曇天

『チヨコを買いましょう!チヨコを買って偉大なアーキル連邦の再建を!』
『大陸諸国をアーキルの元に!新しいアーキリア!ネゥーグ・アーキリアの実現を!』
市内スピーカーは狂ったように愛国放送を垂れ流し続けている。
かつての政府が入っていたラオデギアタワーの周囲には無数の摩天楼が建てられており、華やかなオデッタ系企業...今では無国籍企業と呼ばれる大企業のオフィスが立ち並んでいる。

オデッタという隠れ蓑はグレーな商売をする企業にうってつけだった。あらゆる企業がオデッタに本社を置き、あらゆる物資がオデッタの輸出品として世界中に広められた。
メルパゼルの最新型計算機や帝国の肉吐き、アーキルの浮遊機関コード、諸島の白い粉や精錬鯨油など禁輸品や禁制品がオデッタのラベルを張られて販売された。
オデッタには偽装用のハコが沢山建てられ偽装代行企業が生まれ、それに伴ってオデッタには人が集まり始め、現在では世界一の自由都市、世界一の繁華街と呼ばれる『無名街』が観光地として人を集めている。
もちろん、その『無名街』は地図には載っていない。

そうして急速に企業が力を付け始め、国家間の隔たりが薄くなってきた頃、アーキル国が財政破綻した。
様々な企業が大打撃を受け、倒産した。
だが、一部の企業は違った。
アーキルはそのインフラを民間に任せるしかなく、インフラ毎に競売をかける事となった。
財政破綻したとはいえ、大国だったアーキルのインフラを掌握したオデッタ系企業は留まる事を知らぬ勢いで急激に成長を遂げた。

アーキルは上下水道を使えば諸島に金が流れ、電気を使えばパンノニアに金が流れ、ガスを使えばザイリーグに金が流れ、物を輸送すればメルパゼルに金が流れるようになった。
毎日アーキルからは何をせずとも金がザルに水を入れたの如く流れ出している。

『解放された新しい土地!大陸南東開拓に参加しよう!ニシクルコロ財閥が貴方を全面バックアップ!』
『夢の大地主になろう!スキュミゼン財閥大陸南東植民団が貴方を待っている!』
最近は大陸南東開拓の広告も流れるようになった。
前の仕事ではこの開拓者勧誘をやっていたが、契約書を読むと開拓地は財閥に所属することになっている。
耳障りの良い事を言っているが...開拓をしたとしても財閥から逃れる事は出来ないのだ。
だが、事実を大声で言う事は出来ない。財閥に目を付けられたらアーキル国内で生きて行く事はとてもとても難しくなる。
そして、そんな事つゆ知らず騙された市民は挙って南東開拓に志願している。
目覚め作戦以降、パルエ規模で人口は爆発的に伸びているが、アーキル本土の人口はどんどん流出している。

太陽の見えない暗い曇天の中、空き瓶が転がる手入れの全くされていない公園を歩いているとケバブ屋台が出ていた。
一番安い人造サムラキケバブを屋台で買おうと、1000京新生ディナール紙幣の束を10束ほど出す。

「ごめんなー、ディナール払いはウチやってないんだわ。無政府系財閥の商品券なら何でも使えるよ!イコリア・オリント支払いにも対応できるで?」
「すいませんディナールしか無いんです、ディナールなら幾らですか?」
「チッ、あんた議員さんかい。ディナールしか持ってないなら帰んな!」

ゴミ捨て場を漁るクルカを見るような目を向けられながら、私はその場を離れた。
ベンチで酒を飲みながら肉ケバブを食べているホームレスの事を恨めしく感じる、私は中央広場へトボトボと歩いて行った。

第1398回国民選抜でラオデギアに召集されてからは、それまで働いていた仕事を辞めさせられディナールしか入手できなくなった。
私の肩書の下上下上下下下下上下下院議員は、国民を政府側に囲い込む為だけに作られたような無意味な存在で何の権限もない。
日中ずっと新しい紙幣はゼロをいくつ追加するのか?といった無意味な議論をして時間を潰している。

