The Alarm War

675年 13月2日 統一パンノニア空軍南西方面隊 ホブリス基地

『第二の雲天事件か!? 統一空軍、帝国新型機に追従できず!』
【統一空軍14月24日発表】地中海側から帝国機が領空侵犯し、緊急発進した統一空軍機が警告。
帝国機は新型であり、領空侵犯を15分継続した後アーキル連邦領基地へ戻った。

北部工業地帯を巡る空中紛争は新たな局面を迎えた。本誌は多くのマニアや野次馬によって撮影された活動写真から、新型の帝国機はスプリガと呼ばれる超音速機であると突き止めた。統一空軍のマズルカ戦闘機はこの機体にまったく追従できず、関係筋からは不安の声が上がっているとのこと──

 


その当直待機室で操縦手──シズモン二等翼騎士はある記事を面白くなさそうに凝視していた。

「機長も見ました? この記事」

「遂に最新鋭帝国機──スプリガが北部工業地帯に出現したって話だろ? あー、俺もやりあってみてぇなぁ」

「巡航速度が音速を超えるとかいう化物戦闘機ですよ。どうしたものでしょうね」

シズモンとペアを組む後席士官──ソルダム三等翼騎士は後半の発言をさらりと流し、二人で暇つぶしに検討会を行う。手をクルカにして空戦機動を再現し、ああだこうだと言い合うのだ。

「ここで誘いに乗るとおしまいだ」「じゃあ旋回して仕切り直しますか」

……ちなみにマザルカドライバーの中には、旧世代機の騎手の前では手をクルカにしながら中指を下にし、手の付け根を前にして(ちょうど親指と小指が後退角を再現し、中指が特徴的な下向き垂直尾翼を再現する。当人曰くマザルカポーズ)さり気なく最新鋭機アピールする嫌なヤツも一定数いる。
──なお、この機長は間違いなくこの一定数に含まれる人種である。当然ながらこの基地のストレガドライバー達には嫌われており、無理な姿勢で腕を痛めさせてやれ! と、彼らがあえて小一時間ガン見していた事件は記憶に新しい。


「そもそもこんないい時代に生まれたのに、南部の辺境でスクランブル待機ほど虚しいものはないぜ?」

「北部工業地帯はアーキルの遅滞交渉からのスクランブルの応報で、模擬空中戦が多発してるってのは有名ですが……行きたいんですか」


パンノニア統一紛争から随分と立つが、正統アーキルは奇襲占領した北部工業地帯について何かと理由をつけ返還を渋っていた。
面白くないパンノニア統一政府は空軍機をその上空に飛ばし、それに対抗して正統アーキルも空軍機を領空侵犯させる。そんな政治的行為がきっかけで、正統アーキルと急速に仲を深めたクランダルト帝国も加勢してのスクランブル機同士の妨害行動が毎日のように発生するようになり──

気がつけば、毎日のように”実弾を用いない”空中戦が行われる空域となってしまった。
実弾を使わない理由? それはもちろん双方とも、軍としてはお互い戦争はまっぴらごめんなのである。


「あったりまえだろ! 非公式だが……条件を満たせばスクランブルで一発も打たなくても、撃墜数にカウントしてくれるって話だぞ。あそこは」

……さて。それは別としてマニュアル主義のアーキルは月間の撃退数ノルマがあり。ナショナリズムに燃えるパンノニアには負けん気があった。
そこで双方とも北部工業地帯での撃退数を宣伝するようになり、撃退に繋がる行為──長時間の後方占領、一定時間のレーダー照射、ペイント弾の命中などを撃墜数と同等に扱うことにした。こうして生まれたのが実弾を撃ったこともないエースパイロット達である。

一方で地上では。
毎日のように空中戦が見れる上に爆撃を受けることもない!
各国の航空ファンはこれを見逃さず、周辺自治体は観光資源として活用し、さながらエアレース会場のような雰囲気となっているとか──呑気なものである。


──再び、待機室。

「去年の年度末な。お互い予算不足なのかキストラで領空侵犯してきて、それにフォイレが空中戦挑んだんだと」

「まさか戦闘機が襲撃挺に負けるとは思いませんでしたね。色んな意味で衝撃的なニュースでした」

「速度性能ではフォイレのほうが速いはずだが、キストラのほうが勝ったんだぞ? 俺が言いたいのは、やりようによっては勝てるってことさ」

最新鋭機を撃退した初の操縦手、いいと思わないか? と同意を求めてくるが、どちらかというと事なかれ主義の後席士官にはあまり魅力的な提案ではない。
腕は確かなんですがねえ、功名心が高すぎるのが玉に瑕だなぁと後席士官は内心こぼしつつ、話を逸らそうとした。

──余談ながらキストラ、とはクランダルト帝国の開発した近代型襲撃挺である。
同時期の最新鋭機、グランツェルで培われた可動式生体器官。角型で防弾性と良好な視界をもつ直列二座の操縦席。ガンナーの頭部の動きを追従する赤外線装置と対戦車機関砲。そして何より──地上目標を掃討する”だけ”であった旧来の襲撃挺と異なり、この機体は完全武装の兵員を分隊規模で輸送できるという画期的な設計を用いていた。これにより揚陸艇を投入できない鉄火場のど真ん中へ要所を確保するための歩兵部隊を送り届け、それを援護し続けることが可能となったのだ。

フォイレ? 南北戦争初期の旧自由パンノニア空軍が開発した戦闘機である。
物持ちが良すぎてまだ残っている機体がある。以上。

 

「スクランブルならウチも結構あるじゃないですか」

「ああそうだな、六王湖の生体船からの”生体器官がグズったから曳航してほしい”ってのが大半だが!!」

ウチは航路管理局じゃねえっての、とぼやく。

二人の乗機──マザルカシリーズは生体器官を搭載したことで超低速域での繊細な操作が保証されている上に、ガモフ譲りの大馬力エンジンを積んでいるので短時間であればダグボートのマネごとができてしまう。
もちろんできる、と言っても応急処置的なものであり、それを行うのは故障船が運悪く”南東行き”の気流に乗りつつある等の緊急事態に限るのだが……

「ここはノスギア山脈の麓、物流の大動脈ですから。牽引は繊細さが要求されますし、南西配属の二翼騎士殿は腕を見込まれてるんですよ」

「だからってなぁ……」

PIPIPIPIPIP
──―不意に電子音が待機室に響いた。二人は会話をピタリと止め、その発信源である専用の電話端末へ目を向ける。

「こちらホブリス空軍基地……はい、了解。シルフィ01、シルフィ02緊急発進!」

視線の先で当直の電話番がボタンを押し警報を鳴らした瞬間、二人は新聞を投げ捨てて待機室横の駐機場へ向かう。

タラップを大急ぎで登りきり、操縦席へ搭乗。同じく待機室から飛び出してきた整備員の助けを得ながらテキパキと体を固定していく。
ちなみに操縦席は、機体がやや前方に傾けられた駐機姿勢の関係上この段階ではほぼ垂直である。
──―しかし、定常飛行時にはその背もたれにつけられた後方への傾斜角がはっきりと分かる。これは強力な加速度から乗員を守るための仕組みであり、具体的には飛行挙動に対する血流の移動を緩和するものであった。
逆説的に、そのような工夫が必要とされるほどこの機体は機敏性を持つということであり、実のところこれ以上の機敏性を得ようとするのであれば、機体ではなく”操縦者”を改良すべきだろう──―

整備員は一分以内に準備を整えてくれた。
機体の各部から抜かれたセーフティピンを手に持ち、それをパイロットが見えるように示す。

整備士2名がすべての指にピンを持っていることを確認したら、速やかにジェットエンジンと生体器官を始動させる。これがガモフやシュガールであったなら、圧搾空気をつんだ補助車両やら幽宙翅を持ってくる必要があるが、この機体はどちらも内蔵している。
──統一紛争でのアーキル連邦による奇襲占領は、軍に大きなトラウマを残し。滑走路や補助車両が破壊されても戦闘機を絶対に飛ばせるということは、マザルカシリーズの要求事項の一つであったためだ。

「補助動力装置、燃料弁開放。燃料ポンプ起動。……補助動力装置作動。排気温度800、正常。続いてジェットエンジン。機関翼(タービンブレード)停止装置解除、燃料弁開放、燃料ポンプ起動、調速機作動、エンジン始動。回転数1000……2000……2500、安定!」
「内蔵幽宙翅、神経パルス送信……覚醒。循環器作動。栄養液、外部供給から内部循環へ。交感神経から副交感神経へ切り替え。心拍数30……50……100……150、指定値到達!」

始動を終えた二人は両手を挙げ、二人がどちらも兵装の発射スイッチに触れていないことを確認した整備員は最後のピン──誘導弾と機関砲のセーフティピンを抜いた。

「シルフィ01、離陸準備完了。場外離陸を要請する」

「こちら管制。シルフィ01、場外離陸を許可する」

管制からの許可が出た。スロットルをアイドリング位置に保ちながら、その上に実装された各種スイッチと昔ながらの操縦桿に触れる。
──最新型の改修機はこの操縦桿を”感圧式”なるもの──どんなに動かしても髪の毛程度しか動かないが、従来型のそれを最大限に動かしたのと同等の信号を送るらしい──へと変えたようだが、シズモンはこの昔ながらのグリグリと動く操縦桿が好きだった。勿論、理屈では新型のほうが披露も少ないし、いい事ずくめなことがわかっているのだが……

