アンビデン・ウィング 第一章

アンビデン・ウィング 第一章

 

 

「失礼します、朝食をお持ちしました。」

ノックとともに若い女性兵士の声がする。私は入れと一言告げると再び視線を窓の外に落とした。
窓から見える光景は昨日とほとんど変わらない。あたり一面に広がるカーキ色の荒野と一定の間隔ごとに築かれた信号塔は面白みもなく、ただただ退屈そのものだった。

 

昨夜は良くお眠りになれましたかと半ば事務的に机の上に食事を並べていく彼女に対して、この私を見て眠れたと思うかと心の中で言い返す。連邦周辺国の技術視察のために地方巡回を初めてもう1週間になる。連邦首都で育った私にとって異文化環境はあまり慣れたものではなく、そろそろストレスが溜まり始めた頃だった。
一番の原因はこのパンノニア製空中輸送艦の脚の遅さだ。排水量に比べてエンジン出力が不足している上ジェット気流航法も利用できないので、こうして通常航行でちんたら空を飛ぶしかないのだ。我が国の駆逐艦ならここからメルパゼルまで半日で済むというのに――そんな愚痴もやっとありつけた朝食を目の前にして幾分か和らいだ。

 

「昨日から報告書を書いていてね、この通りあまり眠れていないんだ。」

「メルパゼル共和国まではあと4時間ほどですから、朝食の後にお休みになられてはいかがですか、リンデン少佐。」

「そうさせてもらおうかな。」

私は女性兵士が部屋から出るのを確認すると出された朝食に目を移す。
カルチャドゥの蒸し焼きと塩っぽいスープに、パンと果物。徹夜明けはあまり胃に物が入らないのだが、今回の視察先ではどんな異国の食べ物が出てくるかわかったものではない。幸い連邦の食事に近いものだったので、ここは腹を満たしておこう。

 

…この果物は初めて見るな。

シャクッ

 

うおぉん…これは…失敗だった。

 

~~~

 

「リンデン少佐、リンデン少佐。」

扉の向こうから聴こえる朝の女性兵士の声で目が覚める。

「当艦はこれより着陸のため降下・減速を行います故、安全帯をお締めください。」

はいよ、と適当に返事をして安全帯を締めながら外を覗くと、先ほどの殺風景とは打って変わって青々とした緑地帯と豊かな海、そして整理された区画にそびえ立つビル群が目に入った。
さすが技術立国、メルパゼル共和国の首都だ。連邦首都も十分に近代的ではあるが、共和国のそれと比べるとまだまだといったものだ。くやしいが、技術士官の私としてはこの現実を認めなくてはならないだろう。

 

私を乗せた輸送艦はみるみると高度を下げ、私も最後の身支度をする。
艦から降りて出迎えてくれたのは、共和国の技術士官と数人の衛兵、そして深い蒼色の公用自動車だった。パンノニアでの移動は木炭車だったから、今回の視察は快適そうだとホッとする。
タラップから降りると共和国の技術士官が歩み寄ってきた。私より2,3歳若く見える彼の第一印象は…誰にでも気軽に接することができる陽気な人間…といったところか。

 

「リンデン少佐ですね。長旅お疲れ様です。私は共和国航空技研のキクチク少佐です、本日はよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしく、キクチク少佐。」

お互い簡単な挨拶を済ませると公用車に乗り込み、最初の視察先である戦闘機工場へ向かった。
その道中、今朝食べた果実について彼に尋ねたところどうやらアレは”スキュヌル”というフルーツらしく、疲れていそうな人に食べさせてあげるものらしい。
今朝の女性兵士には悪いことをしてしまったかなと考えている間に、公用車は工場へ到着した。

 

~~~

 

「ここが共和国空軍の工場です。設計局と一体になっているので生産スピードの向上に一役買っています。」

「なかなか広く、それに整然としているね。我が軍の軍需工場の有り様と比べると…ハハ、まだまだ改善の余地があるようだ。」

我が国のような大きな国となると、メルパゼルのようにすべての工場に設備やマニュアルを徹底することは簡単なことではない。それに地域によっては気候の変化も生産能力に影響してくるから、こういった分野は小国のメルパゼルがリードするのも当然かもしれない。
工場内は私達以外に従業員はおらず、どうやら貸し切りのようだった。工場は流れ作業に特化したライン式、彼らが考案した”かんばん方式”なる作業のためか、そこかしこにボードや掲示板が設けられている。規模から想像するに普段は活気がある所なのだろうが、こうして二人でツカツカと誰もいない工場を歩いているとすこし不気味だ。

 

