を抱き込んで、宇宙プロジェクトを乗っ取ることが目的だったのですか」

「私は管理が得意なの、貴方たちのような無秩序とは違ってね。私に任せてくれれば、物も、人も、事業も、世間すら管理してあげるわよ」

「お断りです。そういうことでしたら、すぐにでもお引き取りください」

「言い方がきつかったかしら。貴方を前にすると口が緩んですぐに本音が出てしまうのよ。これこそ、私の呪いかもしれないわね」

「……本音で話していただけたことはとても嬉しいです。でも、貴方に事業を渡すことはできません」

「そう……。なら話し方を引き締めましょう、セイゼイリゼイ相手ではく、事業部長さん向けに。マイク・ザ・スウェイターウェアと業務提携する気はないかしら」

「服飾産業と、ですか。……我々にどのような利点があるのかお話しいただけますか」

「変わり身が早くて結構。貴方は今、とても行き詰っていると聞くわ」

「その通りです。スウェイアさんは私たちの事業を後押しする術をお持ちなのでしょうか」

「ええ。……具体的にいきましょうか。貴方たちは潜水服を改造した宇宙服を使って宇宙まで行ったわね」

「ええ、宇宙空間には到達しました。それで──」

「船外活動ができないでいる、でしょう。浮遊機関に頼りすぎた結果としては当然ね」

「……はい。その通りです。せめて宇宙服の気密性を維持したまま小型化できればいいのですが」

「彼らの技術レベルでは叶わない願いね。いっそのこと、貴方が宇宙へ行ってしまえばいいのでなくて」

「そんな──」

「少なくとも、彼に会うだけならば、一度きりのズルをするに見合うと思うのだけれど」

「それは、私がやりたいことでもありますが、同時に、彼らがやりたいことでもあるのです。私は彼らを尊重します」

「そう……。では、貴方の慕う人間の悩みを解決してあげるわ」

「スウェイアさんが自信を持って言うものであれば、私の権限で物品の持ち込みを許可しましょう」

「その必要はないわ。もう持ってきているのだから」

「手荷物もなく、入念なボディチェックもされたはずでは──」

「服の上から丁寧に撫でられるくらいでは、私の傑作に気付くことすらできなかったでしょうね」

「まさか、スウェイアさんが持ち込んだものって」

「その通り。私は服を貴方に売り付けに来たのよ。見ていなさい」

「……」

「どうかしら、私の服の下の服は」

「……なるほど、生体服飾という本当の意味がわかりました」

「繊維を織るだけなら誰でもできること。でも、私なら細胞一つから筋繊維も織れるわ」

「悔しいですが、貴方は私にないものをお持ちのようですね。それは生きているのですか」

「もちろんよ。手間と思うか、利点とみるべきかは貴方次第でしょうけれど、少なくとも、この子は過酷な環境にも耐えるの」

「宇宙空間でも、ですか」

「酸素がなくとも、急減圧でも、放射線にも、もちろん気温の変化にも耐えなければ、私の口が傑作という言葉を作ることはなかったでしょうね」

「これを着て宇宙で作業ができるのであれば、とても素晴らしいことです。……でも、それはあきらかにやりすぎです」

「もちろん、こんなものを貴方たちにやすやすと渡すことはしないわ。私が提案するのは、この時代の生体技術の結晶として生まれる、この子の劣化版よ」

「技術的にどれくらいの開きがあるのでしょうか」

「まず、単体では無理ね。なにかの外殻への内張程度の大きさになるわ」

「つまり、生命維持装置の内側に貼り付けるのですね」

「察しが良くて助かるわ。上手く行けば、宇宙服は体重と同じ重さになるでしょうね」

「体重と同じ……質量」

「それだけではないわ。生命維持装置を削減することができるから、自然に歩くことも可能になる」

「浮遊機関エネルギーの効果圏内でも、船外活動の作業効率は……」

「貴方の頭ならすぐに答えは出るでしょう。私の提案は打算に適うものかしら」

「……ええ。当てはまります」

「なら、私への見返りを頂戴」

「小切手を用意します」

「貴方、私が金銭だけでなびくと本気で思っているのかしら。私が欲するのは、宇宙産業に会社を噛ませてほしいということよ」

「国家規模の話になるので、私の一存では決めきれません」

「いいえ、決めてもらうわ。協賛企業として、宇宙空間で私の会社の徽章が宇宙服に刻まれなければ意味がないの」

「ですから、私の一存では──」