そのようなことを考えている最中でも、脳の別部分は冷静に離陸手順を遂行していた。背部、腹部、尾部の3つの生体器官を同調させ、アイドリング中のジェットエンジンが生み出す推力を打ち消しながら垂直に上昇する。


「続いてシルフィ02、場外離陸を許可」

シルフィ01が順調に離陸をしている最中、滑走路の反対側でもシルフィ02が離陸を始める。

……だが。異常が起きた。

「──シルフィ02、生体器官の同調に不具合……」

「――――!?」

シルフィ02は浮かび上がった途端に姿勢を崩し、操縦手は直ちに機をやや手荒に地表へと戻した。地表に接触した降着装置がその衝撃吸収機構を最大限に発揮してもなお、機体はまだ上下に揺れている。

「……シルフィ02、発進停止。03組を待つ余裕はない。シルフィ01、すまないが単機で行ってもらうぞ」

「──了解。……機体不調か、これで何度目だ?」

「今月はもう二度目ですね。最近、帝国製の生体部品のストックが尽きてきたっていう噂ですよ」

愚痴りながら巡航姿勢への移行を行う。下を見ると、ようやく振動が収まった02へタラップを持った整備員達が駆け寄り始めていた。
操縦席からは風防がせり上がり、二人組が面倒そうに固定具を外している。あの調子だと、怪我は心配しなくても良さそうだ。

本来なら規則違反な単機によるスクランブルだが、故障の慢性化、スクランブルの原因が多数の人命に関わることが多いという特異な事情により──この地域では有名無実化していた。

地表から十分に高度を取ったところで生体器官のベクトルを少しずつ前方に移していくと、押さえつけられていたジェットエンジンの推力が開放。機体を爆発的に加速していった。

「こちら管制、シルフィ01の離陸を確認した。……方位250へ向かえ。微弱ながら救難信号がその方位から届いている。発信源を特定しろ」

「シルフィ01、了解。方位250へ向かい、救難信号の発信源特定を行う」

離陸後は管制からの指示に従い指定空域へ向かう。その道中で二等翼騎士は待機室から飛び出してから、頭の片隅に常にあった疑問について考えを巡らしていた。

珍しいな。いつものなら航路管制から事前連絡が数分前には来るはずだ。

今回は、腹をくくる必要があるかもしれない。

 

 

 


事件発生より0時間02分前 ノスギア山脈

六王湖籍の民間船”ラヴェア号”は道中で最も危険なノスギア山脈を超え、東へ向かっていた。

この航路は六王湖―パンノニアをクランダルト帝国・アーキル連邦の妨害なしに進める戦略的に非常に重要なものであり──今日も軍民問わず、多くの船舶が往来している。

「ノスギア山脈通過。巡航高度到達確認。艦橋予圧値定常。……ふぅー」

急峻なノスギア山脈と、その上空を通る凶暴なジェット気流に挟まれた安全地帯。
その航行可能な箇所は非常に狭い──古来より船舶事故が絶えない危険な場所である。
だが、これを超えるとその先は終着点たるニルギス平原までこれといった危険はなく。

高度が下がったことで艦橋部分の予圧が再開。船員も酸素マスクを脱ぐことを許され、いくらか緊張が解ける。
”もう安心だ。航路の9割はもう終わったようなもので、あとの1割は接舷作業だけだ”というのがこの航路を行く船乗りの定型句だった。

──だが、今日はそうでなかった。

「やれやれ、いつも思うが老いぼれ船に行かせる航路じゃないぞ。これは」

「ですねぇ……ん? 11時方向、同高度。ぼんやりと空気が歪んで見えます」

「確かに妙だな……探照灯を当ててみよう」

空中で不明瞭な物体を認識した船員は、標準的な行為として確認のために探照灯を指向。
だがそれは、最悪の結末への引き金となった──!





警告:大光量
熱光学的迷彩、処置限界
警告:国籍不明機に露見



実行可能なプランを参照



プラン03:対象の破壊を実行
警告:領域外です。遵法AIに問い合わせ中



遵法AI:戦時特別条項21は適応されています(残り時間45:34)



マスターアーム:ON
FCS:対空攻撃モード
自己診断プログラム:レンズ平均消耗値32 許容範囲内
FCS:照射開始



「あっ、今赤い光が。これは、発光信号でしょうか……?」

「赤い光だと? それは」

確かなのか? そう聞こうとした艦長と、艦橋にいた乗組員は一瞬のうちに数十キロワットの赤外線レーザーを照射され──蒸発。

その結果は甲板にいた者たちにもはっきりとわかった。
その中の一人、まだ年若い船員は驚愕に目を見開いたまま、その指導役へと顔を向ける。

「艦橋が!? ドロドロに溶けてます……!」

「ぼさっとするな! 器官出力下げろ、緊急降下、大陸標準周波数で救難信号を出せ! ……ほら、お前の顔のほうが艦橋よりよほどひどいぜ、安心しな。訓練どおりやればいい」

「──っ、了解! 器官出力下げ、緊急降下! 救難信号出せ!」

艦橋が破壊されても船体の大部分と、何より大事な空中艦の浮力源となる生体器官は無傷。
装甲のない民間船だが戦時に設計された船なだけあり、艦橋が破壊されても各部への命令伝達は最低限行える。
神経網からの生体電流信号を受けた生体器官は緩やかに出力を落としたが、それは船員が期待するほどではなかった。

「神経衝撃を作動させる! 交感神経系から手をどけろ!」

「消化系は緊急停止だ、栄養止めろ! 栄養液パイプを全部閉めろ!」

甲板からの伝令が伝わった途端、器官制御室はいたずらクルカが出たかのような大騒ぎになる。
神経衝撃が交感神経系に流され、経済効果の高い交感神経航法から機敏性を得るがすこぶる不経済な副交感神経航行へと移行。

副交感神経航法に移行したことで機能が一時停止する消化系のために、栄養液パイプを船員が急いで閉める。
乗組員の大半が元軍艦乗りであったことも幸いし、標準的な民間船舶としては異例の速度で回避行動は取られた。


──しかし、相手が悪かった。


二回目の照射は船体を二分割した。
もはや船員に可能なことはなく、脳髄をもたない前半分はいびつな浮力バランスによって回転しながら地表に叩きつけられた。
後ろ半分は幸運にも脳髄が存在したため、緩やかに降下できたが……着地の際にバランスを崩し、横転。
豪華な内装は絶好の火種となり、密閉性の高い客室はすぐさま炎に包まれた。

後の救助活動によって確認された生存者は34名。

講話後、最大最悪の空中艦事故である。

 


事件発生から1時間45分 ノスギア山脈


現場に急行、捜索を行い、その残骸を懸架した情報収集ポッド越しに目にした統一空軍機──シルフィ01は即座にその異常性に気付いた。

「発信源はこいつか。何をどうやったら船が真っ二つになるんだ?」

押しつぶされたことで船体の輪郭は少し曖昧になっているが、それでも船体の前部と後部の切断面ははっきりとわかった。──特に、船体の構造を支える骨格は不自然なほどきれいな切断面を保っている。





レーダー:空域に接近する国籍不明機を確認
機首を特定中
警告:国籍不明機、スナパ33型に近似した航法・照準器を搭載



警告:■■■.■■軍用周波数を検知
国籍不明機は作戦への障害と判定
前回プランの再実行
プラン03:対象の破壊を実行



FCS:赤外線レーザーは再充電中
警告:攻撃兵装なし
実行可能なプランを再検索中



プラン05:欺瞞し移動
熱光学的迷彩再起動、雲底と同高度へ移動。
ECM:ECM開始



旧兵器の存在など予想していないシルフィ01は緩降下し、周回飛行に入った。
高度と速度を落としたことで、残骸の様子がよりはっきりと見えてくる。

「客室が……燃えてます」

VIP御用達だったであろう一等客室は大きな窓が窓枠だけになり、そこから火柱が吹き出ていた。
小窓の並ぶ二等客室も等間隔に並んだロウソクのように火が明かりを放っている。

