USNT
コダート国 |
State of Kodat |
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国章 |
基本情報 |
国の標語 |
虹色の照明 |
国歌 |
8月の祝軍歌 |
首都 |
パラマグラス |
最大都市 |
パラマグラス |
通貨 |
コダート・ダレ(KDR) コダート・エレ(KHR=1/100KDR) |
国家タグ |
SOK |
公用語 |
東ザイル語 南ザイル語テキラ方言 |
民族 |
ザイリーグ系(76%) ├サンソム大氏族(38%) ├サンダア大氏族(30%) ├サラド大氏族(5%) └その他大氏族(3%) アーキル人(12%) オデッタ人(8%) その他(4%) |
成立 |
645年2月6日 ザイリーグより分離 |
消滅 |
XXX年 |
先代 |
ザイリーグ連合パラマグラス市 ザイリーグ連合東アノール地域 |
次代 |
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国力 |
人口 |
★★☆☆☆ |
GDP |
★☆☆☆☆ |
平均所得 |
★☆☆☆☆ |
工業産出 |
★☆☆☆☆ |
文化資本 |
★★★☆☆ |
食料自給率 |
152% |
陸軍力 |
★★☆☆☆ |
空軍力 |
★☆☆☆☆ |
政治 |
政体 |
大統領制 |
中央集権 |
中程度の中央集権 |
階級制度 |
部族社会 |
格差 |
やや広い |
選出方式 |
互選 |
議会 |
単院制 |
税率 |
平均的 |
徴兵制 |
2年間の徴兵 |
軍事費 |
対GDP比3% |
軍の統制 |
平時文民統制 |
政府首班(659年) |
大統領 |
ロロドンド・シーハ・ゾストロメ |
国家閣僚会議議長 |
アズ・サウマイール・モグニー |
首相 |
メジマ・エル・マム |
コダート国会議長 |
マシーダ・ヨーチブ・マム |
第一位裁判所長官 |
サルマド・ダ・ビガ・ナッティル |
国防大臣 |
大統領と兼任 |
軍総司令 |
サルマド・ハイカル |
陸軍司令 |
イノラノ・ハキム・アル=バドル |
空軍司令 |
カビン・マッキ・アッ=イリヤニ |
親衛隊隊長 |
カディ・ビン・モーシン |
-
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表に関する解説 |
基本情報は現在使われているテンプレやワープロモード用テンプレ置き場のものと共通
国力の欄は構成国企画に発想を得た5点式。食料生産は自給率として%表示にし、GDPと平均所得、文化資本の項を追加
これはGDPは高いが平均所得は低い冷戦期親米独裁国家や財政破綻しがちだが数千年の文化を誇るギリシャのような国家の解像度を上げるため
(政府首班は肩書も変える)
+
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国家タグ例 |
ACS アーキル本国
AKP パンノニア自治国
ARN ネネツ自治管区
ASP スクルフィル自治国
ASG ガリアグル自治国
AW 旧兵器
AZ ザイリーグ連合
BD/EBD バセン隷区
CE/CLE クランダルト帝国
CIV 民間
DAR 大アーキル領
ESA 旧アキエリ朝
ESK 旧エスキア市国
ET/ETN 旧テナー首長国
FA/FAR アーキル連邦
HM/HMT 神聖ミテルヴィア
KA/KOA アナンサラド王国
KCS 旧カルラ市国
KEN 旧エウル=ノア連合王国
KF/KOF フォウ王国
KP/KOP 旧パンノニア王国
KYN 旧ヤークロ=ネネツ王国
LN 国際連盟または多国籍
MAK 旧マン王国
MP/RMP メル=パゼル共和国
NP/NEP ニューポール
NZ/SNZ ニヂリスカ国
POB 旧バセン公国
PRO オデッタ人民国
PTU パンガイア通商連合
FP/RFP 自由パンノニア共和国
SIX 六王湖(帝政ダルト国)
SOO 旧オージア国
STE サン=テルスタリ皇国
UIW ワリウネクル諸島連合
UKP 新統一パンノニア
ZA/DZA ザイリーグ軍管区
ZUO 旧都市国家連合体ザイリーグ
