元・帝国クライプティア級駆逐艦艦長の手記

 

 クライプティア級駆逐艦艦長、ライドバルド書す。

 俺の日記が無くなっちまった、代わりにこれを借りるぞ。
 誰のか分からんノートだが少なくとも生きてはいないだろう、確認は取ったからな。
 畜生め、あの偵察機のせいで落とされちまった。
 ただ墜落する時に生体器官が生きていたのが幸いだった。
 砂漠に墜落する瞬間にコイツが最後の力で墜落を不時着まで軽減してくれた。
 まぁ、それでも半数が死んだがな。
 それでも60名弱生き残ったのは僥倖というしかない。
 墜ちる時もできるだけ帝国側に墜ちたが、戦闘はどうやら終わったらしい。
 まぁ、渓谷を奴らに取られて後は痛み分けだろう。
 ただ帝国軍は勢力の版図を大きく下げたようだ。
 救出部隊がうろついてない事を見てもすぐ分かる。
 もしくは、名誉の戦死だな。
 連邦は捕虜を家畜の餌にしていると聞くが、かといって帝国が捕虜の取引交渉をしている所を見たことが無い。
 どちらが正しいにせよ俺は妻子がいるから帝国に帰らなければいけない。
 生きて帰れるか分からんがな。
 どちらにせよ名誉の戦死だったらもう妻にも報告は行ってるだろうし、たぶん親戚が面倒を見ているだろう。
 その場合俺が帝国に帰ったとしても銃殺かプロパガンダの広告塔に使われるという。
 全く面倒だぜ、死か英雄の2択なんてな。
 愚痴はここまでにして、ノートとしての本来の使い方をしないとな。

 食料、弾薬、衣類、医療品、死体を掻き集めた結果、かなりの量が手に入った
 当然だ、艦の全てをひっくり返したんだからな。
 ただ食糧庫が半分潰れていた為に俺の大好きな味の肉缶が取れなかったのは残念だぜ。
 まぁ、死体は遺品を回収して砂に埋めてやる事にした。
 艦の中で腐らせるわけにもいかんしな。
 砂を掘って穴を作るより死にかけの仲間に止めを刺す方がよっぽど疲れるってもんだ。
 水の確保が一番重要だ、夜に動くとはいえ水は大量に持っておく必要がある。
 ただし真水なんてものは持っていけるわけがない、というわけで酒をありったけ集めた。
 だが酒瓶は全て割れているので四角い缶に入った物だ。
 数日までなら水は持つので水入りドラム缶を3缶ほど持たせる。
 水は別にいいが、缶入りの酒はなんとも風情が無いものよ。
 食料品は缶詰がメインだ。ナマモノを持っていけるはずがない。
 衣類は洋服からカーテンまで布になる物ならすべて集めた。
 これをツギハギすれば太陽から体を守ってくれる衣服になるし、包帯にもなる。
 医療品は当然持っていく、この時点で大事なのは火傷に効く軟膏だ。
 切開、縫合器具も要る、感染症を防ぐ粉末もだ。
 途中で多肉植物があれば万々歳だ。戦車乗りの奴らに教えてもらったがアレは火傷にも効くし食せるらしいからな。
 武器弾薬に関しては必要最低限だ、発煙筒、発炎筒と信号銃は必須ではあるが。
 あとはランタンだな、夜闇の中をを歩くのだから必須と言える。
 なんでも布で果肉を押し潰した物を火傷部分に巻けば良いらしい。
 出発の準備は整ったが、まだ日が出ているので出発は出来ない。
 というわけで墜落記念と言うと縁起が悪いが、持ち出せない食料の一斉処分をすることにした。
 ありったけの可燃物を持ち寄って火を付けた。
 これには艦の重要書類等も入っているので一発で2隻落とすようなものだ。
 そしてナマモノを焼いて食べる。貴重だが酒も各員に1杯回す、2杯目からは水でも飲んでやがれ。
 盛大にやって連邦の奴らに見つかるわけにもいかないので粛々と騒いだ。
 日没付近に出発だ。