「……俺たちにできることはないな。救助部隊を要請するよう基地に通信しろ」

「了解。こちらシルフィ01、ホブリス管制へ。救難信号の発信源に到着。該船は墜落した模様。救助部隊を要請する」

「繰り返す。こちらシルフィ01、ホブリス管制へ。救難信号の発信源に到着。該船は墜落した模様。救助部隊を要請する……んん?」

「どうした?」

後席士官は3回ほど通話を試した。ところが、無線機はザーザーと鳴るばかりで、とても基地に通じているようには思えなかった。

「ダメです、無線が全く通じません」

「山脈が邪魔なのか……? 今までそんなことはなかったが。高度を上げるぞ」

01は高度を上げつつ交信を試みるが、無線機は相変わらず不通である。

「こちらシルフィ01、ホブリス管制、応答願います! 繰り返す、こちらシルフィ01──」

「まだ通じないのか! 流石にそろそろエンジンが限界だぞ」

すでに生体器官はグズり始めており、エンジンも薄い大気に咳をし始めた。
これで通じないのであれば、一度空域を離脱するしかない。

「いくらなんでもおかしいですよ……シルフィ01よりホブリス管制へ。応答を……」





プラン03:対象の破壊を実行
FCS:赤外線レーザーの再充電、完了



FCS:対空攻撃モード(高速目標)
自己診断プログラム:レンズ平均消耗値32 許容範囲内
FCS:照射開始


──被弾の衝撃はなかった。操縦手2名が被弾に気づいたのは、一刻を置いて機内の警報装置のいくつかがけたたましく音を鳴らしてからのことである。

警報の直後に、遅延するよう改良された痛覚神経が脳髄に信号を伝達。出血にパニックを起こした脳髄が生体器官を一時暴れさせたが、後席士官が鎮痛剤を投与し落ち着かせる。

「どーうどう……なんの警報だ!」

「燃料系統です! ……主翼燃料タンク及び下部生体器官出血、血液、燃料ともに流出中! それと、情報収集ポッドが消滅しました」

運がいいのか悪いのか。旧兵器は生体器官や旧文明時代には用いられないジェットエンジンといった”データベースに登録されていない部品”より、”とりあえず正体のわかっている部品”である情報収集ポッドをいの一番に攻撃しようとした。
そのため、下部の生体器官が半分ほど消失し主翼に穴があいたものの……操縦席や脳髄といった操縦系統の集中した箇所への被害はまったくなかった。

「弁は締めたか!」
「はい、すでに!」
「被弾箇所は見えるか?」
「ダメです、死角になって見えません」

操縦に支障がないことを確認した後、高度を下げ不規則に機体を左右へ降る──教本通りの回避行動だ。
同時に、襲撃犯の位置を推測。

まず、現状。左の主翼の燃料タンクの一つから燃料が流出しており、下部の生体器官が出血している。
信管付きの砲弾や誘導弾であれば破片によりもっと多くの箇所に被害が出ているはずで、一点に集中したこの被弾箇所と矛盾する。
信管が作動せず、砲弾か誘導弾が突き抜けていったという可能性もあるが、それなら被弾時には大きな衝撃を受けるはずだ。
となれば被弾したのは……噂に過ぎないが、正統アーキルが開発を終了したというリコゼイ砲か、それに準ずる光学兵器しかない。

光学兵器であれば被弾箇所から撃たれた方向は右下、もしくは左上。
しかし左上は除外できる。これ以上高い高度となると大気が薄すぎて飛行は現実的ではない。
よって、右下と考える。
絞られた空域に機首を向け、主たる熱源──ジェットエンジンの排気を後ろに隠しながら目視で襲撃犯を探す。

「……! 一時方向、同高度、赤い光!」

「やっぱりか、回避!」

後席士官の報告を聞いたシズモンは機体の姿勢をそのままに、高度を一気に落とす。生体器官の浮遊ベクトルを逆転させたのだ。
主翼が大きく反り上がり、機体についていけなかった翼面上の空気が急減圧されて白い靄が現れる。
揚力機であれば、それは失速状態における現象だが──生体器官を積んだ機体であれば(機体が最悪空中分解することを考慮しなければ)どの速度域でも可能だ。

再び、警報。

「上部生体器官、出血!」

「よし。悪い知らせだが、最悪の結末ではないな」

今度は操縦席からでも見える箇所だ。被弾箇所を確認し……幸いかすり傷程度だ……ながら、浮遊ベクトルを元に戻す。そして先程の光の元に目を凝らし──見つけた。
よく見ると空中の一点で、わずかに空間が歪んでいる。

光学迷彩に光学兵器。もう襲撃犯の答えは出た。

「よりによって旧兵器か……! 増槽捨てるぞ、全速離脱だ」

「了解、増槽投棄。アドレナリン放出、最大値!」

後席士官がコマンドを入力すると主翼上のパイロンから増槽が切り離される。抵抗と重量を捨てた機体は、より機動性と加速性を増して空域から出んとする。
だが、それを許してくれる相手ではない。追撃はすぐにやってきた。




警告:規定回数の照射を行ったが目標無力化ならず
FCS:プライマリを熱風奮進式推進機構に変更
FCS:熱源追跡モード
FCS:誤差修正0.37
FCS:照射開始


 

「今度はどこだ!?」

「尾部生体器官が出血……反応なし! ジェットエンジンは無事ですが、インテークダクトが損傷し吸気量が半減……イジェクトしますか!?」

「ここでか? 冬山での脱出は自殺行為に等しいぞ。……それに、座標がなければ救助部隊がたどり着けない」

ノスギア山脈は入り組んだ地形が救難信号を乱反射し、検出を妨げるため、急行したシルフィ01も捜索にかなりの時間が必要だったのだ。
加えて天候も急変しやすく、つい先程から始まった降雪で船体の残骸は麓の地面と同じ白色に染まりつつある。

──詳細な座標無しで救助部隊が迅速に事故現場へたどり着けるかというと、見込み薄。

なんとしてでも機体と情報を持ち帰らなくてはならない。


「ソルダム、入ったらミサイル1を点火した後に投棄だ。熱源を欺瞞して逃げるぞ」

「了解! ミサイル1、点火……投棄!」

ミサイルが切り離された瞬間に機体を急降下。尾根を地表スレスレで超え、稜線に逃げ込む。
稜線に入った後、上空を赤い光が進んでいくのが見える。──間一髪だった。

「雲に入るぞ、高度計から目を離すなよ!」

そして、険しいノスギア山脈が今この瞬間は味方した。まるで滝のように山脈を滑り降りる雲が機体を隠し、同時に冷気が排気熱を撹乱。

光学的にも、熱的にも隠れた状態であれば発見される可能性は下がるだろう。あとは旧兵器が、発射したミサイル1──囮に満足してくれることを祈るのみだ。

数分間地表付近を低出力で飛行しながら、追撃がないことを確認。

「──振り切ったか。ソルダム、現在地を割り出してくれ」
「了解。北に見えるのがルマ峠でしょ、だから……」

現在地を割り出しながら、燃料計、血圧計を見る。──相当漏れてるな。基地まで持っても、大手術になるだろう。

 

 

 

事件発生から1時間54分 統一パンノニア空軍防空司令部

「国籍不明艦、画像処理完了しました。スクリーンに出します」

スクリーンに出た画像を見て司令部はどよめいた。風景に溶け込み、輪郭が曖昧な船が写っていたからだ。

この画像はシルフィ01の撮影した映像”記憶”を帰還後すぐに別の機体の脳髄へ複写し、それを音速連絡機で首都圏の基地まで空輸。そこから神経伝達網で総司令部へ届けられたものである。
急な運動と複写により若干の異差が出ているだろうが、それでも一世紀にあるかないかの貴重な映像だった。

「これは……メルカヴァ級旧兵器か?」

司令官がかすかに見える輪郭から、識別表をめくって国籍を突き止めようとする。
……最も、光学迷彩なんて使っている時点で十中八九旧兵器であることに間違いはないだろうが。

「いえ、こいつはメルカヴァと比べると小型です。砲門も、蓄電容量も少ない」

もしこれがメルカヴァ級であればシルフィ01は一度目の被弾で塵すら残らず、文字通り”消滅”していたはずだ──と分析官は語った。

「なるほど。それで、目撃例は?」

「ありません……そもそも空中艦タイプの旧兵器は目撃例が極めて少ないのです」

識別表に載っている他国の船は詳細な画像がある一方で、旧兵器は手書きのスケッチのみであるという事実が、情報の無さを物語っている。

──そりゃそうだろうな。目撃したやつの大半は沈むんだから。
そう言いたかったが、すでに沈んだ船があるこの状況ではぐっと飲み込み……

「なるほど。それで、この国籍不明艦は今どこにいるんだ?」

「不明です。現場空域には現在ジストラグルを旗艦とする六王湖艦隊が展開中。国籍不明艦捜索および救助部隊の安全確保に努めています」

「行方不明、か。……とにかく、有翼ダキア連隊を招聘しよう。空軍の仕事の範疇を超えている。君、連絡を頼む」

「は、直ちに」

「それと……国籍不明艦、と呼び続けるのも良くないな。名前をつけたほうがいい」

なにかないか? と室内に呼びかけると、若手の職員がおずおずと手を上げ、神話の一説をそらんじた。

「『貴方はメルカヴァか?』『否、我はペレフ。紛ふもの故に』……」

「ペレフか、ぴったりだな。よし、以後侵入中の旧兵器は識別名:ペレフとする」
「次、シルフィ01はどうなった?」

「機体に損傷を負いましたが、操縦手二名と脳髄は無事。修理は可能とのことです」

「そうか、無事か……操縦手は休ませておこう。後のことは気にせず、体を休めるよう言っておいてくれ」

「了解。シルフィ01とホブリス基地に伝えます」

 


事件発生から2時間13分 統一パンノニア空軍南西方面隊ホブリス空軍基地

「……ペレフだって?」

着陸後、そのまま緊急手術に入った機上で、二人は情報士官から説明を受けていた。

「そうだ。固有名称はペレフ。メルカヴァ級より小型だが、危険性は同じように極めて高い」

「無線が通じなかったのも、もしかしてこいつのせいなのか?」

「その可能性は高い。生きて帰れたのは奇跡的だぞ。……機体の応急修理が終わるまで一日以上はかかる。いまは気にせずに休んでくれ」

司令部から直々だぞ、と情報士官がにこやかに臨時休暇の申請書を手渡してくる。

「……了解」

普段かなり功名心のあふれる発言をしているシズモンだが、今回ばかりは静かにしているようだ。
ソルダムは珍しいこともあるものだ、まあ流石に旧兵器に勝てるとは言わないよなァ、と思ったが……それは大きな勘違いであると後に知る。

