デストロイヤー<前編>


 「デストロイヤー」について知ったのは街頭宣伝による戦果報告だった。その宣伝には誇張があったのかもしれない。戦場を駆け巡るグランビア乗りを、昔物語に出てくる姫を救い出す騎士のように仰々しく語る弁士の語り口調には笑いを誘った記憶がある。そんな人外な活躍が出来る者がいるわけが無いと、常識的に考えて分かっていたからだ。

 その噂の「デストロイヤー」に直接会うことになったのは、士官学校を卒業し、研修ということで重巡空艦アルバレステア級一番艦アルバレステアに乗艦した時のことだ。
多くの士官候補生は重砲艦アトラトルで経験を積むのだが、彼女のように卒業後すぐに重巡に乗艦できるのは異例中の異例である。彼女がクランダルト帝国良家の一人娘であることも理由の一つであるが、歴代最高の学績で卒業した逸材ということが大きな要因である。

帝国の未来を担う彼女にはある「秘密」があった。
それは「彼女」の声を聴く事が出来るというものだった。

「彼女」、それは帝国艦隊が機関として用いる生体機関の正体。かつて空の神と崇められたスカイバードの成れの果て。それが発するという「声」を聴くことが出来る者は少なく、艦長として大成した者は「彼女」の声を聴いたと云われている。その「彼女」の声を、彼女ことヴァルメリダ・グレーヒェンは幼少より聴く事が出来たという。ただし貴族階級の多くはスカイバードの存在を軽視する傾向にあり、軍本部もスカイバードと人を融合させて無人機を創ろうとしてるなど黒い噂が絶えない。その為、ヴァルメリダは家族にもこの「秘密」を隠さなくてはならなかった。
その生い立ち故、自分を律する事に長け、忠実に任務をこなす有能な人物に育った反面、鉄仮面をつけているかの如く無表情で固い態度が玉に瑕である。

その彼女はただ一人の士官候補生として重巡アルバレステアの指揮艦橋に入り、艦長にクランダルト式敬礼を決める。

「ミーレインペリウム(帝国万歳)!ヴァルメリダ・グレーヒェン士官候補、只今より正式に着任致しました」

「ハハハ、そう気張りなさるな。貴官の噂は聞いているよ、グレーヒェン殿」

 ネームシップに相応しい老練な艦長は、若いヴァルメリダを見て目を細めながら穏やかな笑みを浮かべて歓迎する。
対するヴァルメリダは噂通りの鉄仮面である。指揮艦橋にいる士官たちは、胆の据わった彼女に感心しつつも好奇の眼差しを向けていた。その視線の中でも彼女の態度は揺るがない。
緊張する新人を艦橋に呼び出し、皆が見つめる中で挨拶をさせるのが空軍の恒例行事であったし、船員たちは新人の反応を見るのが楽しみにしていたのだが、今回は新人ヴァルメリダの微動だにしない様子に賞賛するしかなかった。挨拶が終わり、担当上官の案内のもと、艦内を見て回ることとなった。このアルバレステア級は、帝国の軍艦の中でも高い対空能力を持ち、対艦砲撃においても高火力の砲撃を可能とする20.5cm砲を備え、艦隊指揮能力も持ち合わせる貴重な戦力である。数こそ少ないが、この頼れる存在が艦隊にいるだけで士気が上がるほどの影響力がある。

ゴゥン・・・ゴゥン・・・と隔壁の奥にある生体機関の駆動音を耳にしながら、ヴァルメリダは担当上官から今後の任務を伝えられる。乗艦しているからには何かしらの任務に就くのは当然である。とはいえ、士官学校から出たばかりの士官候補生に重要な任務を任せる訳にもいかないので、艦長副官補佐という暫定的な職務が言い渡された。

見て業を盗めということかしら・・・。と考えながら、ヴァルメリダは艦内で一番広い空間に出た。そこにいる乗員たちは整備兵のようで、動きやすそうなつなぎを着ており、服を黒々と汚しながら忙しそうに動き回っていた。

「ここは艦載機の格納庫だ。このアルバレステアには四機のグランビアが搭載されているのは知っているね?」

「はい」

「艦の中でも最も重要な区画の一つであり、艦の特徴でもある対空重視に、より厚みを持たせる意味でも欠かせない要素になるだろう。あぁ・・・彼らがグランビアのパイロットたちだ」

担当上官がグランビアの前で円になって話し合っていた男たちに声を掛ける。彼らがアルバレステアの盾と剣と目となる、グランビア搭乗員であった。
三人の搭乗員が担当上官に敬礼をする中、ただ一人おもちゃを見つけた子供のような笑顔で歩み寄ってくる男がいた。