 

 


 日の出が近づいた辺りで行軍は終わりとなった。
 当然岩場の日陰を陣取ってツギハギした布で張り付けて天幕にする。
 夜は昼とは真逆に寒かったが、熱さで体力がなくなるよりはましだった。
 持ってきた燻製肉を分け合う、一応燻製なら持ち運べるからな。
 あとは水だな、今日明日で全員が使える水は使い切るだろう、あとは酒がたんまりあるからそれを飲む。
 歩哨はくじ引きで決める、誰だってこんなクソ熱い中外で立っていたくない。
 だが連邦の奴らが来たり、味方の偵察隊が見つけてくれるかもしれないので絶対に必要だ。
 そのために布でポンチョと簡易テントを作っておく、これがあるだけで大違いだ。
 歩哨には燻製肉と水を持たせてある、酒はさすがにまずいだろうからな。
 発煙筒と信号銃は拾ってきていたのでそれも持たせる事にした。
 何日で助けが来るかの賭けをしたり札遊びをしているが正直かなり暇だ。
 体を動かしたいが、この熱さでそれは自殺行為だからな。
 とにかく今は耐え忍ぶのみ、だ。

 

 


 くそったれ、何者かのからの狙撃で何人か死んだ。
 奴ら闇夜の中ランタン持ちを狙って撃ってきやがった。
 幸いに撃たれた仲間を回収は出来たが、死んだ奴はともかく小康状態の奴を見捨てることはできない。
 とにかく身を隠せる場所まで進んでそこで応戦体制を取った。
 そこまでは良かったが、応戦しようとし始めた途端に敵からの攻撃が止んだ。
 応戦体制を取ったまま夜が明けた、今日はもう動けなくなったわけだ。
 天幕を張って敵に備える事にしたわけだが、一向に襲撃は来ない。
 もう夕方が近い。
 夜は行軍するかここに留まるかで多数決を採った。
 結論は留まるだった。自分もそれに一票入れた。
 小康状態の奴らを動かすわけにはいかんからな。
 ただし夜襲に備えて歩哨の数と範囲を増やす。
 更に信号銃を持たせて何かあれば信号弾が撃ち上がるだろう。
 ところで隠れた場所の近くに多肉植物の群生地を見つけた。
 日焼けによる火傷をしている奴らに軟膏と一緒に与える事にした。
 それでも余ったものは食用に回すことにした。
 なかなか美味かったぞ。
 そろそろ明日の為に寝る。

 

 


 日が完全に昇ってから多肉植物を取りに行く。
 小康状態の奴らは一応回復してきてはいる。
 おぶって運ぶ分にはなんとか大丈夫な状態だった。
 しかし襲撃があるかもしれないので、今日もここに居座るか多数決を取りそうだ。
 水と酒のストックは一応まだあるにはあるが、何とも言えない。
 というか狙撃してきた奴らは誰かもわからない。
 連邦の送り狼だったらまだいい方だ、帝国の方向に逃げればいい。
 帝国の粛清部隊か何かだったらもう目も当てられない。
 いや、帝国だったら迎え入れた上で裁判にかけて銃殺だろうから。
 連邦の奴らの送り狼と考える方が良いだろう。
 その方が精神的にも楽だ。
 というかこんな文章が帝国の上層部に見つかったら銃殺されかねんので、後で焼いておかなければ。

 多数決の結果、今日も居座る事が決定した。
 これで何も無かったら明日はここを出発する。
 敵は移動中に狙って来るのだろう、それをどう切り抜けるかが大事だ。
 それをするには陣形を考える必要があるな。
 広くし過ぎても統制が取れないし、どうしようか。
 というか熱さと狙撃のストレスで士気が落ち始めている。
 小さいいさかいが起きているのは少し危ない兆候だぜ。
 戦闘艦の乗員にも地上でのストレス訓練を受けさせるべきだと帰れたら進言しておくか。

 

 


