デストロイヤー<中篇>

 重巡アルバレステアから飛び立ったディジルは、後方に随伴していた偵察母艦から数機の護衛戦闘機マコラガが編隊を組んで接近してくるのを認める。
この偵察母艦は空母の艦載量に負けるが、索敵範囲を拡大させ艦隊の安全圏を十分に確保できる数の索敵機を飛ばすことが出来、索敵機からの情報を管理・整理し、より正確な情報を導き出せる設備の整った母艦としての能力が非常に高い。索敵機として運用されているマコラガは帝国初期の旧式戦闘機で、機銃を一丁備えているだけの軽装備だがグランビアより早く、軽量なため運用しやすいのがメリットだ。現地の改造で複座型になり、銃座にドラム式機銃を付けるなど若干の火力補強をしている。

とはいえ、各艦隊全てに配属できた訳でもないため、時々増援として各方面へ転々と移動する艦もあるほど重宝されている。
偵察機を満載した箱型の格納庫を背負うような格好の母艦は、孫のために忙しなく動き回る御婆ちゃんのように見えるということから愛称は「婆や」である。戦闘の際は全くの非力なので後方に控えているから、とも云われている。

その「婆や」の索敵機マコラガの隊長から無線が入る。

<増援に感謝する>

「ほんの三時間の散歩さ」

<二機付ける。前方の哨戒を頼みたい>

「了解。敵発見の際の合図を教えてくれ」

<パルス信号テ連呼、以上だ>

了解の意を込めてサムズアップし、隊長もそれに応え各機分散した。
後ろにいるマコラガ二機も哨戒のため艦隊前衛の索敵圏外へ飛んでいった。

高高度の空は寒い。吐く息も凍ってしまいそうな世界はいつも顔を変える。今日のように視界の良い日もあれば肌を刺すばかりの極寒の嵐の日もある。ディジルは夜間偵察兵ではないが、こうして夜の空を飛ぶことが好きだ。敵機の尻ばかり追いかけている戦場の空と違い、普段見上げない空をじっくり見ることができる。仲間内では空は見飽きたと不満を漏らす者もいるが、空は決して同じ顔を見せることはないと思う。そしてディジルはその中でも夜の空が好きということだ。

ふと、眼下の重巡アルバレステアに目をやる。
あの不器用な少女のことが少し気にかかった・・・が、深く考えることはやめた。考えたところで自分には関係ない事だ。そんなことよりあの野郎が何を持ってくるかを楽しみに、夜の哨戒任務を続けたのであった。



 一方のヴァルメリダはディジルを見送った後、艦長と共に晩餐会に出席することになった。辞退しようとしたが、艦長不在の際、副艦長が艦の指揮を執るため副官補佐のヴァルメリダが艦長に随伴することが決まっていた。
グレーヒェンの名が有名すぎるのと、新米士官の自分が各艦長の出席する晩餐会に参加することは悪目立ちするばかりである。そんな彼女の心意を読んでか、艦長は「心配ない」と微笑んでみせる。

「そもそも、これはただの晩餐会ではない。食事は大切だがね?わざわざ艦隊の首脳陣を集めるのなら危険な空で行う必要はないのだ。この意味、君ならば分かるね?」

そういえばこの艦隊は帝都から出発した艦隊と地区艦隊の連合艦隊であった。ヴァルメリダも最初は帝都から出発した艦に乗せてもらい、合流してからアルバレステアに乗艦した身である。艦隊運動は連携こそが全てである。少しでも乱れが生じれば敵に付け入る隙を与え、瓦解を招く。ヴァルメリダが見てきた通り、地区艦隊は帝都艦隊と装備に違いがある。つまり戦法も違うということだ。その打ち合わせも兼ねての晩餐会、ということだろう。

「長らく一緒にいる艦隊なら連携は容易だ。しかし、即席の艦隊を率いるには互いの信頼関係を築くことから始めなくてはならない。これは容易なことではないが、とても重要なことだ。覚えておくように」

ヴァルメリダに言い聞かせるように語った艦長はさながら士官学校の先生のようだった。
彼女たちの前では、晩餐会の為に艦内の倉庫から運んできた長テーブルに白いテーブルクロスが掛けられ、アルバレステアの主計課が腕によりをかけて調理した料理が並べられていく。帝国国内の主食は、栄養の塊を吐き出す「生体」に寄るものが多い。これも帝国独自の生体機関研究の賜物だ。