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+
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政体 |
大統領制
半大統領制
議院内閣制
議会統治制
一党制
独裁制
合議制
立憲君主制
絶対君主制
憲法停止
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+
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中央集権 |
完全な管理
高度な中央集権
中程度の中央集権
やや中央集権
中程度のバランス
やや地方分権
中程度の地方分権
高度な地方分権
無政府状態
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+
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階級制 |
絶対的貴族制
封建的貴族制
形式的貴族制
階級的職業制
宗教的階級制
部族社会
党内序列
君主の下に平等
法の下に平等
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+
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格差 |
天と地
とても広い
広い
やや広い
中程度
やや狭い
狭い
とても狭い
完全に平等
|
+
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選出方式 |
直接民主制
公選
官選
互選
血統的世襲制
指名制
神託
くじ引き
アレクサンドロス式
定義されていない
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+
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議会 |
直接民主制
二院制
単院制
招集に応じ開催
なし
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+
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税率 |
完全な管理
とても高い
高い
やや高い
平均的
やや低い
低い
とても低い
課税なし
|
+
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徴兵制 |
武装解除国家
傭兵のみ
志願兵のみ
経済的徴兵制
建前上の徴兵制
1年以下の徴兵
n年間の徴兵
常備された国民皆兵
階級的兵役
|
+
|
軍の統制 |
武装解除国家
傭兵契約
文官統制
主体的文民統制
客観的文民統制
平時文民統制
党による統制
階級的統制
元首による統制
軍事政権
先軍政治
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現実の国家での例
+
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... |
江戸幕府(日本国) |
Tokugawa Shogunate |
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基本情報 |
国の標語 |
なし |
国歌 |
なし |
首都 |
江戸 |
最大都市 |
江戸 |
通貨 |
金本位制:両 匁(1匁=1/10両) 貫(1貫=1/10匁) |
国家タグ |
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公用語 |
日本語 アイヌ語 |
民族 |
大和人(97%) アイヌ人(2%) その他(1%) |
成立 |
1603年3月24日 徳川家康、征夷大将軍に就任 |
消滅 |
1868年1月3日 王政復古の大号令 |
先代 |
豊臣政権 |
次代 |
維新政府(朝廷) |
国力(安政年間) |
人口 |
★★☆☆☆ |
GDP |
★☆☆☆☆ |
