「第六章 『騎士』を喪失した騎士」『騎士と家畜』

第六章 「騎士」を喪失した騎士

 

 中近世のクランダルト帝国において、家畜を持つということは裕福な環境に置かれているということの証左である。家畜を維持するものは野を掘り起こし、荘園を造成した結果として莫大な富を得ることができた。そのような富豪を人々は貴族と呼び、貴族は人々を従えることで、土地を領地という単位にまで発展させることができた。貴族は自らの所領と、その領民の生活を安堵させるために戦闘行為を行うこともあった。その際の貴族は「騎士」と呼ばれ、領民からは非常に高い畏敬の念を集めることで、貴族としての地位をさらに高めた。

 騎士は現代でも貴族にたいして呼称される敬称の一種であるが、その背景にはクランダルト帝国における宗教の変遷が深くかかわっている。本章では、クランダルト帝国における「騎士」の成り立ちと、近代以降の環境の変化における「騎士」像の消失について論じる。

 

第一節 原始的な宗教と神話にみるスカイバードとの関係

 

 現代における倫理観とは裏腹に、クランダルト帝国が勃興する以前の大陸南部において主流だった宗教としては、惑星――太陽や月といった――信仰を除けば、スカイバード信仰によるものが大多数を占めていたことは『ダルク以前の貨幣史』で語られるとおりである。

 

帝国ダルクが支配する前の貨幣として有名なものを挙げれば、原始石貨七六番と原始金属貨三番を上げることができるだろう。この二種の貨幣は同地域で大量に発見される貨幣であり、貨幣からその部族が支配していた地域を特定できる重要な特徴をもっている。[中略]石貨と金属貨幣が入れ替わる時期において、顕著に相違が現れるのは、意匠の部分である。石貨時代では、この文明特有の圧縮祝詞が用いられているのにたいし、鋳造製法による金属貨は精巧な文様による祝詞が刻まれる傾向が強くなっている。[中略]しかし、そのどれにも共通している点は、スカイバードを神として称えている点であり、部族の一貫した姿勢としてスカイバードへの原始的信仰心が定着していたことを表している。

 

 なぜパルエでスカイバードが特に神聖視されるようになったかといえば、スカイバードが足を持たない動物であり、地に足をつけることのない動物だからである。世俗と非世俗を分かつ要素については様々な観点が存在するが、神話という形態においては、俗世の常識とは違う形態を維持している点が重要だとされている。この事象は『司祭と巫女』において「神の姿は常に見えるものではなく、世俗の事情に関わらず顕現する。つまり、それが第一の非世俗なのである」と説かれているとおり、人間が考えうる常識の範囲の外にある事象において特に発揮されるものであり、その民族が世俗の外にあるものを見出した瞬間から「神」が生まれるのである。

 人間の常識の外に置かれる事象にたいして、人間が神性を認定するというのは、心理学によれば「人間による神の発見」と呼ばれている。例えば、人間よりも足の速い動物がいたとして、人間は足が人間より速いという部分に神性を見出す。また、魚のように泳ぎに特化した種別であれば、そのなかに神性を発見し、賛美し神格化するといったように、人間の日常生活のなかにある、人間とは別の、異能の能力を持つ動物にたいして、人間は畏怖の念と尊敬を込めて、そこに神を認定していたのだ。

 そこでスカイバードに注目すると、スカイバードも確かに異能の存在であることは周知の事実である。人間とは違う造形をしており、空を飛び、いくつかの種では露出した発光体によって夜闇のなかでも観測が容易である。しかし、それだけでスカイバード信仰が活発になったと考えるのは難しい。その程度であれば他の動物も同じように、人間が驚嘆する機能を保有しているからである。スカイバードとそれ以外の動物の決定的な違いについて『神たる資格 ――スカイバードはなぜ人を引き付けたか――』では、次のような特徴が挙げられている。

 

 つまり、スカイバードが動物信仰の上位に存在するのは、次の要素を満たしているためなのである。第一に、体躯の大きい個体が存在し、人に認知されやすいこと。また、発光する体躯を遮蔽のない空に浮かばせていたため、どの民族でも等しくスカイバードを観測することができたこと。第二に、絶対に人が触れえない位置に存在し、個体数を減じるようなことがなかったこと。魚や鳥のように、人が直接触れ、まして狩ることができるようなものではなかったために、パルエの表半球では、どの地域でもスカイバードについての記録が残されていること。第三に、常にいるわけでもないが、常にいないわけでもないということ。惑星信仰と違い、常にスカイバードは人の前に姿を見せるわけではない。とはいっても、ふと気づけば空を飛んでいる。このランダムな登場によって人は平静を欠き、畏れられる存在となったのだ。