見た目は悪いが栄養価もあり、大軍を率いる帝国の大切な食糧である。
この栄養価の高い物は食べ慣れているので、晩餐会では味の良さに重点を置いた主計課が工夫を凝らし、見た目を良くしようとこの「栄養の塊」を肉に見えるよう形を整え味付けを変え、貴重であまり使えないポテトや果実をふんだんに使った絶品料理を仕上げた。パンも固く酸味のある黒パンではなく、やわらかく風味高い白パンが添えられている。料理の友、酒も用意され準備万端である。
 普通の肉料理を出さない理由を主計課が答えてくれた。
彼曰く、「地区艦隊では肉の供給が難しいので、普段食べ慣れてない肉を食べて腹を壊す人が出る可能性があるので控えました」との事。ちょっと可愛い理由でホッとした。

そうしている内に、艦隊の艦長達がアルバレステアに到着したとの報告がぞくぞくと上がってきた。
隣室では食事中の音楽を奏でる楽器隊が最後の調整を行っていた。艦長がフォークを持った瞬間に演奏を始める事、会話の邪魔にならぬよう、それでいてムードを醸し出すよう心掛けるようにと指揮者役の士官が念入りに確認しているのが聴こえた。
楽器隊は腕を鈍らせない為に普段から楽器をいじっており、時折リクエストを受けて食堂で演奏をする者もいる。ヴァルメリダもそんな演奏を聴くのが密かな楽しみで、演奏者が演奏するのを食堂で待ってみたりもしている。


 艦長たちが入室し、アルバレステア艦長にクランダルト式敬礼をした後、席に案内されていく。艦長の傍らには士官が一人付き従っている。ヴァルメリダと同じ付き人なのだろう。
しかし、ヴァルメリダの席があるというのに彼らの席はなく、艦長の後ろに控えている。一瞬困惑の表情を浮かべた彼女に、艦長が声をかける。

「驚かせてすまない。艦長たちがどうしても君を紹介して欲しいと頼んできてな・・・。それに、作戦立案に関わった君にはこの席に着く権利もある。どうかね?」

「光栄です、艦長」

この晩餐会の主な目的は帝都艦隊と地区艦隊の情報共有、作戦会議である。その作戦立案にヴァルメリダも参加し、意見が採用された。グレーヒェンの名を気にしての採用ではなく、彼女自身の才能を買っての事と分かったからこそヴァルメリダは素直に艦長の言葉を受け入れる事が出来た。先ほどのためらいも消え、臆することなく席についた。



 晩餐会に出席した艦長の顔ぶれは次の通りだ。
帝都艦隊所属、第八空雷戦隊旗艦の軽巡バリステア級三番艦ノリツィオンヌ。第八空雷戦隊第十四駆逐隊クライプティア級駆逐艦十番艦アリケミティア、五番艦ファルネア、七番艦ゴライツィア、三十番艦コンベアの各艦長五名。
地区艦隊所属、第二空雷戦隊旗艦の軽巡フレイヤ級二番艦エクシード。第二空雷戦隊第三十駆逐隊クライプティア級駆逐艦九番艦アカッツィア、二十六番艦ラグナバリア、十八番艦メィリスフィア、十九番艦ヤルマルティアの各艦長五名。第七七重砲部隊重砲艦アトラトル艦長六名。計十六名の空の男達が勢揃いした晩餐会はなかなかに圧巻である。
その中心に、連邦から「修羅」と恐れられている地区艦隊旗艦重巡アルバレステア艦長がヴァルメリダの隣に座ったところで、晩餐会が始まった。「婆や」艦長は哨戒任務指揮の為、欠席となっている。

「司令官、ディジル殿は本日欠席でありますか?」

食事が進む中、フレイヤ艦長がアルバレステア艦長に尋ねた。地区艦隊旗艦を務めるアルバレステア艦長は司令官の役職も兼ねている為、艦長仲間から「司令官」と呼ばれている。