平均所得 |
★☆☆☆☆ |
工業産出 |
★☆☆☆☆ |
文化資本 |
★★★★☆ |
食料自給率 |
105% |
陸軍力 |
★★★☆☆ |
海軍力 |
★☆☆☆☆ |
政治(安政年間) |
政体 |
絶対君主制(事実上の合議制) |
中央集権 |
中程度の地方分権 |
階級制度 |
封建的貴族制 |
格差 |
やや広い |
選出方式 |
血統的世襲制 |
議会 |
なし |
税率 |
やや高い |
徴兵制 |
階級的兵役 |
軍事費 |
対GDP比10% |
軍の統制 |
階級的統制 |
政府首班(安政年間) |
征夷大将軍 |
徳川家定 |
大老 |
井伊直弼 |
老中首座 |
脇坂安宅 |
御側御用人 |
水野忠寛 |
事実上の将軍後見職 |
徳川慶頼 |
天皇 |
統仁 |
左大臣 |
一条忠香 |
右大臣 |
花山院家厚 |
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+
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... |
最も高貴な共和国ヴェネツィア |
Most Serene Republic of Venice |
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基本情報 |
国の標語 |
汝、我が福音伝道者、マルコに平和を |
国歌 |
勝利のユディータ |
首都 |
ヴェネツィア |
最大都市 |
ヴェネツィア |
通貨 |
リラ ソルド(1ソルド=1/20リラ) デナロ(1デナロ=1/12ソルド) |
国家タグ |
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成立 |
697年 パオルッチョ・アナフェスト、ドージェに選出 |
消滅 |
1797年10月18日 カンポ・フォルミオ条約調印により分割 |
先代 |
ビザンツ帝国 |
次代 |
オーストリア領 チザルピーナ共和国 |
国力(1400年) |
人口 |
★★★☆☆ |
GDP |
★★★★☆ |
平均所得 |
★★★☆☆ |
工業産出 |
★☆☆☆☆ |
文化資本 |
★★★★★ |
食料自給率 |
75% |
陸軍力 |
★☆☆☆☆ |
海軍力 |
★★★★☆ |
政治(1400年) |
政体 |
大統領制 |
中央集権 |
高度な中央集権 |
階級制度 |
絶対的貴族制 |
格差 |
やや広い |
選出方式 |
くじ引き |
議会 |
単院制 |
税率 |
やや低い |
徴兵制 |
建前上の徴兵制 |
軍事費 |
対GDP比5% |
軍の統制 |
傭兵契約 |
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概要
コダート国はザイリーグ砂漠中部に存在する共和国。北をオデッタ、東を東アノール、南を南ザイル人王国、西をザイリーグ連合に囲まれている内陸国である。
かつては正統アーキル条約機構に加盟していたがザイリーグにて中央ザイリーグ同盟が成立するとACDACを離脱して同盟に加盟した。
ラスティフロントでの位置づけ
初期の頃のパルエ戦後地図に載ってた謎の国、ちょうどいいのでテンプレ用国家として酷使している。
歴史
コダートは隣国東アノールと共に「民族の交差点」に位置しており、古来から様々な民族がこの地を往来してきた。コダート内に残る最も古い遺跡であるラマトフ・ノチタ遺跡には前700年頃のものとみられる古代オーヂット文明の土鍋や劣化したラジネル水晶が発掘されている。オーヂット帝国崩壊後にはキーン朝とハウィエ朝の戦いの跡が北部アスゲーシマル市近郊のレフクセ・ラマカデ20号遺跡で発見されていることからこの一帯は継承者達の係争地になっていたことがうかがえる。前300年のカタストロフィ以降はハウィエ朝の残党と見られる拠点が同市西部のリョウフ・ノ=ショサウ・イレネン遺跡で見つかっているが文明は明らかに退化しており、文化的成熟度の低い建物が立ち並んでいる。