「よぉう、いつから子守になったんだ?それとも召使いを雇ったのかー?偉くなったなぁ、え?もしかして隠し子か!隅におけねぇなぁこん畜生めー」

と、いきなり上官に向かってそのような事を言い放ったのだ。さすがのヴァルメリダも硬直してしまったが、慣れているのか担当上官はため息をつきながら軽く流す。

「ふざけるのも大概にしろ。こちらは本日付けで艦長副官補佐に任命されたヴァルメリダ・グレーヒェン士官候補だ」

「・・・こんなガキが?」

「そうだ。お前より頭も階級も上なんだから、敬語をしっかり使って失礼の無いようにしろよ。さもないとグレーヒェン家に消されるぞ?」

担当上官はしてやったりとニヤッと笑うと踵を返す。
かの男と担当上官は旧知の仲というか腐れ縁なのか、かの男がよく悪戯をしていたようだ。その仕返しができたと満足した担当上官はさらに追い討ちを仕掛けた。

「グレーヒェン艦長副官補佐に格納庫を案内して差し上げろ」

「はぁ?なんで俺なんだよ。他の奴にやらせろよ」

「君が一番暇そうだからだ、ディジル少尉殿。グレーヒェン艦長副指令補佐には後で報告をしてもらうのでしっかり、エスコートすること。報告、楽しみにしてるよ」

言い終わると、担当上官は階段を登っていってしまった。
残されたディジルという名の男はどうしたものかと視線を下げると、無表情で彼を見上げるヴァルメリダと目が合う。

「・・・なんだよ」

「本日付けで艦長副官補佐に任命されました、ヴァルメリダ・グレーヒェンです。担当上官から紹介を受けましたが、改めまして、自己紹介をと思いまして」

「ん・・・あ、おう。ご丁寧に・・・であります」

教科書通りの丁寧な敬礼をするヴァルメリダは、明らかに慣れてない敬語を使おうとするディジルを後ろで見ていた同僚のパイロットたちが笑いを堪えて肩を震わせているのを見た。
それに気付いたディジルが睨むと、蜘蛛の子を散らすようにパイロットたちは格納庫から逃げていった。去り際に「ごゆっくり~」と二人を茶化すことを忘れない辺り、普段からこんな調子なのだろう。

「まぁ、付いて来い」

ぶっきら棒にそう呟くと、ディジルが歩き出す。その後ろを無言でついてくるヴァルメリダの様子を、整備兵たちが遠巻きに眺める。

「悪ぃな」

「え?」

「新人が珍しいンだよ。慣れろとは言わねぇが、許してやってくれや・・・あ違った。であります」

「無理に敬語を使わなくても構いません。艦長副官補佐という肩書きは臨時のもので、ただの士官候補生です」

「おう、助かる」

整備の作業音が響く中、ディジルが足を止めた。
そこに格納されていたのは、帝国なら知らぬ人がいないほど有名な機。スカイバードを基盤とした機体を二つの生体機関が左右に付き、強力な榴弾砲を備えた傑作機グランビア。その胴にはエースパイロットの証たる十を越える撃墜マークが刻まれていた。

「俺の愛機、ツェアシュテーラーだ」

「ツェアシュテーラー・・・名前を、付けているのですか?」

「一緒に空を飛ぶんだ、名前が必要だろ?」

さも当たり前のようにサラリと言うが、機体は消耗品だ。生体機関の恩恵により多少の傷は自己治癒してしまうがそれでも消耗品であることに変わりないのである。グランビアは帝国を代表する傑作機だが、連邦の戦闘機に比べて機動力に劣る。その一撃こそ最強にふさわしいが、当たればである。
 そしてグランビアの最大の弱点であり帝国軍兵器全てにおける弱点である生体機関だ。当たり所が悪ければ一撃爆散もありえるリスクを持つ機体が長持ちするのは奇跡に近い。

彼が操る機体は何機目なのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていたヴァルメリダは、ふと機体下部に爆弾投下装置が付いている事に気付く。

「あの、これ・・・」

「六番(60キロ)から二五番(250キロ)まで搭載可能だが、大体六番だな。二五番は一撃離脱の奇襲戦法の時に使うんだがそんな出番もないから艦にもほとんど載っけてないんだよなー。ま、重たいから載せて飛びたくはねぇな。なんだ爆弾見るのは初めてか?六番なんて豆より二五番見てーよな、ちょっと待ってな。おい誰か!」