生産区画を大雑把に見学して細い通路を進んでいくと、見慣れた戦闘機たちが駐機しているエリアに入った。対艦攻撃機コトラギ、重戦闘機トラギア…お家芸の回転翅を備えたおなじみの顔が並ぶ。中には見たこともない流線型の機体もある。最近の流行りの小型高速機だろうか…訓練には何ヶ月を要するのだろうか…乗組員は小柄な女性なのだろう…しかしあのパイロットスーツはなかなか…

 

「…さん?リンデンさん?」

「あ、あぁ、失礼!ついつい考え事をしてしまって。」

私はハッとしてキクチク少佐の方を向いて詫びを入れる。考え事に集中して周りの声が聞こえなくなってしまうのは私の悪いクセだ。

キクチク少佐は変な顔をすると、さきほどよりは少しゆっくりとした口調で話し始めた。

「さてリンデン少佐、今までお見せしたものは貴官もおそらく資料を通してご存知だったと思われる機体でしたが―」

「―これからお見せするものは我が軍の最高機密の兵器です。ここでご覧になったものは、当分は両国の技研内の秘密事項としてください。」

「最高機密の兵器というと。まさか…。」

「リンデン少佐ならお分かりでしょう。是非あなたにご覧になっていただきたく。」

 

私は内心悪い予感にドキドキしながら秘密兵器があるという格納庫へ重い足を歩ませる。

ギギギと軋む金属の扉がスライドし、隙間から正体が明らかとなっていった。

 

それは―まるで巨大な対戦車噴進弾に翼が生えたような、異様、いや戦慄を覚える姿をした兵器だった。私は直感で悪い予感があたったことを悟った。

「キクチク少佐…これは…」

「バダダハリダ、と我々は呼んでいます。ボタンひとつで帝都を攻撃できる、超長距離自律巡航弾です。」

「まさか、、、ありえない、そんなもの、実現できるというのか?」

「現にここにあるものがそれですよ。あの自律巡航弾の論文の執筆者だというのに、面白い方ですね。」

キクチク少佐の顔つきからは、初めてあった時の陽気さが無くなっていた。

 

自律巡航弾―あらかじめ機械式航路システムに設定した座標まで自力で飛行し、目標に自動で着弾する無人の誘導砲弾だ。航路システム部分だけでも空雷艇ほどの大きさになるが、その分ペイロードが高く大量の爆薬を搭載できるのが利点だ。

 

「たしかに私はあの論文を書いた!設計から運用理論までな!

 ―だが、それは旧兵器に対しての攻撃を念頭に開発したものだ!キクチク少佐、貴官は言ったな、帝都を攻撃すると!」

「はい、いいましたとも。」

あっけない返事だった。

 

全長は100m近い。私の論文ではせいぜい30m程度の大きさで、旧兵器の自動製造工場を砲撃することを想定していた。だが、ここまでの大きさだと破壊力は1区画ではなく1市街ほどに達するだろう。ましてや帝都への攻撃となると、脆い産業塔は遠く離れていても衝撃波で簡単に崩壊し、地上にたまった廃棄物に引火すればさらに被害は広がる。たとえ敵国とはいえ、酷すぎる。私の心は恐怖と怒りに満ち、考える間もなく私は叫ぶ。

「こんなもの、作っていいと思っているのか!?貴様は人間か!?」

私達2人以外いない乾いた格納庫に怒声が虚しく響きわたった。

もちろん人間ですとも、とキクチクは気味悪く笑いながら答え、一間おいて話し続けた。

 

「非人道的、と言いたいのでしょう。確かに我が技研内でも猛反発を喰らいましてね、でもリンデン少佐、貴方なら支持してくださると思ったのですが、残念ですよ。あっもちろん、このことはくれぐれも内密にお願いしますよ。」

「…こんな悪魔のような兵器…確かに内密にしなくてはならない。」

「そこは理解して頂けたようですね。」

これ以上怒鳴っても、もうすでにバダダハリダが存在している事実には変わりないのだ。私は心の底から吐き出したい言葉を殺し、キクチク少佐と共に工場を出た。

 

その後は彼とともに燃料工場や浮遊機関の解析部などを視察したが、頭のなかにバダダハリダのおぞましい姿が強烈に焼き付いてまるで頭に入らなかった。視察を終えて再び帰りの輸送艦に乗り込むと、報告書もそっちのけでただただ寝た。一瞬でもバダダハリダから離れたかったのだ。

 

“なんてものを私は生み出してしまったのだろう”

 

私は一生この十字架を背負って生きていかなければならないのかと、形容しがたい罪悪感とともに眠りに入った。

 

アンビデン・ウィング 第一章  完

最終更新:2014年10月18日 12:17