前200年頃になると北方から移動してきたリュリ族がこの地に王国を建てている。この際、パラマグラス(当時はパマレグラス)近郊でリュリ族の首長、アツゥイとオデッタの傭兵隊長イユニンアとで有名なパマレグラスの戦いが起こり、敗北したイユニンアらオデッタ人はこの地を去っている。アクソン・アオン遺跡を中心に繁栄したリュリ王国は西からサーックキール人が移動してきたことにより後100年までに消え、リュリ人は南下していったが、サーックキール人はベールケン川周辺にイタイタフとモルケイアを建設した以外に定住することなく、さらに東へ移動していった。その結果生じた権力の空白部分にサーックキールのうち、アノール系と混合した東部アノール諸部族がヴルヴ(現オデッタ領)を中心にヴルヴ汗国を建国、遊牧社会から農耕社会へと変化していたサーックキールを避け、西側へと伸長していき、コダートはヴルヴの支配下へと収まり、パラマグラスは東西の交易の拠点として繁栄した。
だが、333年から始まったパンノニア熱の流行はヴルヴの支配体制を崩し、隣国アノーリア共々崩壊していき、そのまま戦乱時代へと突入。戦乱中はオデッタ傭兵団の拠点となっていた北東部のコバールを除いて全ての都市が戦場となったうえ、支配国家も目まぐるしく変わっていく混乱状態にあり、パラマグラスだけでもザイル連邦、ノボチア公国、独立都市協商の東進軍、西アーキル王国などに占領された。戦乱時代はマン継承戦争によって主要国家であったマン王国とノボチア公国、パンノニア王国が離脱していったことにより徐々に沈静化していき、390年にアノール地方の全都市の合意により、都市国家連合体ザイリーグ(ZUOC)となった。
ZUOCを構成するようになるとコダートの諸都市はそれぞれ高度な自治権をもった都市として繁栄していき、特にパラマグラスは南北戦争の開戦により、ラオデギアから戦線へ向かうアーキル軍の中間地点としてさらなる発展を見せた。ザイリーグ軍閥時代はパラマグラスと他の都市の関係は希薄になっていたが、リューリア戦役の結果ザイリーグ軍閥が解体されて西部諸都市、中央諸都市、南部諸都市、東部諸都市の4グループに分かれると、コダートは始めミネルグを含む中央グループに加わっていたものの、ヒグラーテが分離するとミネルグから距離を取って別のグループを結成。そして644年14月2日、弱体化していくミネルグ政府を見限ったアリ・ヤーロタッパン・ハメドリ率いる民主人民党(DPP)が武装蜂起。正統アーキルの支援もあり、1か月もたたずにパラマグラス市周辺から政府軍を排除し、翌年1月にミネルグ政府はコダート独立に関する国民投票を認める事実上の敗北宣言を発した。投票の結果独立賛成が92%でコダートの完全独立が決定し、2月6日にハメドリはコダートの独立を宣言、完全な独立国家としての道を歩み始めた。
独立宣言と共に初代大統領に就任することを宣言したハメドリだったが、直後に患っていた胃潰瘍が悪化して死去。4月に選挙が行われ、副大統領だったウム・エル・サラヤが改めて第2代大統領に就任した。この独立直後のつまづきから政権は当初から不安定で、コバールを拠点としたオデッタ系武装集団が麻薬の密造と商船の襲撃を行うなど、治安が悪化していた。646年8月、主要貿易ルートが賊の襲撃に脆弱なことを重くみた正統アーキル国政府はコダート政府に圧力を加えてサラヤを自主退任に追い込み、また大統領選挙にも介入して駐亞大使のアズ・イノラノ・ビン・アッ=ヂーを第3代大統領に据えた。アッ=ヂーは巧みな手腕でオデッタ賊との武装闘争に勝利するが、その過程で国軍が徐々に力を獲得していき、ゾストロメによる権力奪取の下地になった。また、内政においては旧連邦的な経済政策をとったために国家財政がひっ迫し、その財政を強制公債によって解消しようとしたため、648年1月に議会によって弾劾され、前代の大統領だったサラヤが復権して第4代大統領となった。
だが、それでも財政の悪化と物価上昇は止まらずゼネストが頻発、ついに650年8月5日に軍の総司令だったロロドンド・シーハ・ゾストロメ少将がクーデターを起こしてパラマグラスを占拠。サラヤは再度退任し、DPPは地下に潜った。ゾストロメは汎ザイル主義を掲げるコダート汎ザイル人党(PZP-K)を結党して党首兼任の第5代大統領となった。652年3月、ゾストロメはカラッグにて汎坐主義諸都市の代表と会議を開き、東西陣営から独立した外交、汎坐主導者の糾合、そして全ザイル人諸都市からなる新たなZ.U.O.Cを作る構想を会議で発表し、7月には諸都市と共に汎坐主義を前面に押し出したカラッグ宣言を発表。しかし、ザイリーグで政変が起こるとカラッグ宣言に参加した各都市は徐々に離れていき、参加国が大きく減った55年の1月に宣言を撤回し、Z.U.O.Cの再建は叶わなくなった。