 


事件発生から2時間13分 ノスギア山脈上空 ジストラグル級航空巡洋艦

同時刻、ノスギア山脈上空には一つの艦影があった。
前方に集中配置された長砲身艦砲と、その後方部分に設けられた角型の構造物……艦載機格納庫とそれに付随した3枚の飛行甲板。

これこそ、ジストラグル級航空巡洋艦である。単艦で航行しているように見えるが、目視範囲外ではこれまた独自の見た目を持つ随伴艦が警戒にあたっている。

ここがパンノニア側空域であるにもかかわらず、彼ら──六王湖艦隊が出てきたのは、純粋にパンノニア側に現状で取りうる手段がなかったからである。
その手段とは、広域に渡る一元的な捜索、それも電波妨害を受けた状態で行えるものであり──つまるところ多数の艦載機と強力な通信設備をもつ”航空母艦”である。

だが、その能力を最大限に発揮してもなお、新型の旧兵器……ペレフを補足したという報告は入っていなかった。
では、シルフィ01のように無線の通じない艦載機が今孤独に戦っているのか? ──いいや、違う。事前情報にあった電波妨害も一切発生していない。
定時連絡によると、一機たりとも未帰還機は存在していないのだ。

「まったく、どこへ消えやがったんだ……?」

もはや何度目になるだろうか。定時連絡に応じた艦載機に対空見張りを厳となせ、と声をかけ、艦長は空域図との格闘を再開した。

 

 

事件発生から2時間13分 カルタグ郊外 パンノニア大陸航路局南部支所

彼らの業務は統一後倍増していた。平和な時代故に天気予報を一般に公開しなくてはならなくなったからだ。
天気予報の解禁によって自治体は気流津波の襲来前に避難警報を出せるようになり、人々はでかけた際に洗濯物を干しっぱなしにすることもできるようになったのである。
ただ──軍もなかなかにうるさい相手だったが、民間というのもそれに負けず劣らずだった。
彼らは天気予報を元に商業活動を行うため……今となっては予報の大外れは、場合によっては多大な経済損失をもたらすことなる。

そんなわけで大外れを起こさないよう、予報士たちは日夜観測装置からの受信データと睨めっこしている。

──―だが今、その受信データは異変を訴えていた。

「おい、南東部のレーダー・サイトからの受信データが足りないぞ」

「故障ですかぁ。まいったなぁ~どこかの中継点が”グズった”のか? これだから神経網通信は……」

予報士の一人が通信設備管理業務につく作業員へ指示を出そうとしたが、支所長はそれを遮った。

「グズった? ──3つ同時に、か?」

 

 


事件発生から2時間45分 統一パンノニア空軍防空司令部

「有翼ダキア連隊の連隊士官殿をお連れしました」

「ありがとう。まず、現在の状況だが……」

それは、司令官が到着した連隊士官に現状を説明している最中のことだった。

「何!? ……ペレフがカマルダで目撃されました。気象観測班からの報告によると、速力260テルミタル、方位015。これは……まさかカルタグに?」

「カルタグだと!?」

ここまで六王湖艦隊が探していたはずのペレフは、突如カルタグ近郊の小都市、カマルダに設けられた気象観測所へ姿を表した。
旧兵器が旧南パンノニア領域までやってくること自体非常に稀だが、カルタグ……人口密集地を目指すという行為は過去に例がない。

「ペレフ、こちらでも再計算しました。報告と相違なし、カルタグ侵入まであと30メウ!」

「戦略爆撃でもする気か……!?」

「冗談じゃない、スラーグの悲劇なんて目じゃないくらい被害が出るぞ」

「カルタグ高射連隊に迎撃体制を取らせろ。カルタグ近郊の基地に連絡、機体は全部空中待機だ!」

 

 

 

事件発生から3時間11分 カルタグ市内 諸島系海鮮食堂


「番組の途中ですが、統一政府より緊急放送です。テレヴィジョン、ラヂオをお持ちの方はお近くの方に声をかけ、放送をご覧になるようご協力ください」

「只今、カルタグ及びその周辺都市には空襲警報が発令されました。国民の皆様は各地域の避難所、もしくは頑丈な建物の屋内へ退避してください。何があろうと警報が解除されるまで外を見ないでください」

「自家用車は路肩へ鍵を挿したままお止めください。道路上に放置された車両は破壊することがあります……」

統一政府の緊急放送を聞いた集団の行動は、はっきり2つに別れた。1つの集団はぼんやりとテレヴィジョンを見たり、窓の外を見る若者。
2つ目の集団はテーブルの下に逃げ込んだ老人と、浅黒く焼けたワリウネクル諸島連合の漁師である。


「空襲警報? 戦争は20年も前の話だろう」

「今頃になって統一紛争の結果にケチをつけるなんてどこの大馬鹿だ」

「おいあんたら、喋ってないでさっさと窓際から離れろ! 何があっても外を見るんじゃねぇぞ!!」

いきなり大げさに反応する後者の人々を怪訝な目で見た若者は、窓の外から聞こえてきた警ら車のサイレンに気付いた。
──警ら車の後方には、多種多様な軍用車両が列をなしている。興奮気味に窓に駆け寄った彼らは、危機感を一切抱くことなく勝手に実況し始める。

「もう来たぞ……!」

「おっ、あれは空軍の重地対空艦空雷だ。こっちはシャテールファミリーに載せた最新型の短距離対空誘導空雷だぞ! あっ郷土防衛義勇軍の機関砲車両もいる」

「まるで軍事パレードだなぁ。カメラカメラ」

「外見るなって言ってんだろ! ……ん?」

窓の外の通りに、影が落ちた。

そして、その直後に響く轟音──―!
騒音の過ぎ去った方向に目を向けると、尋常ではない速度で低空飛行していく緑と黄色で彩られた機体が見える。それはやがて急激に機首を起こし、真上に落下するような勢いで高空へ駆け上がった。
その向かう先──―上空には、キラキラと光るひし形の模様がゆっくりと円弧を描いている。それは編隊が周回しながら、順序よく離陸した機を組み込んでいく工程だった。
つい先程前上を飛んだ機も、間もなくそこに加わっていく。

「ズーム上昇か。おいおい、騒音規制を完全に無視かよ」

「戦争だ、戦争が始まるんだ……!」

 

 

事件発生から3時間35分 統一パンノニア空軍防空司令部

「有翼ダキア連隊からの情報により、我々の取るべき作戦は決まった──―誘導空雷、及び短距離対空誘導弾の同時着弾である」

同時着弾──かってかのマザルカ将軍が発案したとも言われる(要出典)その概念は、元々陸軍の砲兵部隊向けであった。
砲弾の落下にかかる時間差を利用し、少数の砲で多数の砲弾を短時間に投射する──それは速度にまさる帝国・南パンノニア軍に対向する上で大変有効だったという。

「歴史上、メルカヴァとの戦闘が一例だけある。その時の記録をダキア連隊が解析したところ、メルカヴァには──―光学兵器により、実体弾を迎撃する能力があると結論付けられた」

「しかし、この迎撃には時間差が存在した。旧兵器といえどこの世のものである以上、同時に処理できる砲弾数には限りがある──具体的に言おう。550発だ。これ以上は迎撃が間に合わない」

「550発!? それを短時間に……不可能です。第一数が足りない」

士官の一人が反応した。これは正論である。パンノニアは広大であり、ペレフのカルタグ侵入までの時間は半日もない。
近隣からかき集めたところで、同系の誘導弾が550発集まるかというと……不可能である。
そう、同系なら。

「そのとおりだ、270両の地対空誘導車両は存在しないし、航空機もそんなにない。だからこそ──作戦は3段階に分ける。第一段階で30ユニットの地対空誘導空雷搭載車両が4発ずつ発射、120発。第二段階で空中艦及び航空部隊による巡航空雷攻撃を開始。これが300発。第三段階、60ユニットの自走対空車両が発射開始、想定到達数は158発。しめて578発だ。
なお、各部隊は目標迎撃地点を中心として円周に展開。発射は司令部により計算されたタイムスケジュールに従い順次行われる」

「ということはつまり、各誘導弾の速度差を発射機の距離で調整し、同時に到着させる!? ……そんなことが、可能なのでしょうか」

「可能だよ。旧兵器は完成した存在だから進化できないが──我々は違うのだ。いずれ追い越す時が来る」

 

 

 

事件発生から6時間21分 カルタグ郊外イューリ地区 (カルタグまで1メグ)

 

「発射1分前。各車照準波を出せ」

「電探起動。計器類異常なし……いや、待て」





ELS:レーダー波を検知


ELS:目標策定終了
FCS:照射開始


「おいおい……スクリーンが応答しないぞ」

故障かよ、こんな大一番に──! 苛立ちながら防爆ドアを開け、外の配線類を確認しようとした操作員は愕然とした。
そこにあるべき巨大な指向性アンテナがすっかり溶けてしまい──例えるなら廃材置き場に乱雑に放置された鉄筋のようになっていたのである。