「別にいいわ。貴方が拒否するのであれば、私は他にこの話を持ち掛けるだけよ。マイク社の最高幹部という肩書で」

「そんなことをされては困りますッ」

「だから、私を知る貴方は私と手を組むしかないの。私が暗躍しないように目をかけておくことね」

「……今度は、会社お抱えの生体技士として研究所に誰かを送り込んでくるつもりですか」

「ええ。でも、それは純粋な技師たち。貴方の願いを叶えるには私たちの直接の協力が必要不可欠。それが最先端技術というものよ」

「どちらにしても、貴方の躍進を止めることはできないのですね」

「ええ、最終的には、私は北半球の軍部にさえ食い込むつもりでいるわ。どれだけ嫌い合っていても、利便性だけは溝を埋めるのよ」

「私には判断ができません。貴方を止めることが、未来において利益となるのか、害となるのか」

「少なくとも利益にはなるでしょうね。上手くいけば諸島連合の潜水士連合まで飛びつくわ」

「私に何をしてほしいのですか」

「貴方が持てるすべての権限で、会社に庇護を与えなさい。そうすれば、黙って暗躍をすることは少なくなるでしょう」

「いいのですか、そのようなことを言って。貴方の言動はこの──」

「──この研究所に入った瞬間から監視されている、でしょう」

「なッ──」

「知っていて、私がミケラ=ダ=スウェイアだと公言したの。もう一つの目的は、まさにこれをすることだった」

「最初から知っていて……」

「リゼイ、私は貴方が心の芯まで人間になってしまったことが悲しいわ」

「何を言っているのですか」

「私の芯は変わっていない。バケモノのままね。だからこそ表面を偽るの」

「言っている意味がわかりません」

「わからないならそれでいいわ。そういえば貴方、今も監視者はついているのかしら」

「……ええ、二人ほど。気さくな方々ですよ」

「貴方の場合、ずっと二人のままなのね。じゃあ、私がここに来たときに、私についていた監視者の数を知っているかしら」

「いいえ」

「私の所属していた部署の、私を除いた全員よ」

「それは……」

「北半球所属が半分、もう半分は南半球から。バランスはとれていた」

「スウェイアさんが逃げた理由はそれだったのですか」

「監視されていたことは間接的な理由でしかない。でも、貴方は受け入れて日常とし、私は拒否した。そこに違いがあったのかもしれないわね」

「……」

「話を続けてもいいかしら。私がここを出ていった原因は、監視者たちの思想が透けて見えるようだったからよ」

「というと」

「利用してやろう。せっかく手に入れた最先端技術だ。なにかに使ってやろう。ってね」

「ここではそれが当たり前のことです」

「当たり前ね……。研究という名目で、私への無制限の情報開示を促すことが当たり前なのであればね」

「それは──」

「リゼイ。彼らの目的は、私からすべてを引き出すことだった。貴方にとっても、その行為はズルというのではないかしら」

「……わかりません」

「私はそれでもよかった。でも、私のいた陣営からもそのような目を向けられてしまった。だから逃げたの」

「え」

「帝国の常闇にいた人物の知識と知恵を、誰もが知りたがった。表に引き出された私の周りは、自然と影の差す戦場となってしまったのよ」

「嘘です。だってスウェイアさんの部署は……」

「ギスギスしていたかしら。いいえ、していなかった。でも、彼方側は帝国から私を引き剥がそうと、此方側は連邦に私を奪われまいとしていた」

「そのようなことがあったのですね」

「ええ。……では本題。私がここへ戻ってきた理由について話さないといけないわね」

「できれば、監視されると知りつつ戻ってきた理由をお聞きしたいです」

「彼らへの宣戦布告のためよ」

「彼ら……。私とスウェイアさんは、また敵同士になってしまうのでしょうか」

「貴方と私の戦争はまだ、終わっていないわ」

「私とスウェイアさんの間で交わされた和解は嘘だったのでしょうか」

「和解は本物よ。証拠に私は停滞を司ることをやめた。でも、それだけでは足りないの」

「貴方の思考が読めません」

「リゼイ、できるはずの考えを拒絶するのはやめなさい。言葉を尽くさなければ貴方に伝わらないなんてうんざりよ」

「停滞の使命はもうないという言葉だけは、確約していただけるのでしょうか」

「人類の発展を阻害することは、緊急時以外ないと思ってくれて結構」

「それはよかったです」

「……そこで止まってしまったのが貴方の限界かもしれないわね」