 ちくしょうめ、まさか俺が撃たれるなんてな。
 奴ら狙撃の鉄則をしてきやがった。
 仲間の手足を撃って助けに来た仲間を打ち殺すなんてな。
 しかも奴ら仲間をおぶっているやつらから優先して撃ってきやがった
 たまたま近くにいた俺が助け出そうとしたら撃たれちまった。
 片足が吹っ飛んだだけで命までは取られなかったがな。
 人間っていうのは良くできているもんだ。
 片足が無くなって倒れた時はなんで倒れたかが分からなかったもんだ。
 仲間に運ばれて俺の片足が遠くに落ちているのを見た時にやっと足に痛みが戻ってきた。
 しかしこれで何人かまた死んだ。
 生きてはいたが助け出せなかった奴もいた。
 くそったれ、こっちが攻撃手段がほとんど無いからって。
 今度は俺がおぶわれるのか、情けないもんだぜ。
 しかし奴ら相当渓谷よりこっち側にずいぶん詳しいみたいだ。
 スパイか何かでもしてたのか?
 だとしたらそれも進言しないと帝国の不利益だが。
 報告できるといいな。

 

 


 クライプティア級駆逐艦砲雷長、ガルド書す。

 艦長が死んだので自分が代筆を。
 くそ、仇を取ってやりたいが何ともしがたい。
 また移動中におぶっている組から狙われていった。
 奴らが何処から撃ってきたのかが分からない、しっかり歩哨は立てていたはずなのに。
 ああ、艦長が死んだというのは正確には間違いだ。
 狙撃で分断されて艦長を助けることが出来そうにないので頭を撃ちぬいて置いてきたのだ。
 他にも身を軽くして逃げるために物資もいくらか捨てて行くほかなかった。
 また何人も死んで、更に艦長が死んだことで指揮はガタ落ちだ。
 もう仲間割れが起きるのも時間の問題だ。
 60人弱いた仲間も45人に減り、そのうち自立できない者は11人。
 艦長は書いていなかったが、死体はその場に埋めてきている。
 しかし艦長を埋めてやれなかったのが残念だ。
 今から埋めに戻るか悩むが、それでは艦長を見捨てた意味が無いので祈るしかない。
 当然今日はここで天幕を張って歩哨を立てる。
 捨てた物資のおかげで身軽にはなったが籠城はし辛くなってしまった。
 帝国の戦闘機は全く飛んでいないのが気になる。
 飛んでくるのは連邦の偵察機ばかり。
 いっその事連邦の偵察機に向けて信号弾でも撃って投降しようか。
 いや、狙撃されていることを考えると懸賞金でも付いているのだろうか。
 その場合機銃掃射でもされるのがオチだ。
 連邦は捕虜を取らないというのは本当なんじゃないかと思い始めている。
 自分たちのような老輩より下の奴らは帝国の思想教育によって連邦が捕虜を家畜の餌にしていると教えているらしい。
 だが自分たちは連邦から捕虜の情報が流れてきているのを知っている。
 知ってはいるが、それを言うと処罰されるので言わないだけだ。
 こんなことをここに書いているのは半ば愚痴のようなものだ。
 生きて帰れたらこれを焼き捨てなければ。

 

 

 

 一夜明けて近場を捜索したら多肉植物の群生地があった。
 良かった、これで治療と食糧に余裕が出る。
 酒はまだあるのが、水が無くなった。
 ここまで来て敵の偵察機がいるとなると帝国はここ一帯を放棄したのだろうか。
 だからあのグレーヒェンを連れてくるのは嫌だったんだ。
 愚痴は置いておいて、もうここから動けない事は明白だ。
 足を失ったものが11人もいるのだ。
 34人で荷物まで含めて全て持って移動するのは無理に近い。
 ただそれを話すと絶対争いが起きる。
 もちろん話さなくても察しが良いのはすぐに気づくだろう。
 11人が置いてけぼりを食うのは時間の問題だ。
 ただ必要ならばそれをしなければいけない。
 我々はなんとしても帝国に帰らなければいけないし、あの狙撃手の存在も知らせなければいけない。
 そのための犠牲を払うというのなら払うまでだ。

 

 