自分達の仕事に価値など無い。新生ディナールを国民に使わせるための議会なのだ。その為に議員を増やして市民に新生ディナールをばら撒いているのだ。
新生ディナール紙幣は既に紙としての価値の方が高くなっている。硬貨では良くある事だが、紙幣ですらそうなった。
今までやってきた『もっと紙幣を印刷して埋め合わせをする』という対策が崩壊したのだ。
しかし、その事に気がついて居る者が幾ら居たとしても議員が今何人居るのかすら誰も把握できていない現在、誰もその事を止める事は出来なくなっている。
今、1新生ディナールが何統一ダルクなのか?誰も知る物は居ない。
いや、1オデチアンディナールより1新生ディナールの方が価値が低いのは確かだ。

連邦崩壊後直ぐは、新しい野心的な政府が旧ディナールの適正化を目指してデノミネーションを実施、経済が一瞬上向いたが今まで培われてきた内政ノウハウ等がリセットされ、有能議員や熟練政治家が他国に流出・引き抜きされてしまい、クーデター前よりも酷い状況とまで言われている。

最近は議員の間でチヨコ脚気が流行っている。チヨコしか食べていなかった事で栄養バランスが崩れた事が原因とされている。
と言っても、収入源がチヨコ生産になりつつあるアーキルがチヨコ脚気の存在を認める事など出来なかった。
最近、チヨコ脚気への対処としてオデッタ人留学生ボランティアが愛国レストランを中央広場で開いている。
愛国レストランと言うのはプライドだけ高い議員が利用しやすいように...というただそれだけの理由でつけられた炊き出しの事である。

住居は議員用アパートが建てられており、辛うじて議員の中にホームレスは居ない。
しかし、ホームレスの方がたばこや酒を飲めるだけ明らかに文化的である。
今ではディナールしか持たない議員よりも、日雇いで生活しているホームレスの方が栄養状態が良いのだ。

かつて帝国と戦争をしていた時代、議員は高給取りで憧れの存在であった。国民にとって無料の宝くじであったと教わった。
今は生贄を捧げるための白羽の矢である。議員に選ばれた場合拒否する事は許されない。逃げ出したら機密保持の為に逮捕されておじいちゃんまで刑務所生活だ。
国民達は次の国民選抜で、自分が選ばれないかと日々恐怖しながら眠っている。
誰も国の役人になりたいと言う者は居ない。

「おい!俺のはこれだけかよ!」
「ゴメンナサイ、一人お玉一杯までデス」
前の方で量が少ないと騒いでいる議員が居る。
「お前らがその年まで生きていられるのは俺たちのお陰なんだぞ!もっと敬意を払え!」
「そうだそうだ!もっとスープを用意してこい!」
「ゴメンナサイ ゴメンナサイ」

前に居た一人がカウンターの向こうに乗り込んでいった。礼儀正しく列に並ぶという事すらやめ、役人たちは炊き出しの鍋に群がっていく。
国の議員が学生ボランティアの炊き出しの量に怒って暴動を起こす。これがこの国の現状だ。

騒ぎが落ち着き人が居なくなってからダメ元で、スープが残っていないか聞きに行った。
「ゴメンナサイ、今日の分ハ無くなってしまいまシタ」
オデッタ人留学生は申し訳なさそうに深々と謝罪した。

オデッタ人は非常に誠実で正直者で優秀だ。彼らは母国がアーキルの支援で成り立っていた事を理解している。
『次は自分たちがアーキルに恩返しをする番だ』と自分達は援助を受けた経験が無いのにも関わらず善意で炊き出しを行っている。
「僕タチノ母国は、トテモ威張っていまスガ、それでも援助シテくれてたんデス。コレ位で、へこたれてちゃダメデス。」
彼らの健気さに敬意を抱きながら炊き出しを去った。今日はチヨコを食べて寝るしかない。

 

お椀も胃袋も空っぽのまま、公園を去ろうとすると後ろからガタイの良い男に話しかけられた。

「あなたのように現実を冷静に見る事が出来る人が議員をやっているとはなんと嘆かわしい事でしょうか!
我々、スキュミゼン財閥所属議員になりませんか?なぁに、西海岸連盟に有利になる議案に賛成していただくだけで良いのです。
指示された議案が通れば通った分だけスキュミゼン系企業で使える商品券を差し上げますよ。
宜しければ近くの喫茶店にでも...」

なるほど、偶に生活が苦しく無さそうな議員が居るがこういうカラクリか...
私は男に連れられ喫茶店へと歩いて行った。

最終更新:2019年03月04日 21:50