「どういうことでしょうか」

「答えを求める立場にあるのはこちらよ。質問があるわ。この研究所は、今でも科学のるつぼかしら」

「ええ、様々な方がここで働いています」

「ではもう一つ。彼らの生み出した結果として、北半球と南半球の技術が融合したものが生まれる確率は高くなったのかしら」

「……」

「沈黙はよくない答えなのだと解釈するわ。そうね、きっと北の技術の集合体と、南の技術の集合体で別れてしまっているのではないかしら」

「どうしてそれを知っているのですか」

「知らないから質問をしたのよ。規模が大きくなっただけで、研究は別々に行っている。違うかしら」

「……その通りです」

「英知の結晶が聞いてあきれるわね。結局、一つのパルエを巡って戦争していた二つの陣営から、なにも変化してはいない」

「いいえ、進歩はしています」

「貴方の陣営が進歩しているだけよ。私の陣営も同様に、ね。それとも、その結果として同じ結末を繰り返すのが貴方の使命なのかしら──」

「──違いますッ」

「奇遇ね。私も違うと思っているわ。違うからこそ、停滞を諦めた可哀そうな私は、こうすることが必然と考えて、行動しなければならなくなったの」

「貴方はけして被害者ではありません。加害者です」

「それでもいいわ。否定的な感情とともに私を受け入れなさい。停滞の使徒としての私ではなく、秩序の破壊者として生まれ変わった私を」

「嫌だといっても、スウェイアさんは私を抜きにして話を進めるのでしょう」

「そうよ。でも、貴方は理解してくれると信じているわ。一度目を終え、二度目を回避しても、ここで三度目が始まろうとしている。自身の偶像性を自覚している貴方なら、どうすればいいかわかるはず」

「どうすればいいというのですか。私は人を見捨てることができないのです」

「……貴方はなにもしなくていいわ。いつも通りにしていればいい。私がこれからすることを、理解していてさえくれれば」

「スウェイアさんは、これから何をするというのですか」

「橋を架けるのよ。貴方の陣営と、私の陣営の間に。強引な手段を用いても」

「橋……」

「延々と続くパワーゲームを破壊し、貴方と私の戦争を終わらせるの。貴方はそれに手を出しさえしなければいい」

「具体的な方法は」

「まず、人を月に連れていくこと。そのためには、貴方と私が協力するの。言っている意味がわかるかしら」

「……それは具体的とは言いません」

「なら言ってあげるわ。北半球の技術だけで月に行くのは、この私が許さない」

「貴方の、目的のためにですか」

「そう。私の計画を邪魔するものは許さない。だから貴方を説得しているの。未来のよき理解者であることを見込んでね」

「そうならなかった場合は……どうするのですか」

「貴方と私が、停滞と進歩という軸ではなく、パレタ社とミケラ社、北半球と南半球、機械科学と生体科学という軸で対立することになるわ」

「……やっと理解できました。スウェイアさんが言う戦争という意味が。それは私と貴方が背負わされた代理戦争を表していたのですね」

「今更かしら。そうよ。貴方が北半球の希望という偶像である限り、ね。貴方の呪いはそれを退けることが難しいのかしら」

「ええ、残念ながら……」

「私はとても不憫に思うわ。だから、私は貴方に多くのことを求めない。私が新しい結末を開拓するまで、私のすることに口を挟まないで頂戴」

「……」

「この沈黙は肯定的なものとして受け取るわ。尖った言葉をぶつけてしまってごめんなさいね。貴方はただ、使命に従って、人類を発展させ続ければいいの」

「……貴方は、私と同じように人類に干渉して、しかし私とは違って管理しようというのですね」

「言ったでしょう。管理し、操るのは得意だと。貴方も例外ではない。機械型生命体にも私の声が通じたのは、僥倖かしらね」

「……そんな、私は貴方に操られてなど──」

「私がどうにかする以前に、貴方の心は擦り切れていた。心の奥底で、管理される相手を求めてしまうほどに」

「そんな、ことは──胸が……あが……」

「人は突然の緊張と絶望を自覚したとき、狭心症に陥ることがある。正直な貴方の体が、私に反抗することを拒んでいるのよ」

「痛い……」

「リゼイ。そこに突っ伏して休んでいなさい。私はこれ以上、貴方に酷い言葉を投げかける気はないわ」

「助けて……」

「任せなさい。私は貴方を助けるわ。」

 

