629年フォウ王国集団訴訟事件添付資料A-2

「初めまして、ギルド・マジャル所属の記者ハンリエラです。よろしくお願いします。」
「ようこそ、ニシクルコロ工廠第三捕鯨艦隊へ。提督のムシロイです。今回は諸島の捕鯨産業の取材にお越しいただき、ありがとうございます。」
私の片言のワリウネクル語を見かねたのか、ムシロイ提督は流暢なパンノニア語で丁寧な挨拶をし、手を差し出した。
立派な髭をたくわえた大柄で筋肉質の提督の手はゴツゴツとした男らしい手あった。
 
「出港だ!!鐘を鳴らせィ!」
ムシロイ提督は、私に向けていた穏やかな優しい表情から一変し突然大声を張り上げると艦橋に居る船員達も負けじと大声で「ラース!」と大声を上げた。
 
ガラン!ガラン!ガラン!
艦橋の上にある鐘が、腹に振動が伝わるほどの音を三度鳴る。
 
「ハハハ、すみませんな。初めてこの音を聞いたのなら暫く耳が痛くなるでしょう。」
「は...はい...」
未だにキーンと強い耳鳴りが続き、頭がガンガンと痛い。
「まぁ、航海の安全を祈願するおまじないの様なものですな。出港時だけではなく、これからも度々なりますから慣れていただくしかありませんな。」
 
艦が振動を開始し、三半規管に加速したことが伝わってくる。周囲を取り囲む各艦も煙突の煙の勢いが強くなり、ギリギリと金属がぶつかり合う音やこすれ合う音が聞こえてくる。
窓の外を見ると陸地がどんどん小さくなっていく、地平線...海平線と言うのだろうか?の向こうに飲み込まれていく。私は今、海の上に居るのだ。
 
内燃機関の燃料である燃油、その原料は鯨油から作られている。
捕鯨産業は只の食肉目的の狩猟とは性質が異なる、国際的にも工業的にも重要な産業の一つだ。
第一期頃までは諸島の半独占状態だったが、第二期中頃からは出資という形で外洋捕鯨活動に各国が参入するようになった。
618年寒波の到来が予測され620年の大飢饉を経て、世界的に燃料の備蓄が開始され始めてからは、更に多くの国や企業がアナンサラドのガス産業や諸島の捕鯨産業に出資を開始した。
 
私の所属しているギルド・マジャルも例外なく大口で投資をしており、ニシクルコロ工廠の株の15%を保有している。
だからこそ、私のような記者が諸島の重要産業である捕鯨艦隊に乗せてもらえたわけだ。
 
長い航海生活を共にする私に割り当てられた部屋は、一応スポンサーとして見られているようで個室が与えられた。決して広くはないが、不便というほどでも無い。
諸島人は狭い洋上の船の中を住居として利用するだけあり、大陸とは違って狭い部屋を効率的に活用する事に長けていた。
ソファーと一体化したベッドは流石に笑ったが、彼らにとってはココが家なのであり暫く我慢して生活する場としては見ていないと意識の違いが良く分かる。
窓の外にはムサツタム級追跡巡洋艦がゆっくりと追い抜いていくのが見えた。
 
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洋上での生活は意外にも快適な物だった。この国が戦争中で、首都を奪われているとは思えないほどに。
「どうしましたかな?ハンリエラ殿。お口に合いませんでしたかな?」
パンノニア調の煌びやかな装飾を施された提督室は、船の中であることを忘れさせる。
「いえ、ワリウネクルの料理人の腕が良いとは聞いていましたがまさかここまでとは。」
「ハハハ、料理人に伝えておきますな。」
クルカ肉の代わりにアンゴ肉をじっくりとユルトプバターで焼いたステーキ キチンと味が調えられ食感が楽しい麦ミール 匂いが強いが濃厚なチーズ さっぱりとあまじょっぱい塩ゼリー グラスには海果酒が注がれている
美味しいアーキル料理という慣用句が有るが、まさかこの世に存在するとは思っていなかった。
私は今までも美味しい料理というものはそれなりに食べてきたし、接待でパンノニア宮廷料理も食べた事が有るがこの船では毎日がパンノニア宮廷料理の様なものを食べている。もちろん、提督と同じ物を食べているというのは有るだろうが...
 
「本当に私達はこんなに美味しい食事を取って良いのでしょうか?」
「と言いますと?」
ムシロイ提督は大きな口で頬張っているアンゴステーキを海果酒で飲みこんだ。
「現在世界的に寒波が訪れて飢餓が問題となっています。メルパゼルではチヨコですら供給が追い付いていない状態です。それに...貴方々は現在フォウに首都を奪われ、パルエ史上最も凄惨な戦いを...」
「その通りでありますな。しかし、我々は我々の戦いをしています。鯨油供給が止まれば各地の物流は止まり凍死者はより増えるでしょう。そして、今は1ディナールでも多くの資金が必要なのです。」
 
「しかし...こんな艦隊が有れば...ニシクルコロ工廠やイトモイケ企業連合の保有する捕鯨艦隊を使えばすぐにでもスラーグ奪還できるのでは...」
「無理ですな。」ムシロイ提督はバッサリと切り捨てた。
「ワリウネクルの事を考えてくださっているのは有難いですが、我々は人と戦う為に居るわけではありません。
出資者様方はフォウ人を殺すためではなく、鯨油を取るために出資してくださっているのです。
だからこそ、このような大規模な艦隊を民間が保有できているのです。」
 
