無名の帝国領民の日記

 

619年9月
せっかく娘の誕生日だったのに、俺は風邪で1日中寝込んでいた。季節外れの涼しさのせいだ。


619年13月
深酒して火照った体に涼しい夜風がちょうどいい。これでまた明日も働ける。


620年1月
野菜が値上がりしている。この涼しさで野菜の生長が遅れているらしい。俺は寒いのは嫌いだから早く暖かくなってほしい。


620年11月
この紡績工場はたしかにオンボロであちこち風が吹き込んでいるが、こんなに寒いものだろうか?
生体紡績機が不満そうに唸っていた。


621年6月
街頭ラジオでは賢く寒さを乗り切る方法、なんてものを放送していた。
そんなの簡単だ、酒を飲めば寒さなんて忘れる。


621年14月
パルエ人の身体は寒さに耐えられるようにはできていない!フォウの奴らが例外的に強いだけだ!


622年15月
帝国と連邦が休戦したらしい。だが今一番気になることはこの寒さがいつまで続くか、ということだ。
防寒服の注文は増えているのに、工場の紡績機の稼働率は下がり続けている。生体器官も寒さが嫌いらしく、いつもぐずっている。俺もお前の気持ちわかるぞ。


623年5月
ノロノロ運転の生体式車両のわきをスイスイ走っていくバイクを見かけた。機械式エンジン車両なんて時代遅れで物好きしか乗らないと思っていたが、こういう時に役立つんだな。
うちの工場の紡績機も機械式を導入していたら今頃大儲けだったのに。


623年7月
通りが朝から騒がしい、近くの帝国軍基地が移転するようだ。あの基地の連中は気性は荒いが金払いが良いので嫌いではなかった。


623年8月
商店街通りの交差点で生体式トラックが横転していた。寒さで生体器官の動きがおかしくなったらしい。器官に何本も薬を注射される姿は他人事ながら痛々しく感じる。
道が塞がれていたおかげで仕事に遅れてしまった。


623年10月
今は夏なのか冬なのか?暑いのか寒いのかもわからなくなってきた。連邦との戦争が再開したらしいが、ただでさえ食べ物が足りないのに勘弁してほしい。
工場の紡績機は止まってしまった。生体器官は完全に眠ってしまい蹴っても温めても起きない。こいつが目を覚ますのを待つよりも次の仕事を探したほうがいいだろう、噂では日雇いで薪拾いの仕事を募集しているらしい。
食料店にはクルカの肉が並んでいる。このチヨコという緑色のパッケージのものは何だろうか?


623年12月
機械式トラックが販売されていた。旧式でかろうじて動くレベルのポンコツのくせに新品生体式トラックの何十倍もの値段だった、それでもすぐに売れてしまった。この寒さがなければ間違いなくスクラップになっていただろう。


623年13月
タバコの販売が止まった。こんな形で禁煙を達成することになるとはな。


624年1月
この地区にあった最後の食肉生産プラントが休眠した。たしかにあの器官が吐き出す肉塊の味にはうんざりしていたし食べ飽きていたが少なくとも安全に食べられるものだった。
食料店の棚はどこもスカスカでわずかに残った食べ物も値上がりし続けている。これからは何が入っているかわからない保存食品か萎びた野菜を食べて生きていくしかない。


624年3月
軍艦の飛行する轟音で目が覚めた。外に出ると今までに見たことがないほどの大艦隊が北に向かっていくのが見えた。戦争に向かうのか、どこかの貴族が避難していくのか。


624年8月
ここ1か月は寒さで調子の悪い戦車の生体器官の修理の仕事をしている。軍艦や飛行機は自由に飛び交っているのを見るに、生体器官は大きいほうが寒さにも強いのだろうか。


624年9月
娘の発熱が長引いている。薬があればすぐに治るだろうに、病院はどこも行列ができていて行けそうにない。


624年10月
くたびれた顔の兵士達が通りを歩いて行った。あの軍服は昔に紡績工場で見た覚えがある、ここから何百レウコも南の地方担当の部隊だったような。何でこんなところにいるんだ。
夜には将校が家にやってきて「偉大なる帝国の戦争継続にご協力を」なんて言ってきた。お前らに渡す食料なんてないと怒鳴り散らしたかったが、その将校がほつれて穴だらけのマントを羽織っているのに気づいてそんな気も失せた。あまりにも寒そうだったので使っていない絨毯を渡した、これで少しは寒さが紛れるだろう。