ザイリーグ民族の統一という理念が失敗に終わると、各地で反政府運動が勃発。その中でサリシオ・イマン・アル=サルディーリーを主導者とするコダート連合党(APK)は部族ごとの連邦制を唱えて市民の支持を集めていたが、ゾストロメはこれに対して56年に戒厳令を発令。サルディーリーを始めとする反政府グループのリーダーを裁判を経ずに拘禁し、デモを禁止する法令を発令。さらに57年には結党禁止法と大統領への自由罷免権の付与などを取り決めた法案が可決し、APKは解党された。58年にコバールでオデッタ賊に対する戦勝記念式典に参加していたゾストロメが暗殺されかけると、いち早く報道しなかったとして国営放送であるパラマグラスV-1以外の一切のマスコミを禁止したほか、国軍の能力を疑問視し、コダート親衛隊を新設した。
地理
国土のほぼ全てがザイル砂漠に覆われており、南部にいくほど乾燥している。南ザイル人王国との国境沿いは降水量が10.0fin以下の極乾燥地帯で少数のオアシスを除いて定住者はいない。中南部は降水量20.0finだが乾燥しており、農耕には適さないがわずかに育つ草を利用した牧畜などが行われている。パラマグラス含む北中部では降水量60.0fin程度となり、それによる農業が行われているため人口が多く、コダート全体の人口の50%が北中部に居住している。また、首都パラマグラス沿いを流れてアーキルへ抜けていくベールケン川はパラマグラスからモルケイアまでの間にいくつかの氾濫原を形成しており、雨季になるとそれらのそばに湖沼や季節河川が出し、貴重な水資源となっている。北部は中南部と同じく20.0fin程度の降水量で、同じように牧畜などが行われているが、一部では30.0~40.0finほどの降水量のある地域があり、そこでは天水農業が行われている。夏の間は雨季が続くが、秋に入るとザイル砂漠全体に強烈な熱風であるギズレッツァが吹き込み、秋でも温度が下がらず、湿度は20%を切り、時には凄まじい砂嵐を発生させて人を窒息させてしまう。
地形はオデッタとの国境沿いに広がるサーペ山地と南東部のアッキリオ山脈北端部を除いて全体的に平坦である。
政治
コダートは半大統領制をとる立憲共和制国家であり、現行憲法は建国した当初に公布したものだが、650年のクーデターによって成立したゾストロメ政権によって停止されており、代わりに軍法である最高軍律が適用されている。
最高軍律の規定により、軍の統帥権を有する国家閣僚会議が行政立法司法の三権に優越し、三権の最高機関である国家行政府、コダート国会、第一位裁判所は国家閣僚会議に対して責任を負い、その監督を受ける。
元首
国家元首である大統領は、憲法によれば国民の直接選挙により選出され、任期は5年。3選は禁止されているが、今までに5年務めた大統領は存在せず、3選した大統領も存在しない。最高軍律によれば現職が退任する場合、国家閣僚会議によって次期大統領が決められる。在任中に死亡した場合、国家閣僚会議議長が就任する。
行政
憲法並びに最高軍律によれば行政の長である首相は大統領によって任命される。内閣に相当する国家行政府のメンバーは首相により推薦され、それを大統領が任命する形をとっているが、最高軍律では国家閣僚会議が推薦し、大統領が任命する。
立法
立法府であるコダート国会は一院制で、憲法によると唯一の立法機関だとされているが、最高軍律では国家閣僚会議による法案が優先される。定数は125議席で、コダートを構成する各市と各州の人口比に基づく直接選挙で選出される。クーデター以前の与党は中道で包括政党の民主人民党(DPP)。クーデター以後の与党は左派で汎ザイル主義のコダート汎ザイル人党(PZP-K)。野党に右派のコダート連合党(APK)、左派のコダート解放運動(KLM)が存在したが、APKは56年に発令された戒厳令により解党。KLMは58年に起こしたゾストロメの暗殺が失敗すると、内部分裂を起こしてしまった。現在では改正最高軍律によりPZP-Kの一党独裁となっている。