ニシクルコロ第三捕鯨艦隊は
パシムタム級捕鯨戦艦マジャルタムとボルチェタム
クルムタム級捕縛巡洋艦四隻、
ムサツタム級追跡巡洋艦八隻、
イトイタム級雷撃駆逐艦十隻、
偵察機空母モトクモロ・曳航母艦クロッポコの二隻を加えた26隻で構成されている。
これは、正規軍の諸島一個艦隊と以上の戦力を持っている。
 
「この艦隊はワリウネクル諸島連合の所有物では無いのです。たとえ、あの遠くに見える島にフォウ軍基地が有ると分かっていても、我々は指をくわえて眺める事しか出来ないのです。」
窓から海平線の方に目を凝らすと小さく島が見えた。
「あの島は...?」
「貴方が先ほど名前をだした我々の首都スラーグの有る本島の南端です。
あそこには諸島軍の他に多数の民間人が取り残されています。
イトモイケさんや我々ニシクルコロが全力を出せばすぐにでも救助は完了するでしょう。
しかし、我々はその全力を出す事は出来ないのです。」
 
 
「...ワリューゲン計画、ワリューゲン計画は実際に存在しているのですか。」
現在、ギルド・マジャルや自由パンノニア政府上層部でまことしやかに噂されている物がある。
 
【ワリューゲン計画】
 
首都スラーグの陥落後、詳細は不明ながらも少しづつリークされている「ソレ」
諸島が帝国に寝返り、反抗作戦をするという事だけしか分からない 分からないが、それでもアーキルやパンノニア上層部を中心に静かにパニックが広がっている。
もし、諸島が帝国に寝返った場合...鯨油の供給が止まり、空中艦は動かせず 諸島に注ぎ込んた捕鯨産業資金が丸々消え、持ち逃げされたとなれば...
リューリアで瀕死のアーキルはもはや
 
 
・・・
部屋に沈黙が訪れ、船の軋む小さな音がそれまでの何倍も大きく聞こえる。
「...私の口からは何も言えませんな」
 
 
 
私達の艦隊の上空をフォウ空軍が訝し気にクルクルと飛び回り、捕鯨艦隊にはためく中立旗、アーキル旗、パンノニア旗、メルパゼル旗...沢山の旗を確認した後に飛び去って行った。
ムシロイ提督は、自由に諸島の空を飛び回るフォウ王国軍機を寂しげに眺めていた。
 
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この船で生活をして、二か月が経過した。
双子島周辺を長い事調査しているが、寒波で南下してきたイヨチク林にアンゴの食い荒らした道が見つかってそれを追跡している他には、特別進展はない。
 
やる事が無くなり、最近は甲板の上で絵を描いたりして暇をつぶしている。
オデッタ新聞とやらが定期的に届いているが、オデッタと名が付くだけあり幼稚な文章で意味不明な部分が多く読めたものではない
 
 
急に空が暗くなり、肌寒くなった。
空を見上げると先程まで快晴だったのにも関わらず黒い雲が空を覆っていた。
南の暖かい海では急激に天候が変わりやすいと聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
 
・・・どこからか視線を感じる。
周囲を見渡すも誰も居ない。雨が降りそうな天候だ、甲板作業員は皆中に戻ったのだろうか。
荷物を片付けようと視線を戻す。
 
 
 
居る
 
遠くの海面から私の事をじっと見ている何かが居る。
 
海面から目だけを出してこちらをじっと眺めている。
 
目を凝らす。それは実家の牧草サイロのような見た目にぐるりと体を一周するように、目が連なって繋がっている。
 
その目は全てこちらを見ている。
 
この船はそれなりの速度が出ているはずである。
しかし、アレは波を建てる事なく、この船と相対的な位置を全く変える事無く並行し、付いてきている。
 
アレは何だ。
 
私は気が付いた。周囲にクルカが全く居ない。
 
普段、好奇心旺盛なクルカは私描いている絵を一匹か二匹は見て居たりする。
そのクルカがいつの間にか居ない。
 
子供のささやき声が、何人もの子供たちの声が聞こえる。
こんな大海原のど真ん中に子供が居るわけが無い。
 
気が付くとアレが私の周囲に一匹、二匹...数えきれない程の数が集まってきている。
 
ぐるりと一周するように張り付いている、鼻の無い人間の顔の様な顔、そこにある口からは聞き取れない程小さな声で、
子供の声でブツブツと何かをつぶやき、いや私に話しかけているのか?分からない。
 
アレらはゆっくりと私に向けて寄ってきている。
 
私はソレから目を話す事が出来なくなっていた。
 
本能的な恐怖が私を支配する。
 
彼らは軟体動物のようなウネウネと動く触手、腕だろうか すべすべとヌルヌルとした触手のような腕を天に向けてクネクネと揺らしながら近づいてきた。
 
彼らは目が付いている。つぶらな瞳はまるで幼い子供の用にまっすぐとした目をし、微笑んできているがそこに、意思、魂が入っているようには到底思えない恐怖が有った。
 
ぺち...ぺち...
 