「まさかあいつ、電探を狙って撃ったのか!」

さらに驚くべきことに、そうなっていたのは他の車両でも同じだった。断続的に光る光線が円を描いたその時、ほぼ円周に展開された防空車両のすべてが”眼”を失ったのである。


結論から言うと、司令部と有翼ダキア連隊は大きな間違いを犯した。
ペレフを”ただ小型化されたメルカヴァ級”と捉えてしまったのである。

だが、彼女の本当の姿とは──Unit-97 自律型敵防空網制圧艦。
その任務は後続の部隊、あるいは特殊な荷物を積んだ巡航ミサイル……の突入前に敵陣へ侵入し、その障害物──防空網──を完膚なきまでに破壊すること。
つまり、現状は彼女にとって設計仕様を存分に発揮する舞台であった。
電探装置から発せられたレーダー波は直ちに彼女の”電子の眼”ELSに捉えられ、同時に人間にはとても真似できない速さで火器管制装置に目標を入力。
数秒間ですべての目標へ正確なレーザー射撃が行われ、ここにパンノニアの総力を上げた迎撃作戦は崩壊したのである。


「第二小隊射撃不能!」「第四、第五小隊も射撃不能」「第七小隊で負傷者発生、救護班を急行させろ!」

各部隊からの情報はは司令部の大型スクリーンに書き込まれ、その場にいる誰もが作戦が続行不能なことを知った。

「司令、これでは同時着弾は不可能です!」

「──攻撃は中止。展開中の部隊は市民の避難誘導を支援し、後退せよ」

司令官は唸った。

「考えてみれば当たり前だ。我々が進歩すればするほど、彼らに似ていくのだ」

「電子射撃装置への効率的な対処法など、奴らはとっくに保有していたんだ──!」

重苦しい沈黙が降りる。手札はすべて失ってしまった。ペレフによる戦略爆撃を、見過ごすしかないのだろうか。
かすかな希望をかけて、有翼ダキア連隊の連絡士官を見つめる。

「有翼ダキア連隊から、この状況についてなにか助言はないのか!?」

「……はっきり言ってお手上げです。正統アーキルのパンドーラ隊に支援を要請するしかありません」

有翼ダキア連隊は、一応旧時代の技術を研究する部署であり、その最中に現れることもある旧兵器への対処も任されている。
だが、そもそもパンノニアが旧時代に目を向けたのは比較的最近のことである。有翼ダキア連隊も、もともとは北パンノニアが南パンノニアに対する諜報を行う部署であった。
それ故、南北戦争最初期からのノウハウをもつパンドーラ隊とは未だ比較にならないほどの実力差がある。

「アーキルに、支援を、だと……」

統一の経緯から、かっては友好国だった旧アーキル連邦諸国とパンノニアの関係は冷え込んでいる。
それは冷戦と呼ばれることもある程で、国境こそ封鎖されていないものの何かと政治的な衝突は起きていた。
統一パンノニアの国力を削ぐには、今回の事件は絶好のチャンスだろう。情報をよこさないか、もしくは……偽の情報を掴ませられ、大きな被害を受けるかもしれない。

「双頭協定はそういったことを禁じています。……人間を信じましょう、司令」

懸念は口に出さずとも、隣の連隊士官に伝わったようだった。

「わかった。要請を出そう。正統アーキルの大使館へ連絡を入れてくれ」

「直ちに」

司令官がその進言を認めると、連隊士官は全速力で司令部を出ていった。

「……よかったのですか?」

「統一紛争からもう数十年だぞ? いつまで過去を引きずっているわけにもいかん。……旧兵器は、パルエ人全体の驚異だ」

「それ故に、南北戦争中ですら双頭協定は遵守された。平和な今なら尚更だろう?」

 

 

 

「オルリ03、シーヴィ、もう一度頼む」

「シーヴィよりオルリ03へ。繰り返す、攻撃は中止。別命あるまで決して攻撃するな」

「……了解。ペレフとの位置を保つ」

「おいおい、なんのために俺たちはここまで連れてこられたんだ?」

総力を上げた旧兵器への迎撃作戦をやると聞かされ、やってきたが直前での停止命令。
それから地上部隊に起きたことを聞かされ──最悪、捨て身の遅滞戦をやらされると思っていた航空隊は、そのどちらでもない待機指示に少々困惑した。

──司令部は何を考えているんだ?

日が沈み始め、街明かりがはっきりとしつつある。いつもなら光源は平原に同心円上に広がり、その中央にはライトアップされた高層建築物……かっての産業塔が見えるはずだった。
しかし、今日はそうではない。数十年ぶりの灯火管制が敷かれ、カルタグの街明かりはほとんど見えなかった。
代わりに見えるのは、半円状に広がる幹線道路上の避難車両。そして、撃破された防空車両の残骸──!

 

 


その不可解な司令を出した張本人たる、司令部では文字通り”飛んできた”パンドーラ隊とその研究員が即席の講義を行っていた。

そう。飛んできたのだ。

司令部のバンカーの外には、まるでアーキル国境で乗り捨てられた三輪車のように……正統アーキルの最新鋭機が乱雑に並べられている。
それはともかく、そのうちの一人は白衣こそ着ていたものの、明らかに人間ではなかったため面々をどよめかせた。

「アーキルの最高機密の一つ、旧時代のアンドロイド……! それをまさか、派遣するとは」

「司令、”それ”ではなく彼女……リゼイ研究員、とお呼びください。彼女は機械ですが、我々と同じ思考回路をもち……人間として扱ってもらいたいそうです」

実のところ、こうも正統アーキルの”羽振りがいい”のには裏事情があった。
確かに、統一パンノニアと正統アーキルは冷戦状態である。だが、その対立の一因は感情的なものも多く含まれており──―ざっくり言ってしまえば、久しぶりに統一パンノニアがアーキルに頼ろうとしてきた、頭を下げてきた……というだけで彼らは大盤振る舞いを即決した。

彼らの考えは単純であった。


盟主っぱさ、久々に見せちゃおっかな──!


北半球の盟主──かっての地位を取り戻す千載一遇の好機と見る議員も多く、それはパンドーラ隊に大きなフリーハンドを与えた。その結果がこれである。

 

「そうか、すまない。これからは注意するよ」

「私の自己を尊重していただきありがとうございます。それでは。早速、現状取るべき対策は……”静観”です」

予想外の彼女の言葉に、再び司令部はどよめく。
中には怒号を──そんな戯言を聞く必要はない、もういいからさっさと攻撃しようなどと──飛ばす要員も居た。

「こら、静かにしろ。パンドーラ隊と彼女は本気だ。もう少し詳しく聞いておくべきだ。そうだろう?」

司令が清澄するように命令することで、司令部はなんとか落ち着きを取り戻し、検討会は再開される。
先程より厳しさを増した視線の中でも、リゼイとその助手たちは淡々と資料を準備し、掲示していく。

「ええと、静観……それで、本当に大丈夫なのかね?」

「旧兵器は、ひどく臆病なのです。それに、民間人を積極的に攻撃しようとはしません……特に地表では」

「それは……本当なのかね?」

「今も旧時代も、機械はインプットされたことしか理解できないのです。例えば、戦闘機が脅威であることは理解できても、それを操縦するパイロット──人間が脅威であることは理解できません」

「人間を驚異として認識しないから、むやみに民間人を殺すことはしないと?」

「彼らの領域……地下構造体や南東地域に踏み込んだ場合は別ですが、概ねそう言えます」

言われてみると、すでにペレフはカルタグ近郊の地方都市や幹線道路を何もせずに通過していた。
この説はたしかに旧兵器の行動をうまく説明しているように思われる。

だがそうとなると、また新たな疑問が生じる。

──―では、ペレフは何を目的にやってきたのか?

疑問に対する回答は、パンドーラ隊も持っていなかったようだ。
しかし、旧兵器が民間人を狙わないという説はすぐに立証されることになる。

「……ペレフ、転進! 方位330へ向かっています」

「カルタグ侵入の恐れ、3%へ低下」

「ブロウニー隊、会敵予想時刻修正……」

ペレフが進路を変更し、眼下の指揮所は再び忙しさを増した。要員が飛行隊へ矢継ぎ早に新たな命令を与えている。

「転進だと? 進路上には何がある?」

「36ゲイアス先にはポジャン、45ゲイアス先にはマズルカ記念噴進研究所があります」

「……両地域に避難命令を出せ」

「……コダート、オルリ両隊が燃料補給を要求しています」

「オルリ隊は近隣の基地へ着陸、補給させろ。コダート隊はブロウニー隊に引き継いでから空中給油だ」

程なくして転進先のおおよその方位が特定された。パンノニア中部、ニルギス平原へと向かったのだ。
ニルギス平原はいわゆるステップ気候帯──農地としても居住地としてもあまり旨味のない土地で、人口密集地というものは幹線道路沿いの休憩所周辺にできた集落程度のものしかない。

「どこへ向かっているんだ、この……まさか迷子だって言うんじゃないだろうな?」

投影機からカルタグ近郊の地図が外され、新たに北部方面のものが入れられた。あれでもない、これでもなさそうだと議論は続き……ある一点で、彼女の眼が止まった。

「奮進研究所……もしかして、そこでロケットを大気圏外か大気上層へ飛ばしましたか?」

「ああ、数日前にローカルニュースでやってましたよ。……残念ながら、打ち上げ後に空中で爆散したようですけど」

リゼイ研究員は奮進研究所、という単語に興味を惹かれたようだ。
偶然、休憩時間にその関連の報道を見ていた要員がその内容を伝えるとリゼイ研究員とパンドーラ隊は少し話し込んだあと、結論を出した。