 

 認知性、不可触性、偶然性の三要素があったため、スカイバードは「神」のなかでも一般的な信仰対象になったと考えることができる。これには、古来よりスカイバードが鳥類に分類されていたことも関係している。表半球では陸地が大半を占めているため、人の生活圏は内陸部に偏在する傾向があった。たいていの人間にとって食料は穀物と陸上動物の肉であり、魚を食する機会を持たない民族が多かった。魚についての知識がほとんどない状態の当時では、動物についての言葉の使い分けにも偏りが生まれている。『民族による鳥類の定義』では「[内陸部では]おおむね、空を飛ぶものは鳥として発話されることが多く[中略]スカイバード――またはそれに類する飛行生物――が鳥類として規定されており、『足と翼骨を持たない鳥』として認知され」ていたために、鳥類の中では特に異質な、地面に足をつくことがないという特徴を持ち、それゆえに永遠性の象徴として神聖視されていた。これはクランダルト帝国が勃興する前の大陸南部でも同じであり、大陸北側と同様にスカイバード信仰が根付いていることを示している。

 

第二節 騎士となった貴族が「騎士」と呼ばれた理由

 

 騎士は、その名の通り「騎乗する戦士」を指し、動物に騎乗して戦闘行動を遂行するものである。騎士の発展は貴族と、その領地の拡大によってもたらされた。結果的に騎士の呼び名は格別なものとなり、現在のクランダルト帝国でも航空騎兵団や、近衛騎士団として語り継がれている。

 表半球の大陸南部において人々の活動が激化したのはパルエ歴二〇〇年代から三〇〇年代初頭にかけてである。魔術的な扱われ方をしていた科学が科学として認知され始めた頃を境として、大陸南部では急速に食糧の増産体制が整備されていった。肥料による土壌改良が頻繁に行われたと同時に、豪族が貴族階級の頂点として地位を確立したことで、その地域を管理する役目を負い、トップダウン方式での命令系統が構築されたためである。豪族と貴族の関係について『豪族たちの戦争』では次のように述べている。

 

 それまで富を蓄えるだけだった各地の貴族が、終わらない戦争という消耗戦に遭遇したのは、ちょうどパルエ歴三〇〇年を境としている。この時期は、二〇〇年代から始まった貴族階級の膨張が加速し、ついに隣の貴族の領域に接してしまった時期と重なっている。家畜と人的資源の力を背景に、隣接していた少数民族を撃滅し、迎合させていた貴族は、自身と同等の力関係を持つ貴族と隣同士となったところで、お互いが重圧を与え、与えられる関係となった。[中略]

 緩衝地帯をなくした戦争は激しさを増し、自分たちの威厳を保つために引けなくなった貴族たちは、戦闘に参加する有志を半ば強制的に募り、略奪行為などの見返りを与えることで戦意を高揚させようとした。豪族の指揮する戦争に加担し、略奪行為で富や土地を得たものは貴族としての地位を得た。この過程で、貴族階級でも特に資産を持つものは豪族となり、豪族を頂点とする命令系統が発達したのである。

 

 もちろん、ここで消耗しつくしてしまった豪族が戦争に負け、土地を追われたことは言及するまでもない。最終的に、この豪族による果てのないと思われた戦争は、クランダルト帝国そのものが、インダスラトリーゼ体制の発布により国家を中心とした中央集権構造へと変化した三八〇年代を境に、お互いに遺恨が解消されないまま一時的な休戦状態へと移行した。マルアーク家、エグゼイ家、そしてグレーヒェン家は、豪族の子孫――家名が当時と違うものもあるが――であり、皇帝より叙勲されたことで正式な騎士の地位を得ることになる。