気が付くと船に触手を絡ませてゆっくりと登ってきた。
 
声を上げなければ。
 
ぺち...ぺち...
 
三本の短い脚でゆっくりと近づいてくる。
 
声を上げなければ。
 
「あっ...あぅ...」
 
腰が抜けてしまっている。
動けない。
 
艦には二体、三体と次々に上ってくる。
 
私の目の前にやってきたソレは、私の顔を目をじっと覗き込んできた。
 
目の前にいる怪物との距離はもう20㎝も無い。
 
ここまで接近してくるとソレに沢山張り付いている口から発せられている声が聞き取れる。
 
『繝上Ο繝シ繧ュ繝?ぅ繝シ縺薙s縺ォ縺。縺ッ縺∝?譚・遶九※縺ョ繝昴ャ繝励さ繝シ繝ウ縺ッ縺?°縺後く繝?ぅ縺ッ縺ソ繧薙↑縺ョ莠コ豌苓??♂繧上s縺ア縺上>縺倥o繧九♀縺薙j繧薙⊂縺?b縺牙━縺励>繧ュ繝?ぅ縺ィ荳?邱偵↑繧峨=縺、繧峨l縺ヲ蜆ェ縺励¥縺ェ縺」縺。繧?≧縺ェ縺』
 
いや、聞き取れても分からない。ソレ、は私に一体何を言ってきているのだ。
 
何をいってきているのだ!
 
 
ガァン!!!
 
目の前にいる怪物に1mほどの長い銛が突き刺さる。
 
白く、サラサラとした謎の液体が怪物の大量にある口から流れ出てくる。
 
「撃てぇい!」
 
目の前にいる怪物たちは瞬く間に甲板に装備されている機関銃によって穴だらけにされていく。
 
 
「大丈夫ですか!」
若い船乗りたちは怪物を海に蹴落として私に駆け寄って来てくれた。
 
水面を見ると海面一杯に怪物が浮かんでおり、こちらを覗き込んでいた。
私に護衛が居る事に気が付いた怪物たちは興味を失ったのかゆっくりと水中に潜っていった。
 
 
部屋で暖かい茶を貰いながら聞いた話によると、あの怪物はダラダラ様と呼ばれる諸島人が恐れている悪神らしい。
一人で海に居ると集まってきて人を誘拐してしまうのだそうだ。
 
私は二度と、一人でオリエント海に出ないと誓った。
 
艦隊にダラダラ様が出た事が伝わると、フォウ軍が居る可能性の有る北へと進路を変えた。
「ダラダラ様に比べたら、フォウ軍の方がずっとマシですわい」
 
私はそれからしばらく、原因不明の吐き気と不眠に悩まされ、眠れるとこの日の記憶が夢に出た。
アレ、は一体何なのだろうか。
 
 
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ガラン!ガラン!ガラン!
 
艦橋のてっぺんに有る、巨大な鐘が艦隊全体に聞こえるような大きな音を鳴り響かせる。私は急いで艦橋に戻った。
「ガーーー...こちら雷撃駆逐艦トダ・アーセタム、現在推定12万トン級アンゴを発見。座標、ウペ88・カケ23 繰り返すウペ88・カケ23」
無線機からアンゴ発見の連絡が入る。 それまで穏やかな雰囲気だった艦橋に緊張感が走る。
ムシロイ提督は優しい目つきから一変して鋭い目つきに切り替わった。私は艦のエンジン出力の上昇の揺れを感じながら眺める事しかできなかった。
 
「第一種対鯨戦闘用意!」
私の乗っているマジャルタムの砲に架けられていたカバーが取り外され、真の姿へと切り替わる。
その姿はまるで洋上の空中艦であり、空中艦以上の主砲を搭載した捕鯨戦艦は威風堂々と海を切り裂き突き進んでいく。
周囲の僚艦も武装を露わにし、クレーンがゆっくりと折りたたまれ、格納されていく。
偵察空母モトクモロからは軍払下げ品のレプンカムイが飛び立ち、エトーピリカに連れられて空を駆け抜けていく。
二か月半を今か今かと待ち続けた、捕鯨戦闘がまもなく始まるというその事実に私は何とも言えない高揚感を感じた。
 
遠くにレプンカムイと何かが蚊柱のように飛び回り戦っている。
「やられたな」ムシロイ提督がぽつりと呟いた。
ジリリリリリリリリ
ベルが鳴り響くと同時にドアからプシュウと空気の抜ける音が聞こえた。ドアがロックされ、窓ガラスには網目の細かい金網が下げられた。
「11時方向、閃光弾発射用意!」
「了解!十秒後発射、対閃光用意。防閃眼鏡着用!3...2...1...発射!」
遠くで飛び回っていたレプンカムイ達が一斉に四方八方へと霧散していく。
私は慌てて頭に付けていた防閃眼鏡を目に付けた。
それと同時にズゥーン!!と重たい重低音で36cm三連装砲が一斉に発射する。
 
 
窓の外が光で埋め尽くされ、何も見えなくなる。防閃眼鏡を付けていてもとっさに目を瞑ってしまった。
しかし、目を瞑っていてもその光は瞼を通して赤く光ってみえた。
「防閃眼鏡着用やめーぃ!各艦、陣形を絶対に維持するように!突入開始!」
 