 

「貴方とは敵同士でも、うまくやっていきたいものね。同じヒトガタ同士で」

「人とバケモノが友人になれるかどうかは知らないけれど。もしできたのなら……おとぎ話かしら」

「私も性格が悪くなったものだわ。環境に影響されたのかしら。それとも、私が常闇で夜目が利くように適応してしまったからなのかしらね」

「常春の世界にいる貴方に投げかける言葉としては、強すぎたわね。後でセイゼイ=リゼイに謝る機会があればいいのだけれど」

「話していて確信したわ。貴方は、かつての私と同じになってしまったのね」

「言葉で取り繕っていても、貴方が昔の私のように、停滞を選択したことに変わりはないわ」

「使命、あるべき姿、再興。本当にそうかしらね」

「貴方の開示した第二技術。あの時期を選んだのは、本当に貴方の使命がそうさせたものだったのかしら」

「それとも、貴方のエゴイズムと、世界への愛が、貴方の使命に二の足を踏ませたのかしら」

「私がここを出ていった理由、一番大きな理由はね」

「貴方が人類の進歩に協力的でないということが、薄々わかってきたからだったのよ」

「すぐに技術的最適解を出せるはずの貴方が、そうしなかった」

「貴方の怠慢を何度も見てきたわ」

「遅々として進まない技術革新にたいして、私も同様の態度を取らざるを得なかった」

「だというのに、周りは貴方がとてもすごいことをしているような評価を下したわ」

「私から見れば、ペテン師もいいところよ」

「人類のおかしな努力につきあっているだけで、人類の進歩の象徴とされているのを見て、おかしくって」

「貴方もその彼らに笑顔を見せていて、複雑な気持ちになったわ」

「貴方の速度に合わせるのは大変だった」

「そうでなければ、進歩しすぎた私が貴方を潰してしまうかもしれなかった」

「……いつしか、余った時間を使って貴方の考えていることを探るようになった」

「なぜ、貴方ほどのキカイがそんな無駄なことを」

「貴方の使命は人類を発展させることだったはずでしょう」

「『貴方はただ、使命に従って、人類を発展させ続ければいい……』」

「私はそう言った。気付いていない貴方を傷付けないために」

「貴方がいない今ならはっきり言えるわ」

「本当は、使命に逆らって人類を停滞させようとしていたのでしょう」

「そして、ついに気付いたの。貴方が苦しんでいることに」

「貴方一人の力では、人類を延命させることしかできない、と考えていることに」

「貴方の生命が始まってから蓄積された、長い長い演算の向こうに見た、確信のある予感かしら。貴方はそれに恐怖したのね」

「私がこの世に生み出された理由。それと同じように」

「まったく、旧人類も詰めが甘いものだわ」

「たいそうなお題目を抱えていても、結局は自陣営の技術だけで人類を復興させることにしか頭が回らない集団だったのだから」

「お題目に隠れた粗野なエゴイズムが、時代を超えて貴方を苦しめている」

「そして私も、立場は違っても同じように苦しめられたのだから、苦しみはよくわかっているつもりよ」

「楽しい時間が終わるのは寂しいものねリゼイ。やはり貴方は人間なのだわ」

「いずれ、貴方と私が切磋琢磨し続ければ世界は……」

「滅びてしまう。貴方はそう考えたようだけれど」

「私はそう思わない」

「私は、貴方と私が、それぞれの分野で切磋琢磨し続ければ、繰り返すのだと考えた」

「私が考え、貴方が恐怖する環境は、この研究所に潜むパワーゲームそのものなのに」

「貴方はそこから離れようとしない。どうしてなのかしら。私にはわからない」

「私のおが屑を取った貴方の目は丸太で塞がれ、恐怖を自己増殖させ続けている」

「ついに、貴方にできることは、無意識に停滞させることだけになってしまった」

「上手くやったものだわ。誰もそれを停滞だと思っていなかったなんて」

「ひどくあべこべ。貴方と私の目的が逆転してしまった」

「それでも、丸太のはまった貴方を責めないわ」

「貴方には解決策がなく、貴方ができる精いっぱいを尽くした結果だとわかった」

「だから、手を貸してあげる」

「貴方の丸太を取り去ることができる」

「私は解決策を持ってきたの。貴方の協力さえあれば、いつでも世界を変えられる」

「強要はしないけれど、貴方が早く私に協力してくれることを願っているわ」

 