 貴族が騎士となる妥当な理由として、家畜を多数保有していることが挙げられる。豪族が領地を拡大していくほど遠隔地の管理が難しくなるなかで、手持ちの家畜を効率的に増産し、有効利用できた豪族は生存競争を生き抜くことができた。まず、領地のなかの謀判や反乱を抑えるためには、機動力と戦力、伝達力が一体となった組織が必要不可欠であり、人は足の速い家畜に騎乗することで内憂を鎮圧した。その戦力は強大であったために、容易に外征に利用され、家畜を有効的に利用できなかった他の民族の土地を略奪した。最後に、豪族同士の隣接によって外征に利益が生まれなくなったときは、豪族を内政に目を向けさせるきっかけとなり、農地の生産性を向上させ、領民の状態を改善させるために家畜が用いられた。

 これ以上の収奪が難しい以上、内政へと転換した豪族が外征嫌いになるのは時間の問題であり、そのうちに外征は一部の好戦的な貴族が他領地の貴族をけん制するための手段と化していった。略奪によって成り上がった貴族は、豪族が内政に傾倒していく課程で領地を守る存在へと姿を変えていくことになる。豪族が領地を維持するためには、国境線沿いに位置する貴族への支援は必要不可欠である。豪族は貴族への金銭、資材、家畜の貸与を行うことで貴族の所領を安定させ、外敵への備えを整えさせた。貴族は潤沢な家畜を得ることができ、豪族のための戦力として騎兵団が誕生する基礎となった。領民としては、外敵を撃退して領地の安泰に尽力する騎兵、つまり貴族はかけがえのない存在であったため、敬われる存在としての騎士像が形成され、人々の文化に定着していった。

 ところで、騎士という言葉の語源はどのようなものであるかを確認すると、スカイバード信仰に関する宗教用語として用いられていることがわかる。『ダルト語大辞書』では、騎士の項目は次のように記載されている。

 

きし【騎士】キ─シ

名詞

一、動物に騎乗する戦士

二、領主により叙勲され、権力者に仕える戦士階級

三、パルエ歴三八〇年代に、クランダルト帝国皇帝によって一部領主に与えられた称号

四、神話における神聖騎士。宗教神話で飛行生物に跨乗(こじょう)する神の使い

 

 領主である豪族に叙勲された貴族騎士と、皇帝によって叙勲された豪族騎士とで、異なる意味として記載されていることに注目されたい。後述することにもなるが、戦士階級に属する貴族と、それを統括している豪族とでは騎士への任ぜられ方が異なっている。まず貴族が先に騎士という地位を得た。次いで、皇帝によって正式にその地方の領主として認められた豪族が、騎士という名誉ある地位を下賜されたという流れが存在する。ただし、別々に規定された騎士の呼び名は、宗教を基盤としていたため、同じ意味に収束している。ここで記載されている神聖騎士というものが、宗教用語としての「騎士」であり、騎士の語源となっているためである。『民族宗教事典』では、神聖騎士に関しての詳細な記述が見受けられる。

 

神聖騎士【シンセイ─キシ】

 

スカイバード信仰地域において、スカイバードに跨乗するものを指す。神話上では、スカイバードに跨乗するものは神の使いであり、領地を見守り、信賞必罰をもたらす公正な存在であるとされる。[中略]当初は「騎士」ではない様々な呼び名が存在したが、バセン公国が飛行生物を戦略資源として用い始めた時期に「騎士」呼びが定着した。これを境として、陸上動物に騎乗して戦闘を行うものを神聖視する時代背景が重なり、動物へ跨乗する兵士そのものが騎士と呼ばれるようになる。

 

 騎士という呼称はただ単に騎兵へ向けられた敬意というだけではない。宗教上の神聖な存在に関係する宗教用語だったことを鑑みれば、騎士は「騎士」、つまり神聖騎士の流れをくむ存在として、特別な意味を込めて呼ばれていたことは明らかである。騎士の名乗りをすることは、自身が神聖騎士であることを強調し、神話上の神の使いであることを指し示すことでもある。そのため、戦闘においても騎士は「騎士」であるがゆえに、神の威光を背に外征行為を正当化することができた。また、神の使いである「騎士」の名は領地の内政をまとめるために多用され、内政に成功した豪族とその貴族は、神の使いの子孫として強大な権力を維持したまま、インダスラトリーゼ体制によってクランダルト帝国そのものの戦力として取り込まれていった。

 

第三節 「騎士」の具現化

 