624年13月
食料の配給が始まった。これからは食べる量や飲む量まで国に管理されなきゃいけないのか?
食料店はもう何か月も開店しているのを見ていない。調味料まで不足している。


625年3月
昨日は一晩中暴徒が暴れていたせいで眠れなかった。いつもの商店街通りがまるで戦場のように焼け落ち、店はどれも略奪されて無残な姿を晒している。いまさら高級ラジオを盗んでなんの意味があるんだ?どうせ暗いニュースしか流れていないのに。
頼むからうちには来ないでくれよ。


625年5月
隣家の老夫婦が引っ越していった。この寒さは2人には特に応えただろう。俺には旅の無事を祈るしかできない。
町の集会所では、これからどうするのか答えのない議論が繰り返されている。みんな空腹や寒さでイライラしている。


625年8月
空から白い粉が降ってきた!これが「ユキ」というものらしい。娘は外ではしゃいでいるが私の心は重い。どうやら本格的な寒さはこれからのようだ。食料は不足し治安も悪化している。妻と娘の疎開を真剣に考えなければならない。


625年10月
町は静まりかえっている。人もクルカもいない。
人の気配が感じられるのは、夜になって暴徒が暴れているときぐらいだ。


625年11月
今日、妻と娘が出発した。南パンノニアに親戚がいてよかった、向こうは赤道に近いしこちらほどは寒くないだろう。輸送機のチケットはめちゃくちゃに高かったが安全には代えられない。
あとは向こうに無事にたどり着くことを祈るのみだ。これを書いている間にも頭上を北に向かう輸送機の船団が通過していった。みんな考えることは同じだ。


625年12月
地面が凍っているのに気づかず、転んで頭を打った。たんこぶをつくるなんて子供の頃に車から落ちた時以来だな。
1か月ぶりに配給が来た。道が雪で埋まってしまって遅れた、なんて言っているが本当は食料を横流しして儲けているんだろ。


626年2月
仕事もないし配給も止まった。これ以上ここでは生活できない。
明朝には帝都に向けて出発する。このまま待っていても状況は悪くなる一方だし道が雪で完全に埋まってからでは遅い。少なくともここよりは人間らしい生活ができるだろう。


626年3月
街道は避難民でいっぱいだ。検問所で貧乏そうな格好の兵士に呼び止められて言いがかりをつけられ、通行料としてなけなしのタバコを取り上げられた。あのタバコは俺が暇つぶしに道端の枯れ草で作った偽物だぜマヌケ野郎。
頭上を貴族の豪華な遊覧船が通り過ぎて行った。いくら賄賂を渡せばあれに乗せてくれるだろうか。


626年4月
街道は積雪とひどい渋滞で一歩も進めない。ずいぶん高いところまで登ってきた、谷から周りを見回すと一面真っ白だ。だが今は景色を楽しむ余裕はない。
道の脇には食料を求める人々が列を作っている。かわいそうだが俺には助けることはできない。


626年5月
強盗に襲われた!夜ふと目を覚ますと、俺のカバンを漁っている男と目が合った。とっさにその男を突き飛ばしたら、そのまま橋から落ちてしまった。怖くなってすぐにその場から逃げ出した。
俺は人殺しはしていない。暗かったがよく見ると男は落ちたあとも呼吸しているように見えたし、あの橋は人通りが多いから誰かが気付いて助けただろう。橋だってたいした高さじゃないし、そもそも人のものを盗もうとしたあの男が悪い。俺は人殺しじゃない。


626年6月
検問所で銃撃戦が起きた。盗賊が襲ってきたのかと思ったが俺たち避難民には目もくれず、検問所の兵士と撃ち合っていた。朝になって気づいたが襲ってきた人間も帝国軍の軍服を着ていた。この服も盗んだんだろうか。
街道から離れて凍った川を渡ろうとしたが、俺が渡る直前で氷が割れて上を歩いていた人が川に落ちた。この寒さの中で水泳するのは絶対に嫌だ。