司法
最高司法機関は第一位裁判所。憲法によれば、司法の長である第一位裁判所長官は裁判所の長官と最先任判事のうち12人の計13人による協議体によって推薦され、大統領によって任命される。最先任判事30人は国家行政府によって任命され、大統領がこれを認証する。最高軍律によると、国家閣僚会議によって長官及び最先任判事が任命される。
軍事
現在のコダート国内にある各市の自衛軍とザイリーグ軍の東アノール方面軍の一部を前身として、コダート独立と同時に編成された。コダート軍はコダート陸軍、コダート空軍、コダート軽空軍、コダート海軍によって構成されている。最高指揮権は平時は大統領に属し、戦時は軍総司令に属する。最高軍律では戦時の軍総司令の決定を国家閣僚会議が認証する。659年現在の軍総司令はサルマド・ハイカル陸軍中将。
また、正規軍以外にも大統領直属のコダート親衛隊、国防省管轄の常備予備軍、かつて存在した各市の民兵組織などの準軍事組織が多数存在する。
軍事費はGDP比3%、18歳以上59歳以下の全国民に2年間の兵役義務がある。
正統アーキル条約機構加盟国ではないものの、かつての盟主であり、戦略的パートナーであり、財政的に大きな支援を正統アーキルから受けているので、強い影響下にある。
独立以降は北部で活動するオデッタ賊と呼ばれるオデッタ系武装集団と戦い、これに勝利し、それと共に軍も肥大化した。650年のクーデターで軍は遂に三権を掌握したが、ゾストロメ暗殺未遂事件によってコダート親衛隊が新設されると政治的影響力を落とした。
コダート軍は政治や経済、社会に大きな影響力を有しており、ゾストロメ政権下では三権に優越する国家閣僚会議のメンバー全てを、国家行政府のメンバーの14人のうち6人を、最先任判事30人のうち、13人を、21人いる県知事のうち13人を軍部出身者で固めている。コダート軍は兵士を動員して農場や鉱山などを営んでいるほか、コダート最大の運輸会社であるアノール高速運輸の全資金を出資している。そのほかにも、弾薬製造工場など軍出資の企業が多数存在している。
陸軍
コダート陸軍はコダートの防衛、特に各都市の防衛を重点的に行う。
装備は基本的にザイリーグ軍およびアーキル軍の旧式装備を使っているが、一部デーヴァの改造などを自国で行っている。
元はパラマグラス市やコバール市の防衛軍が由来であり、コダート独立直後もそれらの寄せ集めといった状態で指揮系統もバラバラで、コバール市の防衛軍に至っては独立した後にやってきたオデッタ賊の軍門にあっさりと下り、一緒になって貿易ルートの襲撃を行っていたが、第3代大統領アッ=ヂーによって陸軍司令に参謀の一人だったゾストロメを抜擢してからは彼の強力なリーダーシップの下に行動するようになり、オデッタ賊を撃退することもできた。
ゾストロメは軍総司令へと昇格し、増強された軍をバックに政治的発言力を高め、クーデターを起こすことに成功する。クーデター後は旧ザイリーグ諸国のなかでも特に強力な軍隊として名を馳せている。
空軍
コダート空軍はザイリーグ時代の598年に設立されたパラマグラス市の自警戦隊をルーツとする。パラマグラス市は重要な中継点だったために比較的恵まれた戦力を保有しており、一般的な都市自警戦隊がホルス級を主力とするのに対して、パラマグラス市の戦隊はパノラック級を旗艦として国境防衛艦1隻、ホルス級5艘を備える豪華なものだった。
独立後はアーキルからセテカー級ラーラベルとコンスタンティン級マチベートの2隻を譲りうけて6艘のゼン級を購入し、さらにパラマグラス港のドックに放置されていたソルテガ級ユクレイデスを修繕して旗艦として首都に留め置いた。だが、この艦隊保全主義的な運用のために地方ではオデッタ賊と呼ばれる空賊が勢力を広げてしまい、これを解決するためにアッ=ヂーはマチベートの艦長だったカビン・マッキ・アッ=イリヤニを空軍参謀に登用した。彼の働きによってさらに16艘のホルス級と8艘のゼン級をアーキルからタダ同然でもらい受け、これを活用することでオデッタ賊を封じることに成功した。
クーデター後は昇格したアッ=イリヤニ司令の下、中立主義をとったコダートを守っている。
