大地を這う龍 <前編>

 岩肌がむき出しになった荒れ果てた大地・・・。土の色で支配された殺風景なこの景色に、岩山の影がわずかばかりのコントラストを与えてくれる。
あまりに暑い時はその影に世話になることもあり、小休止の際に場所の奪い合いになることも少なくない。娯楽もほとんどないこの地において、数少ない心のオアシスだ。
その岩山を遠くに眺めていた私を砂埃が襲う。細かい砂が頬や服を叩き、不意を突かれ目に砂が入り激痛が走る。

「つッ・・・・」

「曹長、足が止まってるぞ。どうした」

隣を歩いていた軍曹がくぐもった声で訊いてきた。鼻先まで布をマフラーのように巻いているためだ。口を開けても砂が入るのを防いでいるのだろう。「なんでもない」と答え、目に入った砂を涙で洗い流そうとまばたきを繰り返す。
 現在、我々が所属している連邦陸軍第33大隊は帝国と対峙している友軍の増援として進軍中である。私の小隊は装甲戦車デーヴァⅢ号の随伴が主な任務である。キュラキュラと無限軌道を描きながら、不整地の地面を苦しそうに進む我々の盾は総勢4両。
どこの戦線も苦しい中、増援に4両も受領できたのは幸運であった。

・・・いや・・・、そうでもないかもしれない。

「あれか、試験運用のデカブツってのは」

 軍曹の呟きに、私もそちらへ視線を移す。
大隊の最後尾、我々のオアシス岩山の影から姿を現したのは、ずんぐりした胴体に地面スレスレをゆっくりと進む試験運用とは名ばかりの、使い古された軍艦の末路ともいうべき姿であった。子供が積み上げた積み木のように不安定な形をした艦橋は、何故折れないのか不思議でならない。さらに自衛武装として取り付けられた兵装は二門の12.7cm高角砲のみとなんとも頼りない。付け加えて、攻撃型軽巡空艦トリプラの主兵装35.5cm砲を換装した主砲を撃つ際に、砲撃の衝撃から守るシールドが無いため、高角砲から退去しなければならず自衛武装としてどうなのかと思う。
そう、我が大隊が4両も受領できた理由。それは試験運用されるこの鈍足の護衛のためだ。大隊指揮官からそのような説明を受けた時は流石に眩暈を覚えた。
何度ともなく死地を潜り抜けてきた我が大隊にお荷物がやって来たのだ。陸軍上層部の努力は認めるが、何も我々の隊に押し付けなくてもいいのではないかと理不尽な思いに駆られたものだ。

「おーい、見えたぞ!ハルパン塹壕地区に到着したぞー!」

 思いに耽っていた私の頭を、仲間の声が覚まさせた。目的地に着いたという報告に、長い行軍に疲れてきた同僚達に安堵の表情が浮かぶ。ここに来るまで何度か帝国空軍艦の艦影を見かけたと警報が飛び交い、いつ砲弾が飛んでくるかハラハラしたものだった。
 今でも思い出す。ヒュルルルル・・・と聞こえたと思った刹那、猛烈な爆音と爆風が私の体を震わせたあの長距離砲撃の恐ろしさは陸軍にとって恐怖の象徴であった。思い出したせいで体がブルッときたが荷物を背負いなおすフリをしてごまかす。
無事にハルパン塹壕地区守備隊拠点に到着した我々は、補給を済ませつつ現在の戦況報告に耳を傾ける。

「先日、偵察機からの報告を受けた。これにより帝国陣地の様相が把握できた。どうやら敵は要塞を築き、防備を固めているようである。我々は反撃の狼煙を上げるべく、5日後に要塞攻略作戦を実行する。各員、その時に備え英気を養ってくれ。・・・・シゼルの加護が在らんことを」

説明を終えたハルパン守備隊隊長が敬礼をし、出て行った。
直後、隊がざわつく。雲を作ったといわれる有翼人シゼルを信仰する軍人の多くは空軍所属であるからだ。陸軍には珍しい人だなと思っていると、ふと守備隊隊長の目線の位置にあの鈍足が補給を受けている姿があることに気付く。
彼は、あの鈍足が要塞攻略の鍵になると思い、元空軍所属であったあの艦にシゼルの加護を願ったのだろうか。

「・・・そうだとしたら、お門違いな気がするぜ」

かつては大空を駆り、帝国空軍と砲雷撃戦を繰り広げたであろう。だが今は大地にへばり付き、歩兵が随伴できるほど鈍足でしかも所属は陸軍だ。空の加護なんてあったものではない。
どうせ試験運用だ。攻略において活躍するのは我々陸軍であることは明白である。あの巨躯のせいで陸軍の存在が薄くなったような気がして、私は少し不機嫌になった。伸びた髭をゾリゾリ触りながら、「髭でも剃って気分をスッキリさせるか・・・」と作戦司令部を出て宿営地へと歩き出す。