626年7月
戦闘機から撃たれた!あのクソッタレのパイロットは俺たちが武器を持っていない民間人であることに間違いなく気づいていたが、それでも避難民の行列を撃ってきた。そのうちに別の戦闘機がやってきて同士討ちが始まった。訳が分からないが命拾いしたようだ。


626年8月
これ以上進めないと判断し、帝都に向かうのは諦めて近くの町に向かった。ここも避難民でいっぱいだ。どの家も家具まで盗まれてカラッポになっている。


626年10月
配給の兵士が「このパンはネネツの麦から作られた貴重なものだ」とかもったいぶって叫んでいたが、そんなことは十分知っている。俺はこの拳ほどの大きさのパンで1週間もたせなければならないのだから。
豪華な装飾の生体式自動車が乗り捨てられていた。こんなものに興味を持つ人間は今更誰もいない。


626年12月
町で軍に志願し、臨時ナントカ隊に配属された。これで少なくとも食べ物と安全な寝床を確保できる。


626年14月
ぶかぶかの軍服と穴の開いたヘルメットを支給された。これから新しい基地に配属されるが、そこまで歩いていくらしい。また歩くのか。


627年1月
どこもかしこも雪で埋もれ、どこに道があったのかすっかりわからない。とにかく前を歩く人についていくだけだ。
来週には新基地に着くらしいが部隊の兵士は半分ほどまで減っている。病気や怪我で脱落したか脱走したかのどちらかだろう。俺はなぜ脱走しないんだろうか、理由は自分でもわからない。疲労と空腹で脳みそが働かない。


627年2月
新基地は帝都から20レウコほどの位置にある。雪が降っていない日は、遠くのほうに微かに産業塔の群れが見える。
あの塔の中の貴族達はどんな生活をしているんだろうか、きっと寒さも空腹も感じてはいないだろう。


627年3月
俺は対空陣地に配属された。生体器官を利用した兵器は寒さで眠ってしまうので、旧式の機械式機関銃を倉庫から引っ張り出してきたようだ。
こんな鉄くずでは帝都を守れないと隊長は嘆いていたが、俺はそれよりもテントに隙間風が吹き込んでくることのほうが嫌だ。


627年4月
無線機の調子が悪いというので手旗信号の練習をやらされている。夜は見えないがどうするんだ?吹雪いている日は?司令官殿の考えることは平民の俺には理解できない。


627年6月
基地の検問所には避難民が押し寄せている。食べ物はないかと何度も聞かれるがそんな余裕はない、俺達だって味のしない雑草入りスープを飲んでいるんだから。


627年8月
通信機の生体器官まで完全に眠ってしまい使えなくなったらしい。俺達は誰から命令を受ければいいんだろうか。


627年10月
昨日は帝都方面が対空砲火で一晩中明るかった。軍艦が燃え上がっているのもわずかに見えた。いったい誰が誰と戦っているのか。


627年11月
近くに輸送船が墜落した。人だかりができていたので救助を手伝おうと近づいたが、みんな生存者そっちのけで散らばった荷物を漁っていた。俺はまだ人間だ、死者の持ち物を盗むほど落ちぶれてはいない。


627年13月
地面ギリギリを軍艦が通り過ぎていった。あの船の生体器官は相当ぐずっているんだろう。こんな寒い中で動いている時点で十分我慢強い子だな。


628年1月
検問所を封鎖し避難民を通さないよう命令が出た。帝都が避難民であふれパンク状態らしいが嘘だろう。こんな状態でも貴族の皆様方は自分の財産が大切なのか。
今後は封鎖を無理やり突破しようとする避難民を撃つよう言われたが、俺にはそんなことはできない。あと少しタイミングが遅かったら、あの人ごみの中に俺もいたんだ。


628年2月
警備兵が無理やり通ろうとした避難民を本当に撃ちやがった!相手は武器を持っていないし、同じ帝国領民なのにどうして引き金を引けるのか?
戦争なんてやっている場合じゃないだろうに、帝国領民が全滅したら帝国そのものが無くなってしまう。


628年3月
足止めされた避難民達が基地の周りにキャンプを作っている。夜になるとあちこちに明かりがつき、小さな町のようにも見える。彼らはいったいどこまで歩けば寒さから逃れられるのか。