 各地の豪族がクランダルト帝国皇帝を中心とするインダスラトリーゼ体制に迎合した理由は、帝都インダスラトリーゼ自体が、豪族のために用意されたある種の生産設備であったからだ。なにを生産する場所だったかといえば、帝都の都市鉱山の様相をみれば、金属製の兵器であることは明らかだろう。皇帝は各地豪族に武具を供給するために、都市を一大工場に仕立て上げることで、手綱を握りきれなかった遠方の豪族を懐柔しようと画策していたのである。裏を返せば、豪族がそれで懐柔されなかった場合は、その生産設備で地方豪族を撃ち滅ぼすという示威行動も含まれており、実質的に豪族は半強制的に帝国の一員として迎え入れられた。

 ここで注目すべきは、一連の流れにおいて皇帝が豪族を騎士として叙勲した意味についてである。380年代のクランダルト帝国はスカイバード信仰からの決定的な離脱を示す予備期間にあたる時期であり、スカイバードへの信仰心が薄れていく時期でもある。そこで騎士という称号をあえて叙勲する意味はどのようなものであるだろうか。「歴史」では、三八〇年までに発生したクランダルト帝国の変化について次のように述べている。

 

[クランダルト帝国は]宗教面に関しては原始的なスカイバード信仰を保持していましたが、三三三年の記録的大冷夏によって弱ったスカイバードを捕獲するや否や、大主教主導のもとに秘密裏に生体研究を開始。

天空の神として畏怖された対象を解剖し、その力を手に入れようとしたタブー破りが今後の帝国を決定づけます。

結果としてその五〇年後[三八〇年代]にはかつての信仰対象であったスカイバードを乗りこなす空中騎兵が登場することになり、南半球の諸国家統合に成功。(一)

 

 豪族が各地で戦乱を繰り広げている間に、クランダルト帝国の中枢では宗教についての歴史的な大事件が起きていた。スカイバードを捕獲したことについて、皇室はスカイバードの解剖を支持する立場をとり、科学者は生体研究を行う研究機関としての地位を確立した。これが後に誕生する研究機関テクノクラートの前身であり、皇帝による直接の推薦――諸説あり、推薦したのは当時の大主教であるとの資料も存在する――によって、帝都インダスラトリーゼとなる予定地に最初期から進出し、帝国の生体科学における中核を担う存在となった。

 三八〇年までのスカイバード研究における最終的な目的は、バセン公国を強く意識したものであり、バセン公国が持つ神聖騎士を帝国でも誕生させることにあった。バセン公国が当時の列強に名を連ねていた理由は、強大な戦力と、それを維持する強大な大義名分を持っているからであり、大義名分を維持しているのは神聖騎士、ひいてはスカイバード信仰に裏打ちされた空中騎兵の存在であると確信していた。帝国の皇室もスカイバード信仰を維持していた以上、「騎士」の子孫であるとの大義名分は存在していたが、バセン公国のように実際に飛行する生物を乗りこなす騎兵というものは皆無だった。このため、クランダルト帝国の急務としては、帝国にも空中騎兵団を創設することにあった。

 生体研究が大詰めを迎えた三八〇年、皇室は豪族を迎合させ、なおかつ統括して戦力とする案を実行に移した。クランダルト帝国は創設された空中騎兵団を用い、各地に圧力をかけ始めた。まず、クランダルト帝国への恭順を示さず、加えて蒸気機関という異端の技術を使いこなすオット国が標的となり、クランダルト帝国軍本隊によるオット国への侵略が行われた。公式な戦闘記録では、この際に空中騎兵団の最初の交戦が行われたとなっている。バセン公国は帝国のオット国への侵略にたいしての否定的な見解を表明したのち、スカイバードへの虐待をおこなっているとしてクランダルト帝国に宣戦布告した。しかし、クランダルト帝国軍本隊と、示し合わせたように侵攻を開始した各豪族によってバセン公国は山岳部以外の領土を喪失し、滅亡にも等しい併合を余儀なくされた。

 この戦闘の数年前から、皇帝は豪族に向けて使者を出しており、豪族による共同戦線に向けての同意を取り付けることに成功していた。それは、もちろん発足したての空中騎兵団を背景にした威圧外交も含まれていたが、豪族の関心事は別にあった。皇帝による「騎士」への叙勲について、皇帝側の当初の想定以上に豪族側が興味を示したのである。

