王国極地偵察部隊記録

 

部隊ノート146枚目
北方連隊隷下第17中隊45代目隊長エルカ・セルデ

先代が引退するので隊長用の手帳を新調して貰った。
この手帳が貰えるのは隊長になった者だけだ、それだけで価値があるというものだ。
まぁ、表紙裏に雪の結晶マークが付いていること以外普通の隊員と何も変わらないが。
だが手帳を隊員に見せびらかしてやるのが楽しみで仕方無い。
きっと私が隊長になれるなんて思っていなかった奴らは悔しがるだろう。
まだ引継ぎ手続きなどで帰れないが実家には手紙を出しておかないと。
若いから年上には侮られがちだがこれからは上手く纏めて行かなければいけない。
そこだけが今後の心配な事だ。

 

 


つらい。
まさか徹夜で引継ぎ手続きをすることになるとは思わなかった。
今までどこにあったんだと言わんばかりの書類の山と格闘する事になった。
書類の山の中には歴代の隊員の飲み代が混じっていたりもしてげんなりする。
絶対経費ちょろまかしてる。
とは言ってもどこの部隊でもやってることだし今後もそういう事があるだろうから黙っている。
というか隊長就任した時の書類のごたごたに不正経理を細々と紛れさせてたのかと感心すら覚える。
こんな大量の書類に紛れ込ませたんだからちょろまかせると思っているのだろうが、とんだ思い違いだ。
最後に処理するのは経理課だが絶対分かってて処理してるに決まってる。
経理課の友人からいつも不正経理の愚痴を聴かされているのでなおさらだ。
友人曰く、上手く辻褄を合わせるのが大変だという。
辻褄が合わなくなったらその部隊に直接連絡して払わせているらしい。
そんな事を書いている間にも書類が追加されてきた、死にそう。
今日も徹夜になるだろう、肌が荒れないかと心配になってくる。

 

 


今にもぶっ倒れそうになっている所をハレル先輩に発見されて医務室に連れていかれたらしい。
気付いたら医務室のベットの中だった。
先輩曰く、歴代の体調もこの3徹4徹でぶっ倒れてきたらしい。
お前は女だから2徹でぶっ倒れても仕方ないなと笑われた、悔しい。
というか4徹まであるのかと思うともう嫌になってくる。
隊長というのもなかなか辛い。

というわけでまた書類との格闘に戻らないといけない。
ぶっ倒れる前よりさらに増えてるんですがこれは何の冗談ですかね。
仕方ないので強い酒で気付けをしてからこれに挑むことになる。
あ、だからちょろまかした経費が通りやすくなるのか。
悪い事だけは知恵が回る野郎共だ。
そんな愚痴は置いておいて、また睡魔との戦いが始まる。

 

 


3徹が終わって書類がやっと減りだした。
本当にどこに隠してやがった野郎共。
まぁいい、そして気付けの酒が切れたので給湯室から取りに行く。

休憩中に酒を飲みながら窓の外を覗いていたら野郎共が雪玉戦争をしていた。
くそ、私も混ざりたい、雪玉戦争なら私は負け無しなのに。
野郎共に絶対負ける気はない、雪の歩き方がなっちゃいないからだ。
先輩に直々に教えてもらった秘伝の雪歩き術を見せてやれるってのに。
今日だ、今日頑張れば書類は全部片付くからもう頑張る。
やってやる。

 

 

 

書類を全部撃沈させたので眠気も振り切って野郎共の雪玉戦争に参加してきた。
書類を押し付けられた鬱憤もあっていつもより早く敵を壊滅させた。
野郎共の足腰が立たなくなるまでやってもよかったが眠気もあって仕方なく戻ることにした。
たぶん事情を知らない後輩連中からしたら恐怖だろう、八つ当たりの的にされたんだから。
だから後輩共には優しく当てるようにした、同輩と先輩には顔面狙いだ。
だが何度も雪玉戦争をして慣れているせいかヒョイヒョイ避けられるのが悔しい。
まぁムキになってワンパターンで投げているように見せかけて不意打ちで顔面にぶつけてやった、ざまぁ見ろ。
戻るときに先輩連中からよくやったと言われた。
隊長になる儀式みたいなものだったらしい。
だが不正経理はいただけないとやんわりと言っておいた。

 

 