グンッと更に艦が加速する。
さらに艦の振動が激しくなり、近くの手すりをしっかりと握る。他の艦を見てみると、ボウボウと黒煙を煙突から勢いよく吐いている。
きっとこの船も同じなのだろう。
 
 
バァン!
窓に勢いよく何かが衝突し、薄くヒビが入る。
1m程の蛇のように長く、一対の巨大なアゴを持った昆虫の様な物が艦橋に衝突した。
それと同時に周囲を円型のように囲んだ駆逐艦や巡洋艦が一斉に機銃を発射し始める。
どうやら閃光で視覚を失ったらしく、海面に激突するものや甲板の上でのたうち回るものも居る。
 
「セクネフナムシと呼ばれるものです。アンゴの寄生蟲の一つで口の中に生息しておりましてな、母体に危険が訪れると口から出てきて対象に噛みついて殺しに来る危険な飛甲蟲です。」
提督は動じた様子無く冷静に遠くの海面を見ている。
 
レプンカムイが戻ってくるとセクネフナムシの群体に向けてバラバラと機銃掃射を行った。
ボトボトと落ちてくるが、だんだんと視覚が戻ってきたものが出てきており、レプンカムイに襲い掛かり始めた。
速度ではレプンカムイの方が早いが、数で言うと圧倒的にセクネフナムシの方が多い。
セクネフナムシに取り付かれたレプンカムイは一瞬で団子のように蟲に食い破られ海面にボトリボトリと落ちて行った。
 
フッと暗くなったと思うと機銃座に着いていた船員がセクネフナムシに真っ二つに切り裂かれ海へと投げ飛ばされていた。
 
ズガァアン!
10時の方向に居る駆逐艦が突然爆発を起こした。
 
『ピュイィィ....ガーーこちら駆逐艦ミュゼンタム...艦内深部に潜り込まれた!本艦に対し合同砲撃を要請する!ワリウネクル捕鯨団に栄光アレ!』
無線機が繋がり、自艦を砲撃するよう銃声混じりの要請を駆逐艦が出してきた。10時方向を見るとセクネフナムシが一隻に集まって艦橋の鉄板を食い剥がしている。
 
「こちら、第三艦隊提督ムシロイ 貴艦と共に戦えた事を誇りに思う。ガス管を全て開けて待機されたし。
さらば我が友、島々の英雄よ、空より高く静寂の海より深き安息の海域より我々をこれからも守り給え。」
無線から返答は無かった。
 
「イトイタム級雷撃駆逐艦34番艦ミュゼンタムに対し、砲撃用意!」
ギリギリと周囲の艦が一隻の味方の艦に照準を定める。既に原型が無くなるほど装甲をはがされ、煙をボウボウと燃やしながら進むミュゼンタムはゆっくりと艦隊から離れてゆく。
 
「勇気あるミュゼンタムに敬礼!」
提督を含め船員達は、セクネフナムシに食い荒らされたミュゼンタムに敬礼を3秒ほど行った。
「撃てぇ!」
各艦の主砲が一斉に砲撃を行う。船体よりも大きな爆発をしながら、ミュゼンタムは大量のセクネフナムシと共に海の底へと沈んで行った。
 
先ほどまで、沢山の人を乗せて共に海を進んでいた駆逐艦が突然いなくなった。
ゆっくりと沈んで行くミュゼンタムは、どこか遠くの出来事のように思えた。それほど一瞬で艦隊から消えてしまった。
これは只の狩猟ではないのだ。その事実をオブラートに包むことなく現実は突き付けてきた。
 
「ミュゼンタムのお陰でセクネフナムシの大半は落とすことが出来た。これより円陣の維持を解除、各艦は全力でアンゴを追跡せよ!」
悲しむ暇も無く、提督は各艦に指示を出した。
気が付くと、ターゲットのアンゴと思わしき鯨影は遠くへ遠くへと艦隊を引き離している。生き残ったレプンカムイとエトーピリカが逃がすまいと追いかけて行った。
 
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イトイタム級雷撃駆逐艦36番艦ヘツネタム
 
「艦長!見えてきました!」
ゴンゴンとエンジンを焚きながらヘツネタムは標的のアンゴに追いつきつつあった。
ミュゼンタムを早々に失ったのは痛かったが、今さら悔いても遅い。
捕鯨艦隊乗りは皆、死ぬ覚悟は出来ている。彼らの死を無駄にしない為にも絶対に捕鯨を成功させなければならない。
 
「僚艦は!」
「後方6km地点を中心に本艦を追跡中!」
どうやら我々ヘツネタムが現在最も前に居るようだ。
 
「捕鯨ィイ砲発射ァア用意ィ!」
ここで逃したらもう追い付けないだろう。既に過負荷をかけ過ぎたエンジンは焼き付く限界だ。
 
ギギギギギギ
12㎝捕鯨砲がゆっくりと旋回し、アンゴの鯨影に向ける。
 
捕鯨砲の大きさ表記は他国の砲弾砲と同じわけでは無い。この12㎝というのは柄の直径の大きさの事であり、先端は20㎝よりも大きいのが一般的だ。
更に言うと、捕鯨砲は先端の穂(突き刺さる尖った部分・弾頭)を現地で自由に変更できる為、12㎝艦砲と12㎝捕鯨砲は同格の砲として比べてはいけない。
勿論、柄の直径が太ければ太いほど先端に付けられる穂は大型に出来る為、威力が強い言えるがそれよりも柄の長さの方が威力に直結する。
より深くより大質量な銛を突き刺すことが出来る為、捕鯨砲の口径は威力の目安として使用すると痛い目に合う。
強いて言うならば、ヘツネタムに装備されている12㎝捕鯨砲はおおよそ10cm~18cm通常砲と比べるのが良いだろう。
なぜここまで幅が持たされているのかというと、穂によってそれだけ威力に差が出るのだ。
 