 クランダルト帝国は、バセン公国のヘイテ騎兵などとは違い、本物のスカイバードを用いての、本当の空中騎兵を誕生させていた。それは、スカイバード信仰における神話上の「騎士」そのものである。神話と同じ情景を見せつけられ、「騎士」と同じ境遇を約束された豪族やその貴族は、クランダルト帝国に従うことで、言い伝えや伝承などというあいまいなものではなく、本当に神聖なものになることができるのだと歓喜した。「ファースト・フライト」では、神話と空への欲求について、次のように解説している。

 

スカイバードを畏怖するパルエ人にとって空を飛ぶことはすなわち神のなせる技でした。

当時の壁画や物語にも有翼人や空飛ぶ魔法の乗り物が散見されています。空をとぶことは同時に強いあこがれでもあったのです。[中略]

もともと人に懐かないスカイバードの上に騎乗する術を獲得したのは以外にもクランダルト帝国だけでした。

彼らはスカイバードを部分的に酩酊させる特殊な香を使用して騎乗を可能にしていました。

最初は試験的試みであったスカイバード属の騎乗も、比較的温和で扱い易い種が発見され、その畜産が可能となると騎乗は急速に広まっていったのです。(二)

 

 スカイバード信仰と、神聖騎士という概念がいまだ深く残っていた三八〇年代において、人が神話に肩を並べるという驚異は、どのような犠牲を払ってでも得たいものだった。実利の面を考慮しても、実際に神のような存在としてふるまえるとすれば、それだけでも周辺地域を平伏させることができるため、どの豪族もクランダルト帝国に迎合する流れが生まれた。それにたいして皇帝が豪族に要求した事柄は、豪族同士の戦闘行為を停止することと、テクノクラートが位置するインダスラトリーゼを発展させるために、朝貢の強化を受け入れるという譲歩的なものであり、各地の豪族は大挙して帝国の傘下に完全に収まることとなった。

 インダスラトリーゼへの投資の集中は工業地帯化を促進し、圧倒的な資金がテクノクラートの成長を促進させた。皇帝の意識はテクノクラート、ひいては将来的な帝都の更なる発展に向けられ、スカイバードをはじめとした生体研究を促進することで、「騎士」となった豪族に武装を供与することができた。もちろん、スカイバード騎兵がクランダルト帝国広域に配置されるようになったのもこの時期からであり、人々は帝都について、金属製武装の供給源であるとともに、「騎士」を生産することができる神聖な場所であるという認識を持つようになった。

 騎士の概念が「騎士」のそれに合流したことで、『帝国の防人』で言及されるように「貴族が領民を守るという目的は、肥大化したクランダルト帝国の領民それそのものを守る崇高な行為へと意味を拡大し、最終的に帝国そのものへの忠誠心に置換され」たのである。

 

第四節 家畜としてのスカイバードと神話の残滓

 

 三八〇年以降の帝国において、スカイバードは神としての威厳を失うとこになる。それは、帝国がスカイバードを科学的な解剖にかけ、大々的に技術力を公表したからに他ならない。人の意識からスカイバードへの不可触性がなくなり、誰もがスカイバードを近い存在であると認識できるようになったために認知性が拡大した。そして、スカイバードへの狩猟が解禁されたことで人は神を追い、狩る存在となった。テクノクラートの生体研究によってスカイバード種の一部養殖が可能になったこともあり、スカイバードは空を飛ぶだけの動物であるとの再定義を免れず、他の動物と同様に家畜化されていった。家畜化を推進しながらもスカイバード信仰が根強いバセン公国との違いが生まれたのも、膨張したテクノクラートによる急進的な生体研究によって近代化が促進された結果、新しい倫理観によって旧来の倫理観が完全に解体されたためだ。動物や生体の形状を一つの魂として考えていたバセン公国は、形を崩すことが魂を崩してしまうことであるとして禁忌であったため、その思想が動物信仰、ひいてはスカイバード信仰を維持する要因となっていた。そのため、戦争に敗れてもスカイバードへの強い信仰心は維持された。