次の日から先輩連中の態度が軟化していた。
先輩連中はこの書類の処理で賭けをしていたらしい。
全部終わるのに何日かかるかだそうだ。
ちなみにオッズは5,6日が一番人気だったらしい。
4日以内は大穴だったらしく唯一ハレル先輩が一人勝ちという状態だったそうだ。
ただその勝った金もそのあと野郎共の飲み代に使ってしまったそうだ。
なんでここの野郎共は金使いが荒いかな。
少しくらい貯金しろとはいつも思うが、これも国民性なんだろうなと半ば諦めかけている。
そう言う私も貯金する事なんてスカイバードが落ちて来るくらい珍しいことだ。
実際野郎共に混じって朝まで飲み明かすなんてことはよくある事だし。
野郎共はよく飲み比べをする事もあって、私が女だという事もあって飲み潰して何かしらしようという魂胆が丸見えな事もあって。
絶対負けられないので意地でも酒には強くなってしまった。
その後潰れた野郎共をいびるのもワンセットだ。
やましい事をしようとした報いだ。
いつか先輩連中も潰しに行ってやる、ハレル先輩の飲み会に付いて行ってな。

 

 


今日は大雪なので雪かきをすることにした。
雪を掻き出さないと明日には宿舎が埋まってしまうだろう。
というかここまで雪が降ってくると滑走路もただでは済まないだろう。
離れている我が部隊にもお呼びがかかるかもしれない。
あとは屋根の雪も降ろさないと宿舎が潰れる。
後輩共は士気が高いので頑張ってくれるだろうが、問題は先輩連中だ。
絶対何か理由を付けて休もうとするに決まってる。
ちゃんと話を付ける必要があるな。
ハレル先輩に掛け合ってみるか。
どうせ雪かきはしてくれないだろうから板履いて哨戒にでも出てもらう。

そんなわけで後輩に雪かきをさせつつ先輩連中の籠ってるであろう宿舎に行ったが、野郎共もう飲んだくれてやがった。
まだ昼だぞお前ら、後輩に示しがつかないとは思わんのか。
仕方ないのでまだ素面の奴らと飲んでいなかったハレル先輩にお願いして紹介に出てもらった。

 

 


今日は寒いながら晴れたので午前中で雪かきを完了させて午後はスキー訓練をする。
もちろん完全装備でだ、実包も使ってのトライアルを行う。
ついでに肉も調達することになるはずだ、晴れている日は動物も外に出ているだろうから。
後輩共はもちろん意気揚々と参加するはずだが先輩はどうだろうか。

先輩連中も参加してくれることになった。
もちろん最初は拒否して酒を飲もうとしていたのだが。
酒の肴が無いという事に気付いたのだろう、我先に装備を固め始めた。
先輩連中を引き込むことには成功したのだが、酒の為に行くというのはなんだか釈然としなかった。
しかも、「狩りは任せてくれ、一杯獲ってきてやる。代わりに訓練は後輩に任せた」と言われた。
トレーニングには参加せんのかお前ら、と思ったが先輩連中のスキーの腕は神がかっているからパスでもいいだろう。
しかし先輩連中に狩りを一任したという事は、自分は後輩のトレーニングに専念できるというわけだ。
後輩はまだ未熟だからトレーニングでみっちりしごいてもいいはずだ。

 

 


昨日の晴れから一転して猛吹雪が吹き荒れている。
吹雪いているだけで降雪自体は少ない事は幸いだった。
先輩連中は仕留めた動物を徹夜で片っ端から捌いていた。
というか今やっと終ったらしく見に行ったら血みどろの解体室の中で飲んでいた。
飲むのは良いけど片付けくらいはしてくれ、どうせ飲んだら寝るんだから。
後輩共は吹雪の中装備の点検をしに行っている。
吹雪の中での一番の問題は電線が切れることだ。
本部と繋がる通信線はいつもポンコツだから仕方ないが、駐屯地の電力線が切れたら目も当てられない。
だから絶対点検は怠れない、自分たちの命に関わってくる。
ハレル先輩は郵便業務に戻った、予定通りなら明後日には定期便が来るはずだ。
こんな王国の雪が深い所までインフラは充実していないので郵便が来るのは2週間に1回くらいだ。
その時に各物資がまとめて送られてくるのだが、新聞雑誌が一番の楽しみである。
ここの娯楽なんて酒と新聞雑誌くらいしかないのだから。