「空中で、爆散……そうですか」
「ペレフの目的は、敵基地攻撃ですね」

 

 

 

事件発生から3時間26分

答え合わせの時が来た。

「ペレフ、ポジャン上空を通過。数件の交通事故以外に、地表の被害なし」

「やはり本命は噴進研究所か。避難状況は?」

「人員の退避は完了。命令通り、資料の持ち出しは最低限に」

 

 




Navigation:目標地点到達



周辺地形、衛星画像と相違なし
マスターアーム:ON
FCS:対地攻撃モード
レンズ:平均消耗値33.4 許容範囲内
FCS:照射開始



リゼイ研究員とパンドーラ隊の予想通り、移動を続けていたペレフはマズルカ奮進研究所上空で停止。
しばらくすると、レーザータレットが照準のための赤色の可視光線を出し──その数コンマ秒後から不可視光線の本照射が行われる。一方的な破壊が始まった。
放たれたレーザーは施設内を二度三度と往復し、その軌跡に沿って火災が発生。
真っ先に照射を受けた発射台は溶かされたチヨコといって差し支えないほどの惨状を見せ、頑丈に作られた運搬用のレールはワグワグ細工のように曲がりくねっている。

統一後、主に北側の技術のみが使われるプロジェクトであったが故に、南北の融合を勧めたい統一政府から半ば冷遇されながらも続けられた計画。
──運搬用噴進弾開発計画は、再起不能の被害を受けていた。

 

「あああ……発射台が……格納庫が……」

「主任! 早く離れましょう。燃料タンクに引火したらここも火の海になります」

「……畜生ッ、統一空軍め。予算を奪うだけ奪って肝心なときには役立たずか!」

絶叫する主任の前をもう一度レーザーが横切り、また一つ建屋が燃え尽つきつつある。

 

結局、破壊は一晩中行われ──―そして2日間、ペレフは自らが生み出した瓦礫の山の上に陣取っていた。

 

 

 





作戦開始より48時間経過



議会出席者0/120
可決0
否決0
未投票0
出席者が規定に満たないため否決処理



作戦承認は否決。ユニットへ帰還コマンド送信

 


帰還コマンド受信



モード変更:自衛・警戒
所定位置へ移動開始

 


侵入してきたときと同様、退却するときも突然であった。2日目の昼下り、ペレフは南下を開始。
あまりにも不可解な行動に誰もが頭を傾げたが、とにかく帰っていくことがわかった統一空軍司令部は安堵の雰囲気に包まれた。

「カルタグへの侵入確率、0.3%以下。旧兵器は禁足地へ直進中」

「帰路は直線的……? おそらく航法地図を更新したのね」

──―なんとか一安心だ。
あとは戦闘機にエスコートさせて、もとの場所に戻っていくのを待つだけだ。

「結局、リゼイ研究員の言うとおりになったな」

「派手にやられたが、人的被害は少ない。最高ではないが、最善ではあったさ」

やっとまともに飯が喉を通るよ。そう言いつつ少し遅めの昼食をとる司令要員の顔はすこし明るさを取り戻したように見える。

派遣されてきたパンドーラ隊も直接的な対処手段──―攻撃方法の検討を一時中止し、今後のための情報収集へと重点を移した。すでに、指揮・連絡要員を除いた派遣部隊は予想進路上に先回りし観測の準備を始めている。
まるで此処から先は消化試合だ、と言わんばかりな様子だ。

 

 


──だが、ある戦闘機乗りの心境はそうではなかった。


統一パンノニア空軍南西方面隊 ホブリス基地

シルフィ01、その操縦手のシズモンと後席士官のソルダムはその情報収集へ向かったパンドーラ隊から聞き込み調査を受けていた。
勿論、内容はペレフとの交戦における双方の行動についてである。ここで得られた経験談は次の遭遇者を生かすことにつながるだろう……とパンドーラ隊の分析官は熱く述べた後、鞄から銀色の容器を取り出した。
容器には極めて簡潔なフォントで、“メイプルケイク”と書かれている。

「決死の体験談をタダで聞かせてもらうというのも悪い。それで、今地下で流行りのアーキル菓子を持ってきた」

「あ、アーキル菓子……ん? 普通だ」

「固くない……甘ったるくない……!?」

「そりゃあ、アーキルの鼻の人気店のものですからな。もちろん地下に持ち込むので保存処理とカロリー増量の為、味は市販品とは異なるのだが」

「なんだ、そういうことか」

アーキルの鼻は旧アーキル連邦が誇る、連邦崩壊後も依然として世界最大規模の造船都市である。
造船所は構成国から労働者を集め、その副産物として構成国の文化も流入した。そして、その中で菓子文化を持ち込んだのは勿論美食の国、パンノニアであった。
つまりアーキルの鼻の人気菓子とは実質パンノニア菓子である。

ただ、絶望的な評判のアーキル菓子にはパンノニア菓子でも決して敵わない点が一つある。保存性だ。
地下で年単位の任務につき、その間補給も満足に受けられない彼彼女らには、これまでアーキル菓子しか選択肢は無かった。
そんなパンドーラ隊の中でアーキル菓子(パンノニア風)が流行るということは、その補給事情に革命的な改善が行われたという証左でもある。


──それはさておき

シーバ茶を飲みつつメイプルケイクを食べる、そんな茶会じみた聞き込み調査は順調に進んでいた。


「それで、山脈の裏に逃げ込んだ。狙い通り雲がいい具合に被さってくれて、それで多分見失ったんだろう」

「……なるほどなるほど、ありがとう。聞きたいことは以上だ。休暇中に押しかけてすまなかったね」

「いいさ。どうせこんな山の中で休暇なんざとっても、持て余すだけさ。──ところで」

ここまで経過を淡々と話してきたシズモンが一度言葉を切る。

「あんたらパンドーラ隊は、旧兵器とよく戦うって聞くな。なにか勝つための定石はあるのか?」

「ううん……そうだな、一番確実なのは障害物に隠れるなりして、十分近づいてネットガン、だな」

あくまで地下の話だ、と前置きをしながら分析官は機密に触れない範囲で話しだした。

「奇襲攻撃か。やはりそれしかないんだな、障害物、障害物か……」

シズモンはしばしその言葉を反芻し……何か思いついたようだ。

「……あるじゃないか。おいソルダム、まさかこのままお帰りいただくなんて客人に対する礼儀が足りないよなぁ?」

「ええっ、ま、まさか」

「なああんた、一つ作戦を思いついた。今から言う内容をちょっと考えてみてくれ」

 

 

 


「無茶苦茶だ! こんなにうまくいくわけがない」

「ですが、パンドーラ隊の見解としてはこれまでの旧兵器の性質を鑑みると勝率は決して低くはない、と」

「……だとしても、この作戦には諸島連合の力が必須。そもそもこんなことに協力してもらえるのかね?」

「協力はもちろんできるいんぐよ。オリエント条約にはそう書いてあるんね」

「──なんてこった。そうだな、やるとしようか」

その言葉と同時に司令部に緊張感が戻る。要員は食べかけの昼食を急いで飲み込むと急いで担当の仕事に取り掛かり始めた。

「こちら司令部。シルフィ01、司令部は君の作戦を採用した。準備ができたらやってもらうぞ」

 


675年 13月4日 リデア湾上空


「シルフィ01よりシーヴィ、準備完了」

「……シルフィ02、準備完了。まったく、01コンビは相変わらずだな! つきあわされる二番機の気持ちがわかってないわ」

02とは危機管理体制の都合で地上で対面することはほぼない。何かの事故で01,02が共倒れしたら即応性が大きく落ちるためだ。
がしかし、この機長に振り回される者同士として話が弾みそうだと後席士官は確信した。

「──ペレフ、予定……置に到着……作……開始。シ……ザザ……ィ隊、ペレ……君たちから見て1時……向200m下……繰り返す……ザザ……」

「予想はしてたがやはり、ノイズが酷いな」

数度繰り返される通信から聞こえる断片的な情報をまとめ、飛行経路を修正する。
ここではただ直線飛行をするだけでも、上下左右から不規則に機体をゆすられる。ベテランだろうが容赦なく空間識失調を訴えるだろうこの状況で、これは非常に難しい任務だった。
計器と通信内容のメモ、そして何より機体だけを信じ、自分の感覚と言うやつを捨て去らなければならない。

──―ところで。

一般に大型空中艦型の旧兵器というものは光学迷彩を持ち、肉眼で視認できないと言われる。しかしこれは厳密に言えば間違いである。
人間の眼というのは存外性能がいい。よく訓練されたパイロットや見張員であれば、旧兵器が展開した光学迷彩に違和感というものを感じ取ることができるだろう。
そして、その違和感をじっと見つめてやれば、おぼろげな輪郭線が見えてくるのである。


では、なぜわざわざ管制からペレフの位置情報を得、それを頼りに飛行しているのか? ──その訳は今シルフィ隊の置かれた状況にある。

現在の視界は0。当然だ。積乱雲の中にいるのだから!