「彼は哨戒任務に急遽就いてもらっている。はは、彼への勧誘はまた今度ということだ」

「それは残念。今回こそはと意気込んでいたのですが、上手くかわされましたなぁ」

何人かの艦長も「残念ですなぁ」と苦笑いをしていた。
その反応にヴァルメリダは首をかしげる。間違いでなければディジルというのはあのグランビア乗りのことだろう。艦長たちの言う勧誘とは何なのか。尋ねてみたかったが、ここがただの晩餐会ではないことを思い出し言葉をポテトと一緒に飲み込む。ほどよい塩味が効いたポテトの味はグレーヒェン邸専属コックの味に敵わないが、ここ戦場の空で歴戦の猛者たちと食べれるという事が何よりのスパイスになった。今まで食べた食事の中でも二度と味わえない、一度きりの初心の味がコレなのかと感慨深げに咀嚼する。
 ふと、帝都艦隊の軽巡バリステア級ノリツィオンヌの艦長の後ろに控えていた付き人の一人がずっとこちらを見ていることに気付く。眼鏡をかけた色白の青年で食い入るようにヴァルメリダを見つめていた。彼女がその視線に気付いた瞬間、目に見えて狼狽して視線を反らす。その気配を察したのか、艦長が後ろに振り返る。

「どうしたシュネイリ曹長」

「あ、いえ!その・・・!」

シュネイリという青年が大慌てで手をバタバタさせ誤魔化そうとするが、その声があまりにも大きかったので他の艦長、付き人たちの視線を一身に浴びることになった。一瞬の沈黙が彼にとって百年のように感じただろう。白い顔から血の気が引いて青白い領域に達しようとしていた。
このままでは失神してしまいかねないのでアルバレステア艦長が助け舟を出す。

「ふふ・・・艦長、彼は誰かね?」

「は、司令官。シュネイリと申しまして、士官を志しております。一時はアカデミーにいたようですが自身で編み出した理論を実践したいということでアカデミーを飛び出したまではよかったのですが、行く宛ても無く途方にくれていたところを拾いましてな。なかなか良いセンスを持っておりまして、私としては期待大であります」

ノリツィオンヌの艦長がニヤリと笑いながら「ただ肝っ玉が小さいのがいけませんなぁ」と冷やかすと艦長たちも豪快に笑い飛ばした。「かんちょぉ・・・」と情けない声を出すシュネイリに、アルバレステア艦長が質問する。

「それで?君が確立した理論とはなんだね?とても興味深い、話してくれるかな」

「は、ハッ!アルバレステア艦長!わ、私の提唱する理論とは、そ、それは砲撃観測による回避運動理論であります!」

「ほほう、興味深い理論だね。あとでじっくり聴かせて貰うとしよう。艦長、良い人材を見つけたな」

じわりと年季の入った笑みを浮かべたアルバレステア艦長の言葉に、ホッとするのと同時に緊張の糸が切れて汗をドッと吹き出しているシュネイリを見つつ、ヴァルメリダは先ほどの話を思い出す。
「砲撃観測による回避理論」、それは士官学校に在籍していた頃に読んだ本の中にあった。敵艦の砲撃を観測、その予想弾着を計算し回避するという戦術理論だが、長距離砲撃戦の場合のみ有効且つ制空権を確保した状態であること、観測条件が整っている環境であることが挙げられ、そもそもどうやって観測するかが確立していないとして未発展の理論であると記憶している。
この青年が確立した理論とはその理論を発展させたものか、それとは別の理論を確立したのか。もし実践できるまで理論を構築出来ているのなら、艦の損耗率を大幅に改善できるだろう。

考えに耽っていると、「さて」という声が響いた。
声の主はアルバレステア艦長だった。その声質、目つきに各艦長は姿勢を正す。ヴァルメリダも思わず普段でもピシッとしている姿勢を更に正してしまう程、彼の漂わせる雰囲気は圧倒的だった。これがアルバレステア初代艦長にして地区艦隊司令の貫禄というものなのだろう。


「諸君、現在我々は越境し侵攻してきた連邦を殲滅するために進軍中である。国境守備隊からの報告によると連邦軍の戦力は三艦隊ほど。現在も更に集結中と見てよいだろう。・・・残念ながらこの報告以後、守備隊からの連絡は途絶えている」

艦長の言葉に、ヴァルメリダの顔も険しくなる。
普段、小競り合い程度の戦闘しかない地区では駆逐艦が二隻、重砲艦が三隻程度しか国境に配備されていない。そこに大艦隊が進入されたとなれば壊滅は必然であった。

艦長の言葉は続く。

「更に悪い事に敵艦隊には空母とみられる艦影が認められる。対するこちらの航空戦力は我がアルバレステア艦載のグランビア四機、哨戒機マコラガ十機程度。重戦闘機ゼイドラ隊を要請したが受理されなかった。よって、制空権は向こうに取られた形で戦闘に入ることになる」