そういえば後輩がそろそろ増える時期だ。
もちろん新兵がここに来ることはまず無い、大抵連邦との国境や諸島連合と向き合ってる湾港警備の奴らだ。
王国民だから寒さには強いだろうが、ここは並大抵の奴じゃ根を上げる地域だ。
だからあえて新兵と呼ばせてもらう。
まぁ、ここに配属されたのなら脱柵なんて出来ないのだから否が応でも適応していくだろう。

 

 


今日はやけに先輩連中が真面目に働いていると思ったら、遺跡調査隊が帰ってきた。
彼らは他の隊と隊伍を組んで木の枝のような補給線を軸に遺跡を調査する部隊だ。
危険であり、しかし国家にとって重要な先進遺物を発掘して帰って来る。
もちろん彼らは命を落とすこともさして珍しい事ではない。
寒さ、飢え、滑落、野生動物の襲撃、先進遺物の暴走等々。
しかしそれを承知でここより冷たく厳しい場所へ赴き帰ってくる彼らを尊敬しない者はいない。
うちの先輩連中でもそれは例外ではなかった。
というかなぜ先輩連中は彼らが帰ってくることを知っていたのだろうか。
まぁ、誰かが哨戒中に見つけたのだろうと思う事にする。
そして遺跡調査隊の一部がが前線基地であるここまで戻ってくるという事は物資が足りなくなったという事だ。
もちろん補給物資は大量なので明日は彼らに付いて行くことになる。
もしくは、人員の補給を行うかもしれない。
命を落とすことが珍しくは無いのだ、そして自分達は彼らのバックアップの為にここにいる。
覚悟はもうできている、何にせよ明日ですべて決まる。

 

 


補給物資を彼らが乗ってきたトラックに乗せ終えた。
今回は人員の補給は無かった。
そしてハレル先輩が物資と郵便を持って帰ってきた。
久しぶりの新聞だ、我先にと新聞の争奪戦が始まる。
当然先輩連中が一番先だが、自分は特別に一部回してもらった。
いわゆる隊長特権って奴だ、一度最初に読んでみたいと思っていたんだ。
機嫌がいいから物資を買って隊の連中に配ってやった。
そして奴らが飲みに行った所で自分の部屋で静かに新聞を読む。
計画通り、これがやりたかったんだ。
新聞は相変わらず帝国の情勢、連邦との足並み、諸島連合との海洋資源の取り合いなどを語っている。
それに関連して国が新兵求むの求人を出している。
今回は気を利かせたのか美麗な軍人特集と一緒に広告が出ている。
今回の広告塔はカリューリンという女性らしい。
雪原の滑走路から紫炎を纏って飛び出す戦闘機を背景に立っている写真だ。
なかなかいい顔である。
今まではゴリラみたいな男を使っていたので華が無いと言われ続けていればそうなるか。
他にもカリューリン氏を広告に使った企業は多いようだった。
男共が下賤な話をしている時にカリューリン氏の名前を聞いていたが、たしか顔は良いな。
しかも男と比べて月一のアレとか身体的なハンデもある中で良くパイロットになれたものだと感心する。
自分も頑張らねば、弱音を吐いてはいられない。

 

 


新兵の入隊の日程が決まった、明後日だそうだ。
そうと決まったので急いで駐屯地の片付けを行う。
一番忙しいのは後輩共の一年生だ、彼らの寝床は明後日から新兵が使う。
新兵だった一年生は嬉しい事だろう、あのボロ屋から脱出できるのだから。
慣例として、また寒さや極地の厳しさに早く慣らさせるために新兵の部屋が一番ボロいのだ。
という事にしておいてくれ、予算が無いんだ。
まぁ上層部も寒さに強い者を選りすぐっているはずだから死にはしないだろう。
自分が新兵の時は死ぬほど寒かった記憶があるがな。
「隊長クラスになると個室が割り当てられて羨ましい」と思っていたものだ、懐かしい。

自分の異動は無いのでゆっくりと新聞を読みながら他の隊長達と明日の予定について話した。
新兵教育の為に気を引き締める必要があり云々、ということで他の駐屯地と合同でスキー大会を開催する事になった。
競技内容はいつも通り、スキーライフル雪上徒競走の3つだ。
自分の駐屯地の先輩連中はスキーとライフルが得意だが雪上徒競走が致命的にヘタクソなので悩みの種だ。
逆に後輩共は雪上徒競走だけ上手いのが多くて困る。

 

 