 スカイバードが人によって従えられる立場になったことで、人々は家畜を神と認めるより、空の神であるスカイバードを従えた皇帝を新しい神として迎え入れるように、認識が変化するのに時間はかからなかった。皇帝側としても、大陸南部において仮想敵をすべて排除した結果、クランダルト帝国の版図の急拡大による監視体制の再構築は急務だった。監視の届かない辺境地が離反することを防ぐためにも、中央集権体制を強化することで皇室への権力の一本化を推し進めた。そして、スカイバード信仰による王権神授説から、皇帝自身が神の化身であるという認識を強化するように促し、皇帝を中心とする神権政治体制に移行したのである。最終的に、五〇〇年代に差し掛かるとスカイバードを用いた航空艦の大量生産が行われたことで――乱獲によるスカイバードの個体数減少の問題が持ち上がったにせよ――人の日常生活に溶け込む存在として道具化してしまい、スカイバード信仰というものが完全に消失してしまった。

 国策による積極的なスカイバードの家畜化と、その結果として生まれた生体科学によるスカイバードの道具化は速やかに信仰を破壊した。しかし、この時点では「騎士」概念そのものが消滅することはなかった。豪族や貴族のなかで、神へのあこがれによって騎士の地位を得たものは、皇室がスカイバードを否定しようとも、その地位がスカイバードと密接に関係していることを把握していた。また、皇族に迎合しても物理的な距離が離れていた地域によっては、帝都の啓蒙活動に直接触れる機会が少なかったこともあり、熱心なスカイバード信仰を維持する地域も存在していた。グレーヒェン家などはその典型例であり、三八〇年時点で体制に迎合した豪族出身者のなかでも、帝都とは離れた地域で活動していたために、スカイバード信仰が完全に消え去ることはなかった。

 神話を自らの意思で崩壊させたクランダルト帝国においても、神秘によって新たな神話が生まれることもあった。クランダルト帝国の軍人には、航空艦と化したスカイバードとの交信をおこなえる人物が多数在籍しており、四〇〇年代中期までは操艦技術とスカイバードとの交信についての研究文献に、交信をおこなえる軍人の名簿を列挙した人名辞典が含まれているほどである。五〇〇年代には風紀の壊乱行為、さらには皇室への反逆行為として記録は停止してしまうが、それまではグレーヒェン家をはじめとした貴族の家系の名前を見ることができる。スカイバードと交信できるものの多くが操艦について非常に卓越した技術を持つ人物であることは、試験記録からも明らかとなっており、帝国でも戦力として重要視されていた。これは『「彼女」との旅』にも記載されており、航空艦と乗員の関係を端的に表現している。

 

 私が船を操っているわけではないのだと、この頃になると気づくようになった。いつも私の隣に「彼女」がいて、私がなにを望んでいるのかをわかってくれる。いや、もしかしたら私が「彼女」のしたいことをわかっていて、その通りにしているのかもしれない。

 ただただ、主従という言葉から永遠に離れ去った二人の信頼関係だけが風のなかに横たわっているようだった。私以外の――「彼女」を感じられない――乗員船が操るとき、私は「彼女」の不機嫌さを感じ取れたし、私は自分の女が誰かに寝取られたような怒りと鬱屈に似た感情に陥り、もはや「彼女」とどこか船のなかで結びついているのだと確信を得るまでになっていた。

 私は遠い昔、祖父から聞いたおとぎ話の騎士を思い出していた。祖父のもごもごとした口から呪文のように発せられる神代の時代の雑多な話は、私と「彼女」の関係と似通っていた。

 

 ここで言及されているおとぎ話の騎士というのは、まさに神聖騎士の神話のことを指す。本文が執筆された時期は四八〇年代のことであり、スカイバードが持つ人格を「彼女」と言い換える表現も、帝国でのスカイバード信仰が否定されたため発生した表現方法である。

 スカイバードの威厳が失墜した後も、貴族の持つ伝承――おとぎ話や、両親の経験談――を糧として「騎士」の話は受け継がれてきた。そして、その伝承に触れたものが騎士となったとき、神秘に触れることで受け継がれた神話を振り返り、騎士が「騎士」であったことを再確認することで、神話がそこにあったことを次の世代に伝える循環が発生した。

 

第五節 神話の喪失と「騎士」時代の終わり

 