なお航空機は連絡機以外保有していない
軽空軍
航空機を運用する軍隊。国境偵察とレーダーによる空中の警戒・監視、発見と迎撃、対空砲による防空などを行う。
長距離を飛べる航空機は保有していない。
海軍
コダートは海に面していないが何故か海軍を保有している。主な任務はベールケン川の警備。
装備はカンナカムイ級が1隻と水上型デーヴァ6両、筏が10艘、チャムイ装甲自走砲4両。
コダート親衛隊
コダート親衛隊は大統領直属の精鋭部隊で、軍から選抜された兵士とゾストロメの出身氏族(サンダア大氏族系アブドウルシ氏族)からの志願者によって構成される。
658年にコバールでゾストロメの暗殺未遂事件が起きると、ゾストロメは国軍の対処能力に疑問を持ち、もしもの時も安心できる大統領に忠実な部隊として創設した。
最新鋭の装備を持ち、コダートの全ての軍事組織の中で最も訓練されている。
外交関係
旧宗主国でもあるザイリーグとの関係が深いが、必ずしも常に友好的であったわけではない。645年の独立時、武装蜂起を行ってザイリーグから独立を勝ち取ったため、両国間の関係は当初から非常に悪く、民主人民党政権時代は断交しつづけていた。クーデター後は徐々に関係改善が進み、共同で国際会議を開くなど良好な関係を築いていたが、ザイリーグで政変が起こると再び悪化した。
東アノールを挟んだアーキルとの関係は深く、独立戦争時に支援された他、オデッタ賊の対処にアーキルからの干渉があるなど、良くも悪くもアーキルの影響を強く受けている。クーデター後は汎ザイル人主義を主張するゾストロメの政策に反発し、コダートとアーキルの関係は徐々に開き始めている。
経済
通貨はコダート・ダレ(KDR)。
農業、畜産業、運輸業が主な産業。
農牧業
労働人口の75%が農牧業に従事している、食料自給率152%を誇る同国の主要産業の一つでもある。コダート南部は乾燥地帯でありオアシス以外に農地や牧畜が行われている土地はなく、北部地域では天候の変化が激しく、よく干ばつが発生するため、同国の農牧業のほとんどは中部地域で盛んである。降水量の差と輸送の関係で栽培している作物は各地で異なっている。
主な作物は極度に乾燥した南部と比較的乾燥している中南部のオアシス地帯で乾燥に対して非常に強い、この地方での主食であるルーティ・スカニが栽培されている。雨量に恵まれた中北部では祭事の時に食される行事食であり、輸出穀物でもある麦が生産され、ベールケン川周辺の氾濫原ではそれを利用したグラナーテ栽培が集約されている。北部においてはルーティ・スカニとクドゥス茶の原料であるクドゥスを実として付けるコラコスとデーツがまばらに育てられている。
590年代には灌漑の導入によって北部で輸出用作物としての綿花の栽培が奨励され、一時期は輸出額の半分を占めていたが、ザイリーグ軍閥及び旧連邦の指導の下に休閑せずに土地を酷使したために栄養が不足し、土壌の質が悪化してしまったので、独立後の第一次サラヤ政権において灌漑事業の縮小を決断し、それ以来綿花農地とそれによる輸出は減少する傾向にあるが、ゾストロメ政権において、二次産業である綿製品加工産業への投資が功を奏し、形を変えて主要産業の位置を回復しつつある。また、酷使によって瘦せこけた土地には正統アーキル及びパンノニアの顧問団による支援でワイドウィードの耕作を始め、周辺国家へ輸出しているが、ワイドウィードの栽培に習熟していないため、輸出額における割合は低い。
穀物以外はクドゥスを実らせるコラコスとストーンナッツを栽培しており、ストーンナッツは輸出されることもあるが、もっぱら国内での消費用として育てられている。クドゥスはアーキルや南ザイル人王国などに輸出されている。
牧畜は中南部と南部の一部において盛んであり、バゥやキーゼ、モフフ、オコジョなどが主に飼育される。南部のサラド大氏族とサンソム大氏族系のカンイメカイ氏族はバウを主に飼育し、中南部のモロハン氏族を中心としたサンソム大氏族の遊牧民はキーゼやモフフを中心に飼育を行っており、北部では少数ながらオデッタ人がオコジョを飼育しているほか、各地の農耕民も牧畜を行っている。これらの家畜も輸出されており、農業輸出ほどではないものの、輸出額における割合は大きい。また、空中船による輸送技術が発達したことにより、食肉を加工した状態で輸出することが可能になり、パラマグラスやモルケイア周辺に食肉加工場が増えている。