大会は有意義に終えられた。
かなり熱い戦いだったが後輩共のスキーとライフルの下手さが仇となって負けてしまった。
まぁこればかりは仕方ないので今後の教育の改善を行う事になるな。
それは置いておいて、やはり汗をかいた後のサウナは最高だ。
熱いサウナで火照った体を雪に投げ出すのは更に最高だ。
そしてまたサウナに入って体を暖める。
隊長になる前は男共と一緒にサウナに入ったものだが、今では隊長室に個室のサウナがあるときた。
明日からは新兵が増えるので気を引き締めてかからねば。

 

 


新兵が移送されて来たので荷物を宿舎に置かせてさっそく訓練を行う。
さっそくだが今日の新兵の教育は後輩に任せることにする。
もちろん監督官として自分が付いて行くがな。
というか他の先輩連中はは昨日負けたのが悔しかったらしく雪靴履いて雪上行軍の特訓を行うとかで朝からどこかに行っていた。
それでいいのかと思ったがサボってる所を新兵に見られるよりはマシか。
ところで新兵の訓練にも雪靴使うんだが、先輩連中が履いて行ったせいで全員に行き届かない事が判明した。
なので木と動物の皮を合わせた雪板で我慢してもらう。
個人的には新兵に雪のつらさを味わわせるには丁度良いだろう。
自分も新兵時代に使ったことがあるが、絶対使いたくないと思わせる性能であったことは覚えている。
今回の全体訓練により新兵の等級付けをして配属先を決めるのだ。
なので2日ほど時間がかかるだろう、むしろ2日以上耐えきった新兵がいたら凄いと思う。
よし、行くぞ。

 

 


初日の訓練の内容は生存装備一式を担いで朝から晩まで庭を回り続けることだ。
新兵でも4時間あれば1周できる計算だが、そこは知恵を働かせる。
今日はとてもいい吹雪が吹いているので新兵どもは寒さと空腹で自分たちが周回している事に気付かないというわけだ。
新兵からしたら終わりの見えない道を突き進む不安にさいなまれるはずだ。
かつて自分が新兵だった時にもこれをやられて絶望の中足を動かしていたものだ。
自分はその時1日目でリタイアしたな。

さっそく新兵が7人脱落した。
例年の脱落数より少ないのでまぁ合格だろう。
というか今年は女が多い気がする、というか脱落した内5人が女だ。
まぁ書類仕事する人手が足りなかったところだ、こき使ってやろう。
脱落していない女は2人、あとは全部男だ。
テントが足りない事を理由に雪洞を作らせる。
昨日の夜明けから歩きっぱなしだった上に休まず雪掘りだ、相当堪えるだろう。
だがここで基礎の基礎を叩き込まないとこの先生き残る事は出来ない。
ここが極地であるならなおさらだ。

雪洞を作り終えたところで日が落ちる寸前まで来た。
新兵はこれで休めると思っているだろうが、そこまで甘くはないぞ。
これで休めると思っている所で庭をもう1周走れと言い渡す。
絶望半分、恨み半分という目で見られるのはもうお約束だった。
書いてる自分も新兵だった時は目で先輩どもを射殺できそうなほどだったからな。
心中お察しするが、新兵が死なないために厳しい訓練をしているんだと思って許してくれないかね。

心を折られた新兵が脱落し始めた。
さらに暗くなってカンテラを片手に足元を確認しながら歩くものだから行軍速度が遅くなる。
庭をグルグル回っていると確信できる自分はカンテラ無しで歩いて行けるが、新兵はそうもいかないようだった。
脱落した新兵を担ぐのはもちろん他の新兵だ。
教官役である自分や他の後輩共が見ているとはいえ、実戦なら新兵を助けられるのは新兵だけになる。
だから負担も彼らが背負わなければいけないのだ。

雪洞まで戻ってきた時に初めて脱落した連中を回収する。
そして今日最後の飯を食う、少ない糧食を分け合うように新兵に言い渡す。
気が立っている新兵なら公平に分け合うことは不可能だろう。
そもそも、何を基準に公平に、かも教えていないのだから当然だ。
駐屯地に帰った後で座学で教えるのだから。
案の定公平に配ることには失敗したようだ。
ただ、不満が噴出するほどではなかったのは合格だ。
今年は優秀な新兵が多いので今後の教育が捗ると思うと安心する。

 

 