628年4月
ぼろぼろの軍服の男が飛び込んできた。近くの基地から来たようだ。そいつの話ではどこの基地も情報やら補給が途切れ、勝手に行動しているせいで同士討ちまで起きているらしい。こんな非常事態に助け合わないでどうする?と思ったが、避難民を見捨てた俺たちが言えることではない。


628年5月
帝都で大きな爆発が起きた。爆発の振動がここまで伝わったことを覚えている。
そこからまた一晩中、対空砲火が続いていた。俺たちは帝都防衛に向かわなくていいんだろうか。


628年7月
久々にラジオが動いたと思ったら、武器を捨てて投降を呼びかける放送が聞こえてきた。ラジオ局まで敵に占拠されたらしい。
ところで敵って誰だ?


628年10月
南パンノニアやネネツが独立したとか、辺境貴族が反乱を起こしたとか、六王湖地方で新政府が成立したとか、様々な噂が飛び交っている。もう何が正しいのかわからない。


628年13月
避難民のキャンプの明かりがいつのまにか随分と減っていた。別ルートから帝都に向かったのか、諦めて家に帰ったのか。


628年14月
積雪と道路の凍結で帝都から伝令が行き来するのも難しくなってきた。もはや誰のために、何のために戦っているのかもわからない。
まともな食べ物が欲しい。


628年15月
いつもは南から帝都へ向かう兵士ばかり見てきたが、今日は帝都から南へ向かう部隊とすれ違った。みんな武器を持たず軍服も不揃いだった。


629年1月
諸島連合とフォウ王国が戦争していると聞いて、闇市で諸島産の魚を買った日のことを思い出した。ただ焼いただけだったが、あまりの美味しさに次の日はいつもの肉塊がまずく感じて家族みんな食べられなかった。
妻と娘は元気だろうか。


629年2月
食料庫を無許可で避難民に解放しようとした罪状で同じ部隊の隊員が銃殺された。ここでは全てにおいて司令官殿が正義だ。あいつはこんな状況でも仲間思いのいいやつだった。せめて、まともな墓を作ってやりたい。


629年3月
接近する飛行機はすべて撃ち落とすよう命令が出た。帝都に向かう飛行機は味方や民間機に見えてもすべて逆賊であるので排除せよ、とのことだ。
司令官殿は空腹と寒さで頭がおかしくなってしまったんだな。


629年4月
最近の仕事は食べられる草と虫を集めることだ。司令部の近くを通り過ぎるといつも怒鳴り声が聞こえてくる。
こんな非常事態でも夜は帝都に煌々と明かりが灯っている。あいつらが憎い、みんな燃えてしまえばいい。


629年6月
基地が帝国の軍艦から攻撃された。あと少し左に座っていたら爆発で俺もバラバラになっていただろう。
今の帝国は皇女派・反皇女派・辺境貴族・属領独立派とバラバラに分かれて内戦状態になっている。俺は何派の人間なんだろうか?


629年8月
同じ隊の兵士から一緒に脱走しないかと話を持ち掛けられた。ここから逃げられたとしてどこへ行くんだ?どこへ行っても雪と氷しかない。


629年9月
帝国の歩兵隊から攻撃を受けた。この寒波はスカイバードの禁忌を犯した帝国民に対する罰だとか叫んでいた。あいつらは正気じゃない。


629年10月
偽の指令書を持ってきた、という罪状で伝令兵が銃殺された。まだ学生に見える青年だった。
最後まで無実を泣き叫んでいた。


629年11月
今日は久しぶりに雲ひとつない晴れだった。兵士達の顔もどこか明るく感じた。


629年12月
反乱が起きて基地司令が射殺されたらしい。この虫入りスープの味がマシになるなら、誰がリーダーでもいい。


629年13月
検問所を通ろうとする帝国兵にも正式な指令書を持っているか確認するよう命令が出た。今更指令書なんて何の意味があるのか。


629年14月
久しぶりに軍艦が飛んでいた。「愛国者なら帝国のために武器を取って戦え」とか書いてあるビラを撒いていった。士気を高めたいならビラよりも食料を撒いたほうが効果があるだろう。