「いえ、そうではなくて。グランビアにはそもそも投下装置なんてありませんよね」

「つけた」

「・・・は?」

「無いならつければいいだけだろ。面白いこと言うんだな、おめーさん」

当たり前だろう?と首をかしげるディジルに、ヴァルメリダは眩暈が起きそうになった。
全ての艦、機体は艦観式で皇帝より各艦隊へ下賜する形をとっている。その誉れ高き機体に手を加えるとはなんということか。既に完成された形といっていいグランビアに、機動力を落とすような重りを乗せる行為は理解しがたいものがあった。

これは首都に帰ったら報告しなければならない事案である。
クランダルト帝国の象徴たる皇帝より拝領した物を勝手に弄り回して良いわけがない。この行為は最悪、皇帝への反逆であるのだ。そんなことを悶々と考えていたヴァルメリダの頭上に、「プッ」と噴き出すような笑い声が降ってきた。

「何か」

「おめーさん、分かりやすいな」

「なんの事・・・」

「皇帝より戴いた誇り高きグランビアになんてヘンテコなものを付けてるのだろう!これは報告しなければ!・・・なぁんて考えてたんだろう?」

わざとらしく演技掛かった口調で言い当ててみせたこの男に、ヴァルメリダは目に見えて狼狽した。
感情を隠し通すことにおいては自負があった。それをいとも簡単に見抜かれたことに、自分でも想像以上に動揺してしまった事に驚きを隠せなかった。

「あ、あの・・・」

「カマかけ半分だけどよ。あんだけ気配出してたら分かっちまうってもんだ。気を付けな、おめーさん見た目以上に素直そうだし顔に出ちまってるぜ。ま、経験の差だ!賭け事で培った観察眼は伊達じゃないんだぜ?」

おどけてみせるが、この男見た目以上に鋭い。撃墜マークを十以上刻んだエースパイロットなだけはある。
ヴァルメリダはディジルへの印象を改めた。そもそも気を抜いてよい人物など、この帝国には一人もいないのだ。初めての実地に気を張りすぎているせいか、変にピリピリしてしまったのだろう。

一呼吸深く吐き、気持ちを静める。これ以上の動揺は好ましくない。

「お気遣い、ありがとうございます」

「・・・やれやれ」

また鉄仮面に戻った少女を見下ろしながら、ディジルは苦笑いをしてしまう。
彼女と親睦を深めようとした結果、逆に警戒心を煽ってしまったようだ。どうも普段から周りと一定の距離を保とうとする姿勢があるようで、近しい距離に来られるのを拒んでいるように感じた。

 年端もいかない少女とコミュニケーションをとったことがない彼はポリポリと頭を掻きながら他の話題を探す。これ以上の減点は防ぎたいところ。しかし、思い浮かぶのは酒に煙草、好みの女の話。とても女の子と話す話題ではない。
自分で語りたくないが、自身の武勇伝を話してみるかと思っていると、見かねた神様が助け舟を出してくれた。

「ディジル。任務の途中ですまないが、ちょっといいか」

格納庫に降りてきたのは、先ほど別れた担当上官だった。
サッとヴァルメリダが敬礼をするのを制し、担当上官がディジルに告げる。


「哨戒任務だ。夜間偵察部隊の連中と艦隊の空域を警戒するんだ」

「おいおい急な話じゃねえか。仮眠も取らずに夜間偵察は流石にキツイぞ」

「夜目も利いて感知能力が優れてるのはお前だけなんだ、ほんの二、三時間飛ぶだけでいい」

「・・・理由はなんだ?命令しないってことは何かあるよな」

「あー・・・。艦隊の各艦長を呼んで晩餐会をする・・・その警護だ。連邦の奇襲を受けて首脳陣壊滅なんて笑えないだろ?な、頼むよ」


申し訳なさそうな担当上官に暫し唸った後、ディジルがボソリと呟く。

「あとで何か差し入れしろ」

「ああ!勿論だ」

途端に笑顔になる担当上官を背に、「やれやれ」とため息混じりにグランビアに乗り込む。
ヴァルメリダは担当上官と共に格納庫の管制室に入る。仕事をしていた整備兵達も一斉に避難し、ブザーが鳴り響く。
格納庫はアルバレステアの前方にある滑走路と直結している。今、その隔壁を空気圧を調整しつつ開放しようとしているのだ。

「こちら管制室。一番機、どうぞ」

<こちら一番機、準備よし>

管制室のスピーカーからディジルの声が聴こえた。
ロックを外されたグランビアが、ゆっくりと滑走路へ動いていくのがガラス越しに見えた。

「滑走路異常なし。風圧よし。視界良好。発艦願います」

<了解。一番機発艦>

先ほど会話していた時のような軽い口調とは一変した、淡々としたディジルの声を残し、グランビアは夜空へ飛び立っていった。
最終更新:2014年09月10日 13:06