今日になって大量に脱落者が出るはずだ。
新しい土地、過酷な環境、重い装備、少ない糧食、休まずの行軍、溜まっていく疲労。
そして十分な睡眠を与えずに夜明け前に叩き起こしたので、疲労が不完全に抜けてしまったことで限界を早めてしまう。
この状態でさらに歩かせるのだ。
精神力との勝負になるだろう。

さっそく残っていた女の内1人が脱落した。
膝を震えさせながら他の新兵に肩を貸してもらって歩いていたが、ついに気を失って崩れ落ちたのだ。
残った女は1人、こちらはまだ余裕がありそうだ。
とは言っても目が虚ろで目の前の肩に追従して歩くのが余裕があると言えるかは謎だが。
見込みがありそうなので名前を覚えておくことにする。
セリエか、覚えたぞ。

雪中行軍訓練が終わった。
駐屯地まで自力でたどり着けたのは10人ちょっとだった。
さすがに苛めすぎたか。
しかし新兵共のうちの一人、ザゥールがなんとか隊を引っ張ったおかげで脱落者は少なく済んだ。
しかし駄目だな。
何が駄目かって、駐屯地に着いた瞬間に5人も気を失って倒れるとは。
初回で自力帰還できたご褒美に許してやるが、次からは容赦しないぞ。
まぁ、そこら辺は座学で教えればいいか。
とりあえず後輩共も引っ張り出して介抱してやる。
この駐屯地名物のサウナに放り込んでおけばそのうち起きるだろう。

生憎だがセリエは駐屯地に帰還しても気絶せずにおぼつかない足で立っていた。
根性だけは一人前だな、昔の自分に見せてやりたい。
サウナに連れて行こうとしたが、こんな状態で男共の突っ込むのもどうかと考え直した。
自室のサウナを使わせてやることにする。
次からは男共のサウナに突っ込むがな。

 

 


久しぶりに新兵に付き合って庭を駆け回ったからか、全身が筋肉痛になった。
とはいえ訓練に支障が無いレベルだ。
自分でさえこれなのだから、新兵は1週間は筋肉痛で訓練できなくなることが予想できる。
だから今日は休みにして、次の6日で座学をみっちり叩き込んでやる。

セリエに聞いてみたが昨日の記憶は無いと言っていた。
そんな状態でよく帰ってきたもんだ。
そして男共と一緒のサウナに入って男共に色目で見られたらしく、恥ずかしがっていた。
むしろ見せつけるくらい慣れてしまえば楽だぞ。

今日になって先輩連中が帰ってきた。
あんな軽装で3日どこに行っていたのかが一番の謎だ。
問いただしても雪上行軍訓練としか言ってくれないし。
実包の減り具合からして動物を狩ったのだろう事は分かる。
しかしそれにしても全員分にしては使った弾が少ない、本当に不思議だ。

 

 

 

今日から新兵に座学を教える。
先輩連中は昨日帰って来てから部屋で宴会をしたらしく、全員そろって潰れていた。
唯一ハレル先輩が酒臭かったが素面だったので協力を頼む。
あとは後輩も連れてこなくては。

まず最初の訓練のネタばらしをした。
駐屯地周辺の庭の周りをグルグルしていただけだと聞くと驚愕の声が上がった。
極地を知らない未熟な新兵が歩いて帰って来れるように訓練したんだ、極地を甘く見るんじゃねぇ。
という一喝は代々新兵に受け継がれている。
自分は笑わなかったが、後輩共が新兵に見られないようにニヤついていた。
この調子なら座学の主導は後輩連中に任せてもいいだろう。

 

 

 

夜中だが猛吹雪で建物から壁が剥がれて吹き飛んだ音で目が覚めた。
ここ最近の日差しで溶けた水が壁で凍ってそこに強風が吹きつけたのが原因らしい。
幸いにも食糧庫の壁が一部崩壊しただけで済んだようだ。
宿舎がこうなっていたら悲惨な事になっていただろう。
朝までかかって全員で壁の氷を落としたりつららを落としたりしていた。
新兵は眠そうな顔をしていたが、座学は予定通りやるぞ。

今日は銃の解体組み立てを行った。
極地で使われている銃は王国軍で多く採用されている銃とは違う。
違うと言っても、形は普通の中折れ式銃ではある。
ただし極地で作動不良が起こらないように設計に手を加えてある。
まず錆に強くするために金属の混合比を変えてある。
さらに水が入らないように色々な個所を密閉されるようになっている。
その一環で元々露出していたハンマーが内蔵されて撃発機構も少し変わっている。

まぁ中身が違うだけで同じ