赤道付近特有の急速に発達する積乱雲は多量の水や氷を含み、電波を通しにくい。すなわち、”レーダー上の障害物”となる。
言い換えるなら、電子的な煙幕といったところだろう。

……気象現象である以上それは敵味方の区別なく効果があり、司令部からの通信も雑音まじりになりなってしまうのだが。


「シルフィ01、02、間もなく雲を出る──!」

さて。答え合わせの時間が来た。飛行経路が正しければ最適な位置に出るはずだ。
そうでなければ……いや、やめよう。ろくでもない予想は邪魔だ。

「雲を出た! ロールするぞ」

眩しい青空が眼前に広がる。しかし感慨に浸る時間はない。すぐさま機体は横転。頭上には白い雲海が現れる。

後ろを見ると名残惜しそうに機体に纏わりついていた雲の一部が完全にちぎれ飛んでいた。急激な軌道に水蒸気がついていけなかったのだ。

二機二組は襲いかかる加速度に逆らい、首を回し続けている。どこだ? どこにいる……!?

数秒後。ようやく管制のレーダーにも映ったのだろう。先程よりずっと明瞭な通信がやってくる。
その訪れと彼らがペレフを発見したのはほぼ同時だった。

「──シーヴィよりシルフィ隊、そこからペレフは見えるか?」

「見える! ペレフの背中が一望の内だ!」

「了解した。シルフィ01、シルフィ02。そちらのタイミングで第一段階を実行せよ」

「よし来た、位置についたら栄養液、及び生体廃液を投棄! 【検閲済み】を背中にぶっかけてやれ!!」

管制官からの許可を聞いた瞬間に01、02の機体は思い切り急降下。ここは時間との勝負だ。

「ウッ……位置についた。──下部投棄弁開放、排液ポンプ作動」

急なマイナスGに絶耐えながら計器を監視。位置についたのを確認して後席の操縦盤にある外部排出弁を開くと、下部の生体器官から生体液etc……が放出される。

まず、粘性のある栄養液と生体排液の混合物が旧兵器の表面を薄く覆った。
冷却液という側面も持つこれらの液体は、炎天下によって熱せられた旧兵器の表面を気化熱によって25度程度まで低下させる。

そして、生体液に含まれる改良型血小板は最適な温度で期待通りの働きをした。

──表面で凝縮し、”かさぶた”を形成したのである。

 




注意:背部光学観測装置、暗転。故障と推定。航行に支障なし。
現時点での対処、不要。
定期点検時に補修を推奨。



警告:低高度
出力変更:110%



警告:低高度
出力変更:125%



警告:対地高度10m
出力変更:200%



「02、こちらも”投棄”完了。かさぶたの形成を確認」

「よし、シルフィ隊、いつもどおりにやるぞ」

「02、プラス4だ」「了解、プラス4」

「おっと、身じろぎしやがったな。マイナス2」「マイナス2……いえ、マイナス3で」「わかった、こちらがプラス1する」

「──! 軸線乗った、いけます」

2機が一体となり、重心と推力軸をにらみながら位置を微調整する。そして報告と同時に再び急降下し──背部に大きく張り出した生体器官が、旧兵器の表面へ接触した!

「まさかこんなところで役に立つとは……」

「六王湖のオンボロどものおかげですね。無駄にタグボートスキルが鍛えられました」

シルフィ01、02は今、作り出したペレフの盲点……かさぶたで覆った背部カメラの周辺……に密着。ジェットエンジンと生体器官を使ってペレフを押し下げていた。

旧兵器──正確に言えばそれに搭載された人工知能──というのは関連付けが大変苦手である。そのため、
・不明機が先程まで背部にいた事
・カメラが急に故障したこと
・いま謎の力によって高度が落ちていること
この情報から
”背部にいた戦闘機がカメラを目潰しして背中から押している”という事実にたどり着くことができない。

「……ッ! まずい、高度が上がってます。このままでは押し返されますよ!」

「こんにゃろめ、生意気だぞ……おとなしく観念しろ!」


だが、高度が落ちていることへの対処は完璧だった。すぐさま出力を上げたのである。
シルフィ隊も負けじと出力を上げる。ほぼ海面高度ということもあり、ジェットエンジンはオクロ機関の上昇力に釣り合うほどの推力を出した。
再び均衡状態へと戻ったが、このままではジリ貧。2機は決意した。

「こっちも廃機覚悟で行くしかありませんね。過負荷運転を具申します」

「そうだな、行くぞ……」

シズモンが操縦盤の外側にある、やたら物々しく保護されたカバー付きのスイッチを押す。
これは加減速制御系の制限解除用のスイッチだ。これを押すことでタービン入口温度制限、ロータ回転速度制限、燃焼器圧力制限他すべてを取り払い、推力を増加させることが可能になる。
だが、そんな状態ではすぐにエンジンが故障、停止してしまう。推力の増加量と比べると割に合わない機構なので、試験飛行以外で使われることはまずなかった。

「高度、下がっています。予定高度まであと30……20……10……5……0。高度安定、許容範囲内!」

「確認した。発光信号で、”客人”に援護射撃するよう伝えてくれ」

 

 

 


ニシクルコロ工廠製捕鯨艦 イメルカムイ

彼女がこの海域に存在するに至る経緯は少々長く、特殊である。

──パンノニア南東海域は、旧南パンノニアの領海が(パンノニア統一紛争への協力の対価としての意味も込めて)ワリウネクル諸島連合へ開放されたことで一大漁業地へと成長していた。
そして、手付かずの漁場を求めて多数の漁船が出入りするに伴い……遭難救助や警備のために諸島連合海軍の艦隊がカルタグ湾に駐留するようになったのも自然な成り行きであった。

しかし。駐留すると言っても、稀に出る海賊以外に対した驚異もなく。主任務は海のド素人のパンノニア人の釣船が迷ったとか、本国から来た連中がなれない海域で座礁したとか、そういった漁船への救助活動である。

そんなところに重武装の軍艦を送るのは不経済極まりないし、それ以前にそもそも海域の広大さに対して既存の隻数ではとても足りない。
そんな中、諸島海軍はある集団に目をつけた。

──捕鯨艦隊である。

寒波の終息による燃料需要の平常化と共に、元々無理があった大型アンゴ捕鯨は赤字転落。
漁の回数も激減した捕鯨艦隊は、消滅も時間の問題であり──それ故に、格安で編入できた。

古い上にアンゴ捕鯨で酷使され、整備不良で傷んだものが大半であったが、一応の遠洋航海能力を持ち、その上速力と機動性だけはやたらとある捕鯨船たちはこの南東海域での捜索・哨戒任務には最適解だった。
そして、繰り返すがなにより安い。船自体はもちろん、船員も定員分存在しているので訓練費用も最低限で済む。

そんな捕鯨艦が一隻、イメルカムイはちょうどいい位置──遠洋での警備救難業務を満了し、補給のためカルタグ湾への帰投航路上──に居たことから、急遽ペレフへの観測任務を割り当てられた。
これは、パンドーラ隊による助言の一つ、「旧兵器は海上に浮かぶ人工物へ興味を抱いていない」という情報から決定されたものであった。

だが、一時間前に突如としてその任務は取り消され、代わりに新作線への参加という任務を与えられる。

その結果として、彼女はこの海域に存在したのである。

 

だが、これだけでは不十分だ。彼女は何を期待され、この海域に呼び寄せられたのか?

──くどいようだがもう一度。この艦は捕鯨艦である。

かっては帝国艦への特効策として期待され、寒波とともに役目を捕鯨へと先祖返りさせた電撃捕鯨砲。これも、改装予算がつかなかった事でいまだに甲板を占めたままだ。

それが役に立つとは、この瞬間まで誰も想像していなかっただろう。

「旧兵器を押さえつけている戦闘機から発光信号です。”イマダ、ウテ”」

「来たか! ──第一種”対鯨”戦闘用意!」

号令の元、イメルカムイは警戒態勢から戦闘態勢へと移行する。艦橋の防弾板が起立し、捕鯨砲に被さったカバーが速やかに外され、機関は轟々と黒煙を吐き出し、急速にペレフとの距離を縮めはじめた。
船速が増すに連れて激しい白波が甲板の船員を襲うが、彼彼女らはびくともしない。──いつものことだからだ。

 

「有効射程距離に入りました。捕鯨砲、放電装置共に準備よし」

「撃てェ!」

「照準ヨシ……発射!」

許可を得た砲手は照準器を見、ペレフの中央部に狙いを定めた。ペレフは光学迷彩を持ち、輪郭線も不明瞭だ。
が、砲手にとっては──浮上、沈降を繰り返し、巧みに海面下に隠れてしまうアンゴのほうが狙いにくい獲物だった!