 これほど敵側に有利な戦況は珍しい。
我らクランダルト帝国が物量に任せて攻め入るのが常であったが近年激しい戦闘が続いた為、艦の修復や補給が追いつかず、結果として辺境の地では引退した旧式駆逐艦を引っ張り出して使用している始末だ。この地区でも同じように戦力が不足しているが駆強襲艇コアテラが地上都市を巡回しているだけマシである。帝国に対する不満がある都市は少なくない。少しでも監視の目が弱まれば反旗を翻し、我々の背中を狙ってくる。
この艦隊にコアテラ部隊を参加させなかったのはそれを警戒してのことだろう。帝国も一枚岩にはいかないという事実を突きつけられた気分だ。

ヴァルメリダの感情を他所に、アルバレステア艦長率いる地区艦隊の面々には日常茶飯事のようでそれほど動揺はない。
彼らが懸念しているのは航空戦力の不足なのだろう。先ほど哨戒機マコラガが戦力として挙げられたが、優秀な目を持つ彼らを失うわけにはいかないので恐らく戦闘に参加できないだろう。
実質、アルバレステア艦載のグランビア四機のみが頼りとなる。敵機による戦列の撹乱は即席艦隊にとって厄介極まりない。連邦の戦闘機はグランビアの誇る強力な榴弾砲を持っていないが、生体機関を持つ帝国艦にとって脅威な存在に変わりない。


「この不利な状況を打開する為、我々は奇襲作戦を展開する。これはグレーヒェン副官補佐からの案を採用したものだ」

艦長がわざわざ言ったのはヴァルメリダがこの作戦に絡んでいることを明確にさせる意図があるのだろう。
それを察して各艦長も同意の意を込めて頷いている。

「作戦内容は地区艦隊が敵艦隊と交戦、帝都派遣艦隊は生体機関を最小限まで抑えた無音航行で敵直下まで進入し奇襲を行う。奇襲艦隊がポイントに着くまで敵の目を囮に釘付けにする必要がある。そこで、地区艦隊の先陣はこのアルバレステアが務めよう」

「なっ・・・!」

艦長の言葉に、思わずヴァルメリダは声を漏らす。
あらかじめ作戦を立てた際、囮には足が速いフライヤ級エクシードが先頭を務めると決めていたのだ。それを突然、艦隊指令であるアルバレステアがやると言い出したのだ。確かにアルバレステアに何度も返り討ちを食らった連邦からしたら憎い相手だ。目の色を変えて襲ってくるだろう。しかし、そのような事をしたらこちらとてただでは済まない。
地区艦隊旗艦を万が一にも喪失したら、この地区を失うに等しい損害となる。その事実を新人のヴァルメリダさえ知っている。アルバレステア艦長が知らないはずがない。

それを承知で先陣を、囮を引き受けると言って来たのだ。
保身なき決断、自らの犠牲すら厭わない冷徹ともとれる戦場への姿勢。これが彼を「修羅」と言わしめる理由だ。

他の艦長は何も言わない。
ただ楽器隊が奏でる穏やかな音楽が部屋を流れていく。先ほどから顔色がコロコロ変わるシュネイリも固唾を呑んで沈黙を守る。

沈黙は肯定。それを受けてアルバレステア艦長は言葉を紡ぐ。

「久々の艦隊決戦だ。諸君、楽しんでいこう」

ニッと笑った艦長に釣られ、獰猛な獣の如く歯をぎらつかせ笑う艦長たち。硝煙香り、爆煙渦巻く戦場を、彼らは欲しているのだ。飢えているのだ。砲撃に快楽を覚え、轟音に心踊り、いずれ砲撃によって沈む日を想い焦がれる狂戦士。帝国への愛国心、皇帝への忠誠心よりも先に己の本懐を遂げようとする戦場の道楽者。
ヴァルメリダは恐ろしく感じ、同時に畏怖の念を抱いた。

彼らは戦場の象徴だ。彼らは戦場そのものだ。彼らを突き動かすのは彼らの意思ではない。戦場の意思なのだ。

その時、ヴァルメリダは「彼女」、アルバレステアの感情が流れ込むのを感じた。
彼女自身も気分が高揚しているのか、こちらの心臓が熱くなるほど荒々しい感情だった。感情に流されそうになり、慌てて気を引き締め直す。こんな感情を示す「彼女」を見たのは初めてであった。
最終更新:2014年12月17日 16:58