 クランダルト帝国が北半球国家との戦時体制に突入してからは、ヒグラート渓谷での戦闘を境として戦線は長期的な膠着状態に陥った。外征による収奪がなければ、騎士として迎え入れた豪族が謀判を企てる可能性が高まり、戦時中のクランダルト帝国崩壊という最悪の事態に発展しつつあった。これは、長年の神権政治によって、当時の豪族が「騎士」の地位を与えられたのかがわからなくなってしまったためである。政策の転換により、帝国の騎士が「騎士」としてクランダルト帝国の旗のもとに集結したことを抹消しようとした結果、外征という利益を使って豪族をまとめる以外の方法を喪失していた。スカイバードは軍人にとって「生活必需品のように当然そこにあるべき」な道具の一つでしかなかった。統計学と分析学の発達がスカイバードの感情を数値化したこともあって、スカイバードと交信せずとも容易に艦を操ることができるようになっていた。器官士が正式に機関士と名前を変えたのも六〇〇年代初頭からであり、スカイバードや、それに類する生体技術が着々と工業化されていた時期と重なっている。『道具となった家畜』で言及されるように「六世紀から七世紀にかけて、人々は徐々に、それ[生体製の製品]が家畜だったと認識しなくなっていった。あたかも大陸北部の民族が生み出す秀逸な機械製品を見るかのような視線を肉の塊に向け」ていたことからも、スカイバードも含めて、生体工学が生み出す製品を、誰も家畜だと認識することができなかったのは明らかである。

 スカイバードとの交信ができるものが減ることで「騎士」を伝承する循環が円滑に行われなくなったことは事実であるが、伝承者の自然減少が直接的な原因となって「騎士」伝承が失われたわけではない。要因として挙げられるのは、標準教育の実践と教育の均質化によるものである。

 戦時中に行われる工業製品の均質化は生産効率を上昇させる一環として機能する。道具を扱う人間にもそれは適用でき、標準教育を受けさせることで、軍人を増産する試みが施行されていた。結果として、騎士階級に所属するものが少数派となり、平民や移民を中心とした集団が多数派を占めるようになった。神権政治下の純粋な教育を受け、軍人となるための標準教育を受けた彼らは、当然ながら教養としての「騎士」の伝承を持っているはずがなかった。平民の大量流入で伝承が希釈された環境において、騎士の語源や、「騎士」がどのようなものであったかということを伝承することは非常に難しくなってしまったのだ。平民が軍人となる過程で、特に空軍に所属する場合は騎士章を授与される。しかし、その騎士章に描かれる騎士の理念は理解できても、「騎士」を理解するものはいなかった。

 伝承の循環に致命的な破滅をもたらしたのは、六二一年一五月三〇日に決行された皇位継承闘争――通称「ラツェルローゼの大掃除」――である。武闘派と和平派に分かれて政治闘争をおこなっていた派閥争いが、フリッグ皇女の皇位継承権を認めさせるための武力闘争に拡大した事件である。皇女派であり和平派である帝国近衛騎士団長クランダル・ブルガロードヌイ=ラツェルローゼが闘争の先陣となり、武闘派を一掃し、武闘派に関与して行われていた腐敗政治の根幹を切り崩したことによって、大量の粛清者と追放者を生み出した。

 なお、皇帝フリッグの時世から首都がノイレラントに遷都されたことは、「騎士」時代の終わりを明確にする出来事である。戦争の早期終結を目的とした軍縮の傾向によって、インダスラトリーゼは豪族へ武装を絶え間なく供給するという役割を終えつつあった。また、テクノクラートの解体と、それに連なる貴族の粛清、「騎士」意識の喪失によって、インダスラトリーゼは当初からの存在する目的――「騎士」を生み、テクノクラートを発展させ、武装を生み出す――を失ってしまったからだ。

 うずたかく積み上げられた金属ごみの人口密集地と化した帝都は、急激な軍縮によって失業者が増加し、一時的な治安の悪化に晒された。そのなかで起きた皇帝フリッグ暗殺未遂事件は、帝都インダスラトリーゼ自体が現状に合わない都市となってしまったことを悟らせるに十分だった。帝都機能の喪失と皇帝襲撃の因果関係が疑われるなか、皇帝の保身も考慮に入れ、ノイレラントへの皇室の遷都が実行に移された。主要機能を喪失したインダスラトリーゼは七世紀までに産業廃棄物問題を解決するのだが、クランダルト帝国が豪族へ武装供与という形で示した上下関係の終焉を象徴するものであり、オービッタ・パレア時代における第三国の乱立を加速させることにもつながった。