 この艦が出来た背景には、陸軍の火力不足を補い且つ長遠距離支援砲撃が可能な支援車両を求めたことに始まる。現在の陸軍主力兵器では帝国陸軍の硬い装甲、火力に押し負けてしまう。しかし新たな砲を開発する余力はなく、また大口径主砲の重量に耐えられる車両も無く、またその開発もできない。
そこで陸軍工廠のある工廠長が目をつけたのが浮遊エンジンである。
それも発掘したはいいが状態が悪く、軍艦を大空へ浮かせるだけの浮力を持たない不良品に注目した。宙に浮かせることができれば主砲の重量など問題ない。貴重な浮遊エンジンは空軍が優先権を持つが、不要の長物である不良品を持っていっても咎められる事もないと一石二鳥。さらに人脈を使って倉庫で眠っていたトリプラの主砲も貰い受ける事に成功し、廃艦寸前だった艦を引っ張り出し、陸軍仕様に改造を始めたのだ。

 出だしこそ順調だったが、空軍と陸軍の決定的な差が出始める。
まず、大型艦を造った事が無いため、主砲の取り付けに手間取った。艦砲のなかでも最大級のサイズであったから、その苦労も相当なものであった。次に着弾観測艦橋の高さである。対空戦闘の空軍は空中にいるため立体的視野が得られ、観測技術も発達しているため観測も容易であった。
しかし、対地観測のためには従来設置されていた艦橋では全く見えなかった。まして、地面から辛うじて浮いている状態なので上昇して観測することも不可能。更に砲撃試験の際に発砲煙で前方が覆われてしまう問題も発覚した。

この状況を打開すべく従来の艦橋を撤去し、陸軍独自の設計で艦橋造りが成された。が、造船は門外漢な男たち。
試行錯誤を繰り返し、発砲煙に影響されず着弾観測も可能な高さをもつ艦橋が出来上がった。長く伸びた艦橋はまるで首長竜のような容姿となり、艦橋に立った工廠員があまりの高さと見晴らしの良さに失神したという逸話もある。

こうして出来上がった陸軍生まれの軍艦崩れは試験運転を何とか合格し、試験運用まで漕ぎ着けたという訳である。


そんな事情など一兵卒の私が知るわけなどなく、ただただ邪魔でしかなかった。
砂嵐による推進装置の故障で行軍が止まること2回。敵偵察機から隠れるために回避行動に時間をとられた事は数えるのを止めた程だ。おかげで到着がかなり遅れた。

「あいつがいなかったら10日の休みが貰えたかもしれないってのによ」

「そう腐らないで下さいよ、小隊長」

「そうそう。敵だっていつ動くか分からないんだし、予定通り5日も休めたんだから贅沢は無しですぜ」

 作戦実行を明日に控え、私たちは配給飯を食べながら雑談をしていた。私の小隊以外にも、普段から行動を共にしている小隊や装甲戦車デーヴァⅢ号の戦車兵達も話の輪に入っている。いつ死ぬか分からない状況下、どんな言葉が最後の言葉になるか分からない。私の下につく20名の部下達には雑談を楽しむように常に言っている。死への恐怖を紛らわせるため、少しでもそのことから頭を遠ざけようと自然と雑談が盛り上がる。

自分の銃剣は敵20人の血を吸ってきたなどの武勇伝を語る者。同僚の戦車乗りから聴いた敵戦車の話を物語風に話す者。噂のメル=パゼル共和国の女性パイロットスーツの下着を見たと言い張る者。
みんなが自分の持っている話題をどんどん出し、笑い、興味を示し、また話が盛り上がる。
そんな中、仲のいい虎髭の似合う小隊長がこんな話をしてくれた。

「噂だが、あの鈍亀の乗員は空軍の新兵って話だぜ?お空に飛ばすにゃまだ青いってんで新人育成も兼ねて乗ってるようだ。もっとも、俺たち陸軍に軍艦を動かす知識なんてねぇから助かるんだがな。・・・浮遊エンジンの一件で空軍と取引したって話だ」

これも噂だがな。と付け足す虎髭殿だが、粗暴な容姿に似合わず情報通な男だ。言っている事にほぼ間違いは無いだろう。
背後から援護してくれる予定の味方が新兵とは、不安で仕方ない。誤射なんてされた日には恨んでも恨み切れない。


「ま、出番なんてあるかわかんねぇぜ?俺たち陸軍の底力をみせてやろうや」

虎髭を震わせながら豪快に笑い飛ばす彼に賛同するようにその場の者たちが「そうだそうだ!」と呼応する。
行軍の疲れも癒え、士気も充分。
戦場を生き抜いてきた歴戦の練度というものを、空軍の新兵共に見せ付けてやろう。そして連中に連邦陸軍ここにあり、と刻み付けてやる。