最近のニシクルコロ工廠製捕鯨砲は、前装・後装分散装填式が採用されている。
分かる通り、先端が柄よりも大型であるため、単純に後装式で装填する事が出来ないのだ。
柄の部分を後装で装填を行い、先端の突き刺さる部分を前装式で取り換える方法を取っている。
その為、連射性能において、ニシクルコロ工廠は半ば諦めたような所が有る。
 
ちなみに、その穴を埋めるように業界に参入したのが家電メーカーのユケネシケ社であり、こちらは装填速度と連射速度に極振りした極端な会社である。
捕鯨砲の他に通常砲もニシクルコロは設計しているが、そちらは至って平凡で特徴のない砲であり、諸島軍はアーキルやパンノニアの砲が採用する事が多く、如何に自分達の得意分野技術を活かせるか日々試行錯誤している。(なお、失敗する事も多い)。
ニシクルコロとユケネシケの仲は決して悪くはないのだが、諸島軍部はこの両極端に振り切っている二社の存在に頭を悩ませている。
ちなみに今回、艦長が選択したトライデントとは、先端が三つに分岐しているタイプのものである。
 
話を戻す。
 
鉄骨のような鉄柱の銛が真っ直ぐに鯨影に飛んでいく。銛と船とを繋ぐ巨大な鎖がガラガラと捕鯨砲の口から騒音を立てて伸びる。
何メートルも水飛沫が高く上がり、鎖が急激に弛む。
「巻き付け開始!」
艦長が叫ぶと弛んだ鎖がガラガラと捕鯨砲の口に吸いこまれ、ピンと伸びる。
ギシギシと船が悲鳴を上げて、アンゴに引っ張られまいと抵抗をする。突然の衝撃に暴れ狂い始めたアンゴはグワングワンと暴れ狂い、水面に体を打ち付け暴れる。
艦橋まで波を被る程の巨大な波がいくつも立ち、水を被りながら雷撃駆逐艦ヘツネタムは決して離さまいと食らいつく。
ドリフトするかのように横滑りを左右に船体を振り回され、そのたびに異常な負荷によって、船の彼方此方が軋みパイプが弾け飛ぶ。
「駄目です!本艦一隻では止められません!」
悲痛な声を上げる
「雷撃だ!雷撃を行う!」
「今雷撃出来るのは我々だけで有ります!本当でありますか!?」
「雷撃しか出来ん!雷撃しろ!」
艦長は座席に有る、赤と黄色のボタンを押下する。
ジリリリリリリ
ベルが鳴ると同時にヒイイイインとカン高い音と共に発電機が全力を出し始める。
 
「雷撃開始!」
 
艦内の電気がチカチカと点滅する。
12㎝の巨大な銛を通して艦の大きさに見合わない程の強力な電撃がアンゴへと放出される。
アンゴはビクン!その戦艦よりも巨大な体躯を硬直させて動きを止めた。
しかし、それだけであった
銛を振り払おうと、先程よりもいっそう強く暴れ2m、3mもある波が何度も船を襲った。
ピュン!ピュン!と銛を繋ぎ止める杭のボルトがはじけ飛び、メキメキと船が歪む。
「無理です!これ以上繋ぎ止めて居たら折れてしまいます!銛を切断しましょう!」
確かに銛の鎖を切断すれば船は沈まないかもしれない、しかしここで逃がしては...
 
「銛の接続を解除!通常主砲で足止めする!」
 
ガララララと音をたてながら、巨大な鎖が砲塔からズルズルと出ていく。
自由の身になったアンゴはくるりと一回転して尾びれを高く持ち上げ、水面を強く叩く。巨大な高波が発生して艦橋が水を被る。
波が去ると同時に、水面上に現れた巨体、アンゴがその姿をヘツネタムに見せつけた。
電圧が戻り、艦の各機能が再起動を始める。
 
「通常砲、無制限攻撃!全弾叩き込め!」
 
CYsN76mm速射砲がリズミカルに高速で砲弾を叩き込む。シスロクとユケネシケが共同開発したCYsN76mm速射砲の圧倒的な連射性能は凄まじく、一秒間に11kgもの質量を投射する。
しかし、あくまで大型生物を相手にするための武装であり、超巨大生物のアンゴの外皮を貫通させるにはあまりにも火力不足であった。
殆どの砲弾は外皮によってはじき返され、偶に刺さった場合も木屑が指に刺さったかのような程度のダメージしか与える事は出来ない。
 
「糞っ!何か出来ないか!?」
突き刺さった12㎝銛から流れ出る血液を周囲にまき散らしながら進むアンゴは、オリエント海王者としての風格を見せつけてくる。アンゴはゆっくりと巨体を広い海に沈めて行った。
 