 さて、昨日書いておいてなんだがもう仲間割れが発生した。
 案の定11人を置いて身軽になろうという事だ。
 たった今10人になったがな。
 ともかくこのままでは決定的に仲違いが起こってしまうので仲裁に入る。

 10人を置いていくことが決定した。
 だが自分や数名も残る事を条件にした。
 こうすれば10人を世話できる。
 何より身軽になった仲間が帝国までたどり着けば助けに来てくれる。
 たどり着けなければ終わりだ。
 ともかく妙な一蓮托生感を醸し出すことでその場を収めた。
 遠征組とでも名付けるか、彼らのリーダーは給食長のエルデに任せる
 彼は血気盛んだが面倒見は良い。
 彼なら体力のある食事でもって遠征組を支えてくれるだろう。
 あとは自分が出来ることは何もない。
 待つのみだ。
 そうするとこのノートは自分が持っていても、と考えたが燃やさなければいけないんだったな。
 迎えが来たらその場で焼き捨てよう。

 

 


 最後の皆での晩餐を済ませてから遠征組は出て行った。
 晩餐に使ったのは燻製肉だ。
 もう痛んで虫が集っていたところなので、消費できて清々した。
 心配なのは狙撃手がどちらに行くかという事だ。
 先日までの行動パターンから考えて出て行った26人を追うのだろうが。
 しかし半ば仲間割れに近い状態で18人、10人は身動きが取れない。
 この状態で自分達を狙ってこない事があるだろうか。
 見張りもろくに出せないので敵に近付かれたら手の打ちようが無いのは明白だ。
 なんとかしなければいけない。
 しかしどうやって。
 もしかしたら敵は自分達が干物になるまで待っているのかもしれない。
 何を考えても悪い事しか考えられない。
 それを承知で残ったのだから耐えなければ。
 配置を考えよう、10人の世話は2人で行うので6人。
 6人のローテーションを考えなければ。
 熱い日差しに対して6人で回さなければいけない。
 夜になったら周りが見渡せる岩場に偽装テントを張る事にしよう。
 その際に敵に気付かれずに交代できる道が必要だ、それも考慮に入れなければ。
 見当は幾つか付いているので夜になったら。

 

 


 狙撃手の影に怯えながらテントを設置した。
 わずかな月明かりだけが、気を張った自分たちにとってはありがたいものだった。
 そして朝になったわけだ。
 今の所敵の影ひとつ無い。
 やはり遠征組の方に行ったのかもしれない。
 彼らが心配だ。
 ただし身軽になった彼らは上手く逃げおおせるだろう。
 たとえ被害が出ても、それは彼らに取って枷にならない。
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切り取り跡
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 ちょっと低い所をスカイバードが飛んでいた。
 丁度良い、アレにでも祈っておこう。
 どうせ助けが来たら燃やすんだ。

 

 


 すまんな。
 帝国の捕虜を入れる場所はもう無いとの上からのお達しだ。
 実際はまだ大量にあるのだろうが、紛れ込んだスパイが捕虜を巻き込んで蜂起するのを危険視したんだろうな。
 それを避けるために、帝国には連邦の悪行を見てもらわないといけないんだとさ。
 秘密裏にこういった事を行う事で帝国の敵愾心を高まらせる必要があるそうだ。
 だがこんなことをやっても帝国と連邦が戦い続ける限り帝国兵の捕虜は増え続けるだろう。
 ただ、これが正しいのかは知らないし、知る必要はない。
 これに書いているのも贖罪なのかもしれないが、もう終わったことだ。
 ここを放って出て行った奴らも何人かは帝国に拾われたろうし、ここに帝国の救援隊が来るのも時間の問題だ。
 もう遅いがな、運が無かったと思ってあきらめてくれ。
 帝国の人間がスカイバードに祈るのは禁忌だろうから、それも一緒に切り取っておくぞ。
 これでお前―ガルドと読むのか?―も英雄だろう。
 どこでも死んだ英雄が一番祭り上げられるだろうからな。

 

最終更新:2014年08月10日 23:59