 しかし、歴史を振り返れば、ラツェルローゼがフリッグ皇女を皇帝の地位に据えたことで早期に混乱は解消され、速やかに停戦に向けた戦時体制を維持することができ、アーキル連邦をはじめとした大陸北部の国々と休戦協定を有利に進めることに成功したことは、僥倖であったといえる。その他にも、クランダルト帝国はグレーヒェン家を後援者の地位に据えたことで、離反者が六王湖へ逃亡するという悪い流れを、ヨダ管区で封じ込めることに成功し、豪族の離反を最小限に抑えることに成功していた。その後は帝国の飛び地としてガリアグル、オージア、バセン三国の緩衝地帯として重要な要害となりえたことで、クランダルト帝国は内政に注力することができたといっても過言ではないだろう。

 旧貴族の追放と離散は、神話体系の維持できる規模を大きく下回る結果をもたらした。伝承者がいなくなったことと、その穴を埋めるための、神話との関係を持たずに騎士となった平民出身の軍人の急激な登用が重なり、六二二年には、「騎士」神話は完全に意味を喪失した。現在では、軍属によく見受けられる称号として、単なる名誉としての、誰が呼び始めたのかさえ定かではない、騎士の格調高い呼び名だけが残るのみとなった。

 

結論

 

 本論では、スカイバードを中心とした宗教観から生まれた騎士の「騎士」性を中心に、その変遷と衰退を論じた。

 第一節では、表半球における原始宗教について考察をおこなった。人が神を認定する定義を一定の基準に当てはめることで、スカイバードが宗教における神聖な存在として認知される過程を述べた。さらに、大陸南部における原始宗教においても、大部分がスカイバード信仰をおこなっていたことを明らかにした。

 第二節では、貴族と豪族の成立の過程を論じた。外征と内政による富の偏重が貴族と豪族を発生させることとなった。また、家畜へ騎乗する騎士の呼び名と、スカイバード信仰からくる「騎士」像が合わさり、貴族を身分の高い役職としたことを明らかにした。加えて、クランダルト帝国皇帝が豪族を「騎士」へ叙勲したことで、騎士が宗教的な意味を帯びていたことを明らかにした。

 第三節では、クランダルト帝国によるスカイバードの解剖と、現実に「騎士」が誕生したことについて論じ、騎士を前面に押し出した外征によって大陸南部を併合した点に着目した。さらに、テクノクラートを基幹に工業分野を強化した結果、帝都インダスラトリーゼが「騎士」を生産する場所であることを強く意識させていたことを解明した。

 第四節では、政治体系の変化によるスカイバード信仰の衰退について論じた。航空艦の基礎建材として道具化されたスカイバードが、神としての一定の基準を下回ったことを挙げた。ただし、貴族の継承するスカイバード信仰の残滓が、スカイバードとの交信という神秘的な体験を生み出していたことを明らかにした。

 第五節では、スカイバード信仰の継承が途切れる過程について論じた。生体技術の工業化がスカイバードとの交信の必要性を薄れさせるとともに、標準教育によって育成された、貴族以外の軍人の登用により、スカイバード信仰が損なわれた。最終的に、六二一年の皇位継承闘争が帝都の機能を喪失させた結果、スカイバード信仰とともに「騎士」の意味が完全に失われ、騎士という言葉だけが軍人の称号として残留する結果となった。

 結論として、大陸南部のスカイバード信仰は古くから存在しており、「騎士」という言葉とともに発展してきた。クランダルト帝国においてもそれは例外ではなく、「騎士」が人々を引き付けてきた。しかし、スカイバードが身近な存在となることで神聖さを喪失し、「騎士」はスカイバード信仰とともに失われたと結論付ける。

 

注記

(一)「クランダルト帝国 - ラスティフロント@Wiki - アットウィキ」、https://www59.atwiki.jp/flightglide/pages/23.html (二〇一九年四月二五日閲覧)。

(二)「黎明航空機の進歩 - ラスティフロント@Wiki - アットウィキ」、https://www59.atwiki.jp/flightglide/pages/115.html (二〇一九年四月二五日閲覧)。

最終更新:2019年05月01日 22:56