二か月探し回ったアンゴに逃げられたのだ、強く握り過ぎた手のひらには爪の跡がくっきりと残る。
「...っ!信号弾打ち上げ。『我、アンゴ追跡失敗す』カラーコードは青、緑、黄色」
艦長が支持を出した瞬間フッと暗くなる。
 
ヴゥゥゥゥゥ!!!!!
宙に浮いたかのような奇妙な浮遊感と共に艦が急激に傾き、命令をしていないのにも関わらず主砲が発砲を開始する。
窓の外には一杯に赤黒い皮膚とセクネフナムシの卵が見える。
バキバキという音と共に船が潰され、天井がどんどん低くなり鉄板や電灯がこの世の終わりのように降ってくる。
 
「俺たちが喰われる!船体電圧を上げろ!急げ!」
 
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ムサツタム級追跡巡洋艦11番艦マグランタム
 
目の前で、ヘツネタムが飲み込まれた。
口先で船を持ちあげてから、まるで遊ぶかのように鋼鉄で出来た船体をいとも容易く顎で潰し、一口に飲み込んだ。
高く垂直に跳ね上がったアンゴはその速度のままに、空を飲み込む勢いで飛び出し腕をヒレを広げゆっくりとその姿を人類にファッションショーのように見せつける。
 
「あぁ!おっ、おい! 何をやっている!急いで艦を止めろ!」
バシュっと空気を多分に含んだ音を立てて信号弾が撃ちあがる。
ヘツネタムの目の前まで来ていた全力を追跡分艦隊本体はアンゴに衝突するまいと慌てて速度を落とした。
 
「艦長!急いで雷撃命令を!」
「そっ、そうだな。イトイタム級各艦に伝える!雷撃捕鯨砲準備」
 
カンカンカンカン
 
巨大な鐘が鳴らされ、各艦も真似して鐘を鳴らし始める。
ヘツネタムを飲み込んだアンゴはこちらをぐるりと見渡しながらゆっくりと水面に戻ってきた。
海面に体全体が着水すると同時に、イトイタム・ムサツタムが一斉に捕鯨砲を発射する。
 
まるでスクムシに捕らえられたクルカの様な状態になったアンゴは、ヘツネタム一隻の時よりも強力な雷撃をくわえられ体を硬直させる。
流石に雷撃駆逐5隻、追跡巡4隻の雷撃には耐えられないのか、アンゴはそのまま海面に漂い始めた。
 
「やったか...?」
マグランタム艦長はそっと身を乗り出してアンゴの巨体を眺める。
 
「たっ直ちに砲撃戦準備!来るぞ!雷撃銛を伸ばし、安定するまで退避!」
ガラガラと砲塔から鎖が伸び、各艦は一斉に船を後進しはじめる。
 
未だ電撃で動くことの出来ないアンゴの巨体の下から、いくつもの10m程の黒い影がワラワラと現れる。
「各艦っ、爆雷投下!水面近い奴はとりあえず撃ってしまえ! あっ、海雷は撃つなよ!もったいない!」
各艦は一斉にドラム缶のような物を射出し始める。数秒後高い水柱が立ち上がり、その水柱には10m近くある巨体のバンカザメの肉片が含まれている。
バンカザメとは、アンゴが食い破ったイヨチクの破片を狙って食べる半共生生物・片利共生生物である。
アンゴが動くのをやめた結果、近くの別の巨大な生物に寄生するために一斉にアンゴから離れ始めたのだ。
 
グゥゥゥン
艦が急に左舷に傾き始めるバンカザメがマグランタム船体に張り付いて角を突き刺したのだろう。
『左舷ブロック30番辺りに浸水発生!浸水発生!』伝声管から被害報告が上がってくる。
「防水壁を!防水壁を片っ端から降ろせ!右舷の注水は...右舷の注水はもう少し後だ!」
 
周囲の艦を見渡すと各艦にもバンカザメが着弾したようで、急激に沈んで行く艦が何隻か見えた。
『こちら駆逐艦カムチタム!浸水止まらず!総員退艦命令!カムチタム、総員退艦命令!』
『駆逐艦バルテンタム!浸水7箇所以上!船体維持不能!退艦す!』
『追跡巡ザイリグタム、浸水軽微なれどエンジン浸水!航行不可能!曳航母艦クロッポコによる曳航を要請!』
着々と各艦被害報告が集まってくる。
現状、駆逐艦二隻が沈み、追跡巡一隻が航行不能になったようだ。他の艦は機動力は失えど、一応の艦隊行動は可能な...
突如アンゴがまた動き出した、数隻が沈み動きを止める電圧が足りなくなった。
「まてまてまて...ヤバいぞ!」
艦長は慌てて艦内を見渡す。
 
「この際仕方が無い!各艦、海雷発射!」
海雷発射管がゆっくりと旋回し、いくつもの海雷がビクン、ビクンと暴れるアンゴに向かっていく。
海雷とは、空雷の海中版のような物で非常に高価な兵器である。
円柱状の弾頭にスクリューが付いたそれは、エンジンを使い捨てにするため非常に高価だが、小型艦でも戦艦並みの威力をアンゴに対して与える事が出来る。
海雷はニンニンケプ工作場がほぼ市場を独占しており、ニンニンケプから買わなければならないがニンニンケプはユケネシケ捕鯨船団のライバル企業イトモイケの後援企業の為 高い海雷が更に高級となっており、更に使用するハードルが高くなっている。
だが、イトモイケ捕鯨船団は逆に雷撃銛が非常に入手が困難となっており、両社捕鯨船団の艦艇はまた違ったドクトリンで設計されている。
ちなみに、イトモイケはラムピリカの子会社でもある。
 