629年15月
無理やり基地を通ろうとした部隊と戦闘になった。相手もオンボロの銃や戦車を持ち出してきている。倉庫に砲弾が直撃し、最後に残ったわずかな医薬品が焼けてしまった。


630年1月
積雪で潰れた建物から生存者を助けるだけで1日が終わってしまった。雪かきに使える道具はどれも壊れ、ほとんど手で雪を掘り返してる状態だ。せめて最期は苦しまずに迎えたい、最後の願いだ。


630年2月
近衛騎士団が救援に来るとか、南パンノニアに配置転換になるとか噂を聞いた。噂というより願望に近いが、それくらいの希望がないと生きていけない。


630年3月
帝国に支配されていた属領民が反乱を起こしているのは事実のようだ。味方であるはずの帝国兵達から連日攻撃を受けている。あの軍服はバセン方面の軍か?


630年4月
最近感じていた違和感の原因に気付いた。遠くに見える帝都の産業塔の数が減っている。戦闘で崩れたのか雪の重みでつぶれたのかわからないが、皇女も貴族も知ったことか。ざまあみろ俺達を見下していた金持ちども。こんなことになったのは全部お前らのせいだ。


630年5月
今日何度目かの襲撃が終わり、銃撃音が止んだ。目がかすんで襲ってきたのが盗賊なのか帝国兵なのかもわからない。今なら連邦兵が来ていたとしても気づかないだろう。


630年6月
こんなに基地が襲撃されるのは内部にスパイがいるせいだ、とかでみんなピリピリしている。些細なことでお互い言い合い、大した証拠もないのに何人も銃殺された。
今日も襲撃を受けたが銃撃音が少なかった。あいつら銃ではなく石を投げて戦っている。そこまでして戦いたいのか。


630年7月
帝都に向かう軍の輸送部隊がやってきた。指令書を持っていたし間違いなく正式な部隊だったが、食料を積んでいるのが見えた時点でまともな考えは消え失せてしまった。気づいた時には輸送部隊の兵士は雪の中に倒れ、俺達は食料に飛びついていた。
これで俺達も反乱軍の一員だ。


630年8月
もう薪にする小枝さえ見つからない。ベッドシーツやら作戦書類を燃やして暖まっている。ここ数日は水しか口にしていない。


630年9月
ナントカ将軍とか名乗る人が基地に来て、帝国再建のために戦闘をやめて基地封鎖を解きなさいとか叫んでいた。うるさくて眠れないので銃弾で追い返した。


630年10月
食料も弾薬も医薬品も尽きてまともな戦闘ができない。命令違反の帝国兵がやってきても素通りさせるしかない。手がかじかんで文字を書くのもやっとだ。


630年11月
錆びついた対空機関銃にもたれかかって、避難民やら見知らぬ帝国兵達が検問所を乗り越えていくのを眺めたまま一日が終わる。


630年12月
ふと気づくと雪の中に埋もれかかっていた。肩に積もった雪を振り払う気力さえ残ってない。
あたりは静まり返っている。もう何週間も誰とも会話していない。


630年13月
爆発音で飛び起きた。しばらく銃撃音が続いた後、司令部テントが燃え上がっているのが見えた。またリーダーが変わったのか。
テントの炎で温まりながら家族のことをぼんやり思い出していた。


630年15月
何代目かのリーダーが、帝国軍から離脱して属領独立戦争に参戦することを宣言した。これから帝都に向かって政権を奪取し、属領を解放すると演説している。彼はネネツの出身だとも言っていた。
ネネツはいい国だろうな。この寒波が過ぎ去ったら、妻と娘とともにネネツに移住しよう。農民に転職し麦を育てて生きていこう。ペットにクルカを飼いたいけど、麦の穂を食べられると困るな……


631年1月
みんなリーダーに続いて出て行った。基地に残ったのは俺だけのようだ。避難民さえ通らない、聞こえるのは雪が降る音だけだ。
かろうじて手足が動く。俺はこれからネネツに向かう。ネネツの人間なら寒さに慣れているだろうし、誰かまともに会話できる人間が残っているかもしれない。ほとんど這っているような状態では何日かかるかもわからない。それでも俺は必ずたどり着く。

 

最終更新:2019年03月06日 19:57