運輸業
コダート第三の産業であり、最も古い産業。古来からパラマグラスは東西の貿易の中継点となっており、その経緯から現在でも大規模な港湾を有し、東西を行きかう船舶から港湾の使用料などを取っている。
また、船舶の税を安くし登録する際の手数料や証明書などの手続きを簡素化して船籍を置きやすくしている。
各都市
パラマグラス |
中北部 |
首都にして最大都市 |
コバール |
北部 |
北部の最大都市、オデッタ系が多い |
アスゲーシマル |
北部 |
周辺に遺跡が多い |
イタイタフ |
中北部 |
農業都市 |
モルケイア |
中北部 |
農業都市及び交易都市 |
ナクトマッド |
中北部 |
農業都市 |
サニア |
中北部 |
国境の街、農業都市 |
イラズワイコ |
中南部 |
オアシス都市 |
イルクソー |
中南部 |
鉱業都市 |
カンディル |
中南部 |
中南部の最大都市 |
イスト |
南部 |
南部の最大にしてほぼ唯一の都市 |
国民
民族
アノール地方含むザイリーグ全体に言えることではあるが、この広大な砂漠には古来より無数の部族勢力が跋扈しており、近代的な国民国家時代に入ってもなおザイリーグ人という意識は形成されず、それを継承しているコダートやヒグラーテ、東アノールなども自分たちの人種意識の形成はできていない。また、中北部には定住民が多いものの、北部、中南部、南部では遊牧民が大多数で、特に中南部の遊牧民であるメハキゲ氏族は東アノールにも移動するため、彼らは特例で国境検査無しで両国をまたぐことができる。
コダート国民はほとんどがザイル系であるが、一概にザイル系といってもコダートの場合、サンソム大氏族、サンダア大氏族の二つで占められている。これ以外にはサラド大氏族、ブクスマル氏族などが存在する。これらはさらに数十の氏族に分かれ、氏族によってはそこからさらに支氏族に分かれる。これら氏族はコダートにおいて非常に大きな影響を与えており、コダートの住人はコダート国民であるという意識の前に、自分たちがどこの氏族であるかということを重視する。
ただし、ミネルグの支配に抵抗し、反逆して新国家を建設したという意識があり、それがコダート国民を形作っている。
ザイル系以外ではオデッタ系とアーキル系が少数存在する。
宗教
国教は制定されていない。ザイル砂漠で広く信仰される星空信仰が多く、次いで俗に言われるスカイバード信仰の諸派がある。
333年の戦乱時にヴィーア教寺院に従う都市と、寺院に従わずに分派を形成する都市に分かれ、凄惨な宗教戦争を引き起こした過去からヴィーア教に否定的な土壌があり、アーキル系住民を除いてラドゥ教にも否定的である。そのためコダートでは素朴なスカイバード信仰が多く、ザイリーグ西部の都市とは違ってアーケーに巡礼する習慣はない。
また、アスゲーシマルなどでは星空信仰とスカイバード信仰を融合させたポイテーロと呼ばれる信仰が親しまれている。
文化
食文化
コダートでは昼と夜の2回食事をとる。基本的にはザイリーグや南ザイルなどとあまり変わらない食文化を持つが、コダート地方独特の食べ物として、グラナーテの穀粉を水で溶いて発酵させてから焼いて作るパンシャンというクレープ状のパンがあり、サラド系のポテに近いがそれよりも厚く、食用である。
代表的な料理として、パンシャンの上に肉や野菜などを載せ、香辛料などで味付けしたウドジョ、ウチョウシュユズ(コダート風スープ)、オコジョ肉のステーキなどがある他、牧畜が盛んなため乳製品が多く、オコジョ乳を使ったビワーノクヤッタと呼ばれるチーズの一種や、スパルカッヤーオというヨーグルトの一種が広く親しまれている。また、5月、10月、15月の第一日はヤトナツガと呼ばれる年の経過を祝福する祭日があり、その日には普段はあまり食されることの少ないパルエ麦を用いたブンコ・リブャシオというパンが作られる。
飲料としては上記のオコジョ乳やバウ乳を使った飲料のほか、クドゥス茶、黒糖クォクア、ザイルデーツのジュースなどがある。地酒としてグラナーテが原料でビールに似たキガシホ、蒸留酒のウトウチュソンカがある。
最終更新:2024年04月11日 01:21