命中と同時に高い水柱が起き、天気雨のような水滴が空から降ってくる。
「頼む...」
艦長はじっと、水柱が晴れるのを待った。
 
水柱が晴れる前に事は起きた。
 
水柱のカーテンを突き破って出てきたアンゴは、艦長の乗るマグランタムにむかって真っ直ぐに口を開き喰いかかりにやってきた。
「うわぁ!化け物め!なんでも良いから撃てぇ!撃てぇ!」
 
艦長が言い終わる前に艦橋より前部分をぱっくりとアンゴは噛り付いた。
強い振動と共に艦が揺れ、船ではありえないような生物的な衝撃が船体を襲う。
口の中で発砲しているのか、鈍く主砲の発砲音が聞こえるがそれもいつの間にか止み、バキバキと船体がへし折られる音が続く。
周囲の艦艇もマグランタムを助けようと一斉に砲撃を開始する。
しかし、雷撃駆逐艦や追跡巡洋艦、空中艦で言う軽巡空艦と同等かそれ以下の主砲ではアンゴの強靭な外皮に対しては爪楊枝程度のダメージも与える事は出来なかった。
「あわわわわわ...」
 
 
ズゥゥゥム!
 
 
突如アンゴの巨体が爆発に包まれる。
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パシムタム級捕鯨戦艦3番艦マジャルタム
 
 
「撃てぇい!」
36cm三連装砲二基が火を噴く。
遠くで軽水上巡空艦...追跡巡洋艦を今この瞬間にも飲み込みそうなアンゴが爆発に包まれる。
 
「ムシロイ提督!あんな味方艦が近くにいる中に砲撃したら同士討ちしてしまうのでは!?」
「ハンリエラ殿、我々は自然を相手にしているのです。得に、この海では人間は食物連鎖に置いて頂点に居ません。その脆弱な存在が海の帝王に戦いを挑んでいるのです。この程度の賭けが出来なければ我々はやっていけません。」
ムシロイ提督は淡々とアンゴを見つめたまま、私に目を合わせる事無く答えた。
「それに、マジャルタムの砲手は信頼しておりますからな。第二斉射、撃てぇい!」
マジャルタム・トクモロタムの二隻から合計12発の36㎝砲がアンゴに向かって飛翔する。
 
アンゴは突然の痛みに追跡巡洋艦を強く噛み砕いたが、それ以上食らいつく事無く船を吐き出した。
かみ砕かれた追跡巡洋艦から、3発の信号弾が打ち上げられた。
「アレはなんd「直ちにアークハープーンを発射!撃て!」
私が質問をする前に提督は大声で指示を出した。
 
捕鯨戦艦用の巨大な超長砲身捕鯨砲が凄まじい爆風と共に発射され、遠くのアンゴに向かって飛んでいく。
発射すると同時に艦内の電気が全て消え、赤い非常灯に変化する。
36㎝砲の装填する振動も止まり船のエンジン音も止まった。
 
銛が着弾すると同時に火花がパァンと何メートル、何十メートルの吹きあがりアンゴの体を侵食していった。
「アレは電弧放電銛、アーク溶接の要領で莫大な電力を使ってアンゴの体の油を溶かしながら深くまで侵食する銛の種類でしてな、駆逐艦の雷撃銛が電気を足止めとして使っておりますが、こちらは殺傷用に電気を使用しております。どうやら深深度に逃げようとしているようだったので長距離ではありますが発射しました。」
ムシロイ提督はチラリと私を見るとそう解説した。
 
ブゥゥゥゥンと艦内の電気が戻り、スクリューが動き出す振動を感じた。
「巻き上げ!」
艦長がそう指示するとゆっくりと、強い力で戦艦二隻の方へアンゴを無理やり手繰り寄せ始めた。
アンゴは力を振り絞って逃げようとするが、捕鯨戦艦二隻の強力な力によってゆっくりゆっくりと接近していく。
 
クルムタム級捕縛巡洋艦がパシリタム級戦艦二隻を追い抜かしてアンゴの方へと接近していった。
クルムタム級四隻は大量の重捕鯨砲を大量にアンゴの深くへと突き刺し、戦艦よりも何倍も大きいアンゴを絶命させた。
 
 
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン
五回、ゆっくりと鐘が鳴らされると、他の生き残った艦も順番にゆっくりと五回鐘を鳴らし始めた。
629年ニシクルコロ第三捕鯨艦隊秋季作戦の成功である。
マジャルタムや艦隊僚艦、救命ボートに乗った船員達は一斉に外に出て、アンゴに対して敬礼をした。
艦橋の中に居る人たちもみな、同じくアンゴの方向を向いて無言で敬礼をした。
全ての船が順番に鳴らし終えると提督含めて全員上着を脱いで万歳と叫び始めた。
 