そう考えただけで私の心臓が熱くなる。自然と口が笑みを作り、獰猛な獣の如く歯をぎらつかせる。


夜も白み始めた頃、我々の大隊は網の目のように張り巡らされた塹壕地区を進み、最前線に到達する。
そして、野砲の一斉砲撃が響き渡った。


開戦だ。


 ハルパン守備隊の前進弾幕の砲撃が決戦の火蓋を切った。
それを合図に塹壕から這い出た大隊が一斉に敵陣向けて駆け出す。
敵陣から閃光弾が何発も打ち上げられ、私たちの影を大地に縫い付ける。直後、我々目掛けて敵機銃が唸りをあげる。パシ!パシ!と地面を叩く銃弾があげる土煙に怯むことなく、応戦しつつ前進を止めないため足を動かす。
一歩でも足を止めてしまったら、前に行く勇気が途切れてしまう。そんな恐怖が常に私の脳内を駆け巡っていた。

・・・怖い。怖いから前を向き、一心不乱に足を動かし、引き金に掛かる指を引き、発砲し、言葉にならない雄叫びを上げる。
敵帝国軍が進撃を阻むために土を盛り上げた簡易な壁が見えた。たどり着いた私は夢中でその影に飛び込む。勢いよく地面を滑った私の顔を容赦なく乾燥した土が覆う。咳き込みながら後方を確認するために目を向けると、小隊の面々が同じように滑り込んでくるのが見えた。

「小隊長!敵の弾幕が厚すぎて進軍が止まりました!」

「第3、第1中隊が後方で足止めを食らってると報告!デーヴァ3両で防衛線を張って応戦中とのことです!」

「出遅れたか・・・。機関銃中隊は!?」

通信兵からの報告を聴きながら辺りを見渡す。
この砂壁までたどり着いたのは先鋒を務めた私たちの小隊を含む第4中隊のみ。機関銃中隊は3小隊に分かれて私たちの傍に来てくれた。しかし、大隊の多くは分厚い弾幕で前進もままならない状況のようだ。敵の砲撃も開始され、ますます動けなくなっている。ハルパン守備隊の野砲はすでに射程圏外のため援護も望めない。この状況を打開するのは私たちしかいないという事だ。

「あと1両のデーヴァは?」

「はッ、我々の後方で簡易塹壕を掘って隠蔽中であります!」

「よし・・・よし、ついて来てくれただけでも僥倖だ。こちらも応戦だ!通信兵、大隊本部へ繋げてくれ」

今デーヴァⅢ号装甲戦車が前線に出ても砲撃で一瞬で粉砕されるだろう。勝機を見出すまで隠れるのが的確だと判断した戦車長は流石だ。
私はゴロリと身を転がせて通信兵の許へと移動する。少しでも頭を上げたら撃ち抜かれてしまうので、同じように地面に伏せている部下の上を転がっていくしかないのだ。通信兵から受話器を受け取ると、雑音に混じって大隊長の声が聞こえてくる。

<<報・・ザー・・・くは受けた。小隊長、戦線突・・ザー・・破出来そ、うか>>

「兵力が足りません!火力も乏しく、これ以上進めません!援護要請願います!」

<<要請を・・・ザー・・・承認し・・ガガッ・・・。・・・座標願う・・・!>>

「了解!座標1125a・・・2120d、観目方位角3600。どうぞ!」

手元の共通座標図から座標指定した直後、敵野砲の至近弾が着弾して土を被ってしまう。

真っ暗になった。
視界がなくなった。
息が出来ない。
上下さえも分からない。
何も分からず、ひっくり返った亀のように手足をバタつかせていた私の手を誰かが掴み、グイッと引き寄せた。

「おい!くたばるにゃまだ早いぜ!」

「す、すまん・・・。助かった・・・」

至近弾の爆音にクラクラする私の視界に虎髭が映る。彼の隊もこの土壁に到達していたようだ。
呼吸を整え、意識をハッキリと回復させた私は手放してしまって地面に転がっていた銃を取る。私の隣にいた通信兵は、頭に銃弾を受けて死んでいた。
私と同じように混乱し、無意識に立ち上がってしまい、そこを狙撃されてしまったのだろう。私も、虎髭殿が助けてくれなかったらこの通信兵と同じ死に様を晒していたかも知れない。

そう思うと、ゾッとした。

「で、どうする!?」

「・・・支援砲撃を要請した!要塞の壁をぶち抜いてもらったら突撃するつもりだ!」

「了解だ!こっちで通信を回しとくぜ」

私がぼうっとしているのを察したのか、虎髭殿が指示を仰いできた。付き合いが長いだけに気遣いがよくできた男だ。
今度、酒を奢ってやらないといけないな。

最終更新:2014年06月01日 19:58