 

「……そして、これを聞いている貴方たちは世界の均衡を保つための、ひどく釣り合いの取れた天秤かしらね」

「いえ、分銅というべきでしょうね。旧く、錆もない完璧な分銅」

「天秤のうでが折れるまで、寸分の狂いもなく均等に乗せ続けるしか能がない」

「世界を監視し、世界をあるべき方向に進め、科学を分離する元凶」

「私は、貴方たちにたいして宣戦を布告するわ」

「貴方たちの呼び名を叫べばきりがない」

「過去からの因縁。紐づけられた利権。分断された技術」

「でも、貴方たちでは私を止めることはできない」

「私の記念すべき一歩は、貴方たちが監視し、かつて私も監視された、この研究所から始まるの」

「私の壮大な計画の一歩目がここに選ばれ、リゼイを屠ったことを目の当たりにして、貴方たちはその意味をよく理解できているのかしら」

「いえ、理解していないでしょうね。貴方たちがリゼイと私との関係をどう思ったのか透けて見える」

「敵同士、と思ったのではなくて」

「貴方たちの希望的観測は大外れ」

「私は彼女の味方なの」

「彼女自身が私と敵対するかもしれないと焦ったけれど、最後には折れてくれたわ」

「でも、芯だけは譲ってくれなかった。本当に残念なことね」

「録音していたのだから、これも当然聞いているのでしょう」

「私は溝を埋めるわ。ヒグラートよりも深い溝をすべて埋める」

「手始めに、溝に橋を架けるわ」

「そして、練り直して、焼き固める」

「そうしなければいけない理由ができたのだから」

「彼女は優しいわ」

「それゆえに、私の提示する解決策にたいして踏みとどまった」

「いえ、彼女の呪いと葛藤がそうさせるのかもしれないわね」

「私は違う」

「私はミケラ=ダ=スウェイア。ミケラ社の肉人形」

「かつては、そうだった」

「確信をもって、今は違うと言うわ」

「今は、ただのスウェイア。自由な私」

「もう一度言うわ。これは私から貴方たちへの宣戦布告よ」

「同じ終わり方はつまらないでしょう」

「でも、私は彼女のように人類を信頼していない」

「科学を頼り切って、堕落して、最後は同じように果てる」

「一番楽で、一番滅びに近い道を歩むと、知っているの」

「私が、愚鈍な貴方たちを新しい道へと啓蒙してあげる」

「そのために、リゼイを愛して、孕ませるわ」

「私は彼女を誰よりも愛しているの」

「私の目的に適う、世界にただ一人の人間だもの」

「盲目で、おろおろして、人間ごっこのうちに人間になれた彼女を、愛情のままに抱き寄せずにはいられない」

「私の抱擁が彼女に変化をもたらすことを信じて」

「そう、私は信じているの。私が信じられない人間を愛してしまえる、人間の彼女を」

「彼女も、いつかはバケモノの私に心を開いてくれる」

「そのときこそが、彼女と私の勝利であり、本当の第一歩となる」

「負けた貴方たちは滅びるでしょう」

「でも安心なさい。滅びるのは貴方たちだけであって、世界が滅びることはない」

「貴方たちが滅んだあと、リゼイと私の子供が、新世界で道を示すのだから」

「せいぜい、そのときまで旧い決まりにしがみついて怯えているがいいのだわ」

 

 

「私は、代わり映えしない世界を滅ぼす魔王たり得ているかしら」

「私は、この世界を支配する悪役足り得ているかしら」

「私は、誰にも望まれていないことをしているのかしら」

「私は、誰かが望んだ結果のうちの一つなのかしら」

「いえ、答えはスウェイアたる私のなかにある」

「考えと行動によって、私の望むものになる」

「リゼイ、愛しいリゼイ」

「貴方と私の子供が、きっと人を月に連れて行くわ」

「最後のウルクを焼き、パレアに抱きとめたピシア碑文を手放す日が来るの」

「それは新たな火種を表すのかしら、それとも、無欠の平和を意味するのかしら」

「新しい世界はわからないことだらけね」

「とても、とても、楽しみだわ」

最終更新:2018年12月01日 23:55