私は、パルエ一大規模な狩猟作戦を見、そしてその船員達の喜びを見て。捕鯨作戦に何も関わっていないのにも関わらず嬉しくなり、船員達と共に、艦隊の方々と共に万歳と叫びだした。
 
 
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その日の夜は牽引母艦クロッポコの上で集まって祝賀会が開かれた。
 
捕縛巡洋艦によってグルグル巻きにされたアンゴから切り出されたばかりの赤身の肉をステーキにし、それを海果酒と共に好きなだけ食べられる。
私は雷撃駆逐艦乗りの武勇伝や彼らの精神について深く触れる機会であったし、捕鯨が諸島人だけで行われている訳では無い事も分かった。
大陸の反対側のメルパゼル人や私たちパンノニア人、小数ではあったが今諸島と戦争をしているフォウ人も居た。
しかし、彼らは諸島人含めどこかの国家の為、愛国心の為に仕事をしているわけでは無かった。
彼らは提督、そして捕鯨船乗りとしての誇りの為に今日も捕鯨船団に乗っていた。
 
諸島捕鯨船乗り、いや、今はパルエ捕鯨船乗りと言うべきだろう。彼らは海のパンドーラ隊だった。
彼らの仕事は危険だが誇り高く、美しかった。
 
「えー、諸君 楽しい時間に申し訳ないが、聞いてくれ。」
ムシロイ提督がステージに立って何かを言い始めた。
楽しそうにしていた船乗りたちが、また急に真面目な顔つきに変わる。酔っぱらって顔が真っ赤の人ですら突然真っ直ぐに起立する。
トダ工廠様主出資艦、イトイタム級雷撃駆逐艦トダ・アーセタム
 
スキュミゼン社様主出資艦、イトイタム級ミュゼンタム
 
マグラダ工業様出資艦、ムサツタム級追跡巡洋艦マグランタム
 
以上、三隻が今回の捕鯨で失われた。
更に、この三隻の他にも各艦には安息の海域へと旅立った者は沢山居る。今回で488名が安息の海域へと旅立った。
我々は決して、彼らの事を忘れず。未来永劫、第三艦隊の英雄としてこの無限の海に刻み続ける!
さらば我が友、島々の英雄よ、空より高く静寂の海より深き安息の海域より我々をこれからも守り給え。
『さらば我が友、島々の英雄よ、空より高く静寂の海より深き安息の海域より我々をこれからも守り給え。』
 
また、船の鐘が悲しげにカーンカーンと五回鳴らされた。黙祷が捧げられる。
「諸君、私の話に付き合ってくれて有り難う。さて最期に今回、第三艦隊で最も多く出資してくれたメインスポンサー様のギルド・マジャルから、ハンリエラさんが来ています。ハンリエラさん、挨拶をお願いできますでしょうか?」
あちこちから拍手が向けられ、苦笑いをしながら前のステージに向かって歩いた。
 
「えー...」突然の事で何も言うことを準備できていない。なんと言おうか...
じっと船乗り達は私を見つめてくる。
 
 
 
 
突如、ジェットエンジンの爆音が会場を包み込み、会場がざわめいた。
後ろで閃光が走る。戦艦トクモロタムが爆発に包まれる。
 
カンカンカンカン!!!
各艦の鐘が鳴り始める。
「フォウ軍爆撃機だ!俺たちを正規軍と誤認してるぞ!」
「多国籍民間船と発光信号で伝えろ!!」
船乗り達はクロッポコの探照灯に集まってフォウ戦闘機に向かって発光信号を出している。
バラララララ!!!!
フォウ爆撃機から探照灯に対して機銃掃射が行われ、一瞬にして彼らは肉片へと変わってしまった。
 
あちこちで爆発が起きる。
今、船乗り達の大半はクロッポコに乗っており回避行動を出来るような状態では無い。
私は、目の前で今まで勇敢に戦ってきた艦隊がフォウ空軍によって沈められていくのをただただ呆然と眺めていた。
 
「近くにどこでも良い!艦隊は居ないのか!?」
「イトモイケ鯨油工業の第二捕鯨艦隊がここより南東45km地点に居ます!」
「この際、イトモイケでも良い!救助要請を出せ!」
 
無線機を使って近くの艦隊に救援要請を出している者、手旗信号で必死に伝えている者、救命カッターを下ろしている者
クルッポコの甲板上は大混乱だ。
 
 
私が目を覚ましたのはイトモイケの第二捕鯨艦隊に救助されたときであった。
偶然にもイトモイケ第二捕鯨艦隊が駆けつけた海域にたった一人、漂っていたらしい。
他の生き残りが居ないか聞いたが、残骸が浮いているだけで生存者は見つからなかったそうだ。
彼らが命を賭してまで獲得したアンゴと共に、全て泡のように海の藻屑へと全てが消え去ってしまった。
 
 
私を守ってくれたムシロイ提督と船員達に、私ハンリエラは不格好ながら敬礼をした。
たった一度、何もしていないがそれでも彼らの魂に触れた私はその行動をせざる終えなかった。
イトモイケ艦隊は私に合わせて五回、鐘をゆっくりと鳴らしていた。
 
『さらば我が友、島々の英雄よ、空より高く静寂の海より深き安息の海域より我々をこれからも守り給え。』
最終更新:2019年04月27日 21:18