操砲ハンドルに設けられた発射装置を起動させると、内部の火薬が点火、爆発。砲内部の高圧ガスにより推進力を得た銛は、過たずペレフの横腹に進んでいき──貧弱な物理装甲を容易く突き刺さす。

 




注意:衝撃を感知



警告:対地高度3m
出力変更:280%
警告:過負荷運転



エラー:レーザー高度計応答なし
エラー:対気速度計応答なし
エラー:姿勢指示器応答なし
エラー:第一タレット損傷
エラー:捜索レーダー損傷
エラー:第二タレット応答なし
エラー:操舵系統損傷
エラー:ナビゲーションシステムの応答なし

 

「目標、半没状態!」

興奮気味に見張員が声を張り上げた。海水と接触したことで故障したのか、いくつかの表面区画はその熱光学迷彩機能を喪失。船員にまるで穴の空いたジグソーパズルのような風景を見せていた。

しかしまだ安心はできない。アンゴとて、銛を刺してもまだ船に向かって体当たりを敢行する個体が多いのだ。旧兵器なら、言わずもがなだろう。

案の定、ペレフは水没したレンズから赤い光線を出し始めた。濁った海水によりそれは大きく分散しているが、その一本一本が徐々に大きくなっていく。浮力をレーザー出力に割り振ったのだろうか、と艦長は考えた。

この状況下で彼女の予想される未来図としては、出力を増したレーザーが舷側に穴を開けた結果として起こる転覆か、より悪いなら……船体を何分割かされての轟沈だろう。


だが、彼女のかつての正式名称は──電撃駆逐艦である。
そんな未来は、訪れさせない。艦長は冷静に次の指示を出した。

「トドメをさすぞ、”電撃”流せ!」




推測:海上に浮かぶ人工物からの攻撃
自衛行動を開始
FCS:対地攻撃モード
警告:分散大 目標への効果なし
FCS:出力変更 25──繧ゅ≧蜉ゥ縺九i縺ェ縺�



──system check──
boot:OK


応急スキャン完了
重大な整合性違反なし



警告:過電流
重大な警告:電源遮断
予備バッテリーへ切り替え



予備バッテリー:残量0
残量が低下しています。充電してください
残量が低下しています。充電してください残量が低下しています。充電してください残量が低下しています。充電してください残量が低下しています。充電してください残量が低下しています。充電し
###データログ終了###

 

「目標、完全に水没……捕鯨鎖の張力増加、沈降しています」

「よくやった、機械は水と電気に弱いってのは古今東西共通だったな!」

──もとはアンゴや帝国艦をスタンさせるための電流は、銛を通じて直接流れ込み電子機器のいくつかと動力源を急停止させた。
かろうじて再起動に成功したものの、そのプログラムと巨体を支える電源は停止したままであり、予備電源を利用しようにも、ただでさえ劣化の進んだ予備バッテリーは過電流によって完全に破裂。
ペレフは鉄の塊となり、海底に横たわるまでのしばしの間が最後の航海となった。

 

──再び、上空。

「諸島連合、あんな兵器持ってたんですねぇ」

「な? 結果オーライだ。基地に帰ったら制服のクリーニングしなきゃなー」

授賞式だぜ、イエイ! などとシズモンは喜びを隠すことなく表現していた。
ソルダムは苦笑交じりにそんな前席を見る。──ああ、この人はやはりホンモノだ。願わくば、南北戦争時に生まれていて欲しかった。

などとぼんやり考えつつ機器の損傷があるか調べていると、喜びと怒りの入り混じったような管制官の声が無線機から聞こえてきた。

『こッのバカども! お前らが生きてるのは奇跡以外の何者でもないぞ! ──承認したとはいえ、いかに危険な行為だったか説教してやるから、無事にかえってこい』

 

 


事件発生より50時間 アトミック・クレーター                多国籍旧兵器調査団(のちのセズレーン隊)


アトイカムイ改に乗り込んだ多国籍調査団は、慎重にペレフの残骸──という割には構造を保っているが──を解体、浮揚する作業に取り組んでいた。

「オクロ機関の閉鎖処置完了、もう安全です」

「了解。作業もキリがいいし、そろそろ浮上するんよ」

「浮遊機関出力上げ。ドブルジャ加圧開始」

「どうです? こんな大騒動を起こした原因は突き止められそうですか?」

「これだけきれいに捕獲できたんです。データレコーダーも無事ですし、必ず解析してみせます」

旧時代の生き残りであるアンドロイド──リゼイ研究員はペレフから取り出したフライトデータレコーダーを真水の入った密閉容器に浸けながら、立ち会った統一政府の要人にそう話した。

「ただ……解析するために、設備のあるアーキル連邦へ運びたいのですが。よろしいですか?」

「ええ、もちろん。ただし、結果は全世界に伝えてもらえるのでしょうね?」

「はい。当然のことです」

「──いいのですか? 長官。これを独占的に確保すれば我々は旧兵器の力を……」

「……どうみても我々の手に収まるものではないさ。それに、これは我が国だけの驚異ではないんだ」


──正直なところ。終戦から始まった冷戦は彼女にとって非常に気がかりな情勢だった。
誰もが国家間の正面衝突を恐れる一方で、かっての大量破壊兵器にも似た兵器が開発されつつあったからだ。

核兵器に必要な量のウランやプルトニウムはすでに枯渇している。でも、それはなんの安心材料にもならない。
バダダハリダやリコゼイ砲、無人機。それらは、”これがあれば自国の兵士がほとんど死なない”とそれぞれの国の上層部に思い込ませる。
一世紀以上続いた南北戦争、そしてたった一年ながらこれまでの戦争観をひっくり返した寒波戦争で決定的となった”戦争は双方が損をする、悲惨な行いである”という教訓は徐々に失われつつあり、戦争行為へのハードルは現在進行系で下がり続けていた。

この人達もまた、旧時代と同じ過ちを犯してしまうのだろうか?


だけど、今。対立する3つの陣営が共同で捜査を勧めている。

 

まず、諸島連合の最高機密である潜水艦──アトイカムイが、調査団に公開された。

メル=パゼル共和国はそれに応え、ドブルジャ圧縮技術を利用したバラストタンクと精密作業用のマニピュレーターを提供。

サン=テルスタリ皇国は門外不出のヴンター装甲とその加工技師を派遣。アトイカムイとマニピュレーターの耐圧性能が格段に強化された。

上空では、価値のある残骸を吊り下げた帝国製のキストラが、パンドーラ隊保有のトゥラーヤ級に着艦しようとしている。


あらゆる国が機密を開示し合い、協力できる分野を探し出していた。
──旧時代とは、真逆の光景だった。

そのことに、若干の希望を抱きながら彼女は早速、解析スケジュールを立て始める作業に取り掛かる。

 


──だが。

「リゼイちゃん、リゼイちゃん!」

「……どうしたんです、主任」

「リゼイちゃん、ようやく一段落したところ悪いけど──ネネツ領内へ旧兵器が出現したわ」

これは、終わりではなく、始まり──―そのことにパンドーラ隊が気付くのは、もう少し未来の話である。

 

 

事件から5日後 カルタグ国際空港 第一格納庫

引き上げられた残骸はこの大型航空機用格納庫において、再度組み立て・解析が行われている。
比較的大型の残骸が揃い、ペレフの姿が現れてきたところで──―市民の不安を払拭し、空軍の成果を称える意図もあり

格納庫内に残骸を背にした会場が作られ、そこで今回の事件に関わった将兵や民間人への表彰式が行われていた。

六王湖商船への黙祷から始まったこの表彰式。
感謝状を受け取ったニシクルコロ社員が”我々は間違っていなかった”などと不穏な発言をし、居合わせた諸島連合海軍士官が冷や汗をかく一幕などありつつ、式典は進み……
最後に、シルフィ01の二人の操縦手への授与となった。フラッシュが激しく焚かれる。

「おいおい、俺たちは翼騎士だぞ? 眼を労ってくれよ」

「ハハハ……よくやってくれたな。統一政府も空軍も大変機嫌が良くなっている。君たちが希望するどんな部隊でも移動させてやる、とさ」

統一軍の幕僚がそう言いつつ二人の胸へ最高位の勲章をつけると、シズモンは間髪入れず──

「そいつは本当か!? ぜひ北部方面隊へ移動させてくれ!」

「……うん、そうだな。君たちの希望は通るだろう」

「よっしゃ! 待ってろよォ帝国機と連邦機。次からは俺たちが迎撃してやるからなぁ!」

シズモンは大喜びで握手を交わす。彼の頭には両国の最新鋭機と戦い、勝つイメージがすでに浮かんでいた。
……実際に勝てるかはさておいて。マザルカシリーズは生体噴進混合機というが、今の所形になっただけで中途半端な機体なのだ。
それぞれ性能が特化された帝国機と連邦機に1対1となると、かなり難しいだろう。

「いいんですか? この人に迎撃なんてさせたら、撃退どころか撃ち落とすまでやってしまいそうなんですが」

だが、それでも。ソルダムには万が一が起きそうな予感がしてならなかった。
そんな思いを持って、小声でそばに来た幕僚監部に耳打ちする。
すると幹部は小冊子を懐から出し、それを手渡しながらこう言った。

「大丈夫だ。君の懸念は杞憂に終わるだろう。理由はそこに書いてある」

「──!」

 

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「なぁーんで、俺たちが北部に配置転換したら帝国機のスクランブルが急減したんだ!!!」

「そりゃあ、目覚め作戦のために全世界での完全な軍事行動の停止が決定したからでしょう。司令も言ってたじゃないですか」

「でぇ? 南部に配置転換した奴らは旧兵器相手にスクランブル祭り。勲章山盛りってかこんにゃろめ!! バカヤロ~~!!」


おわり

最終更新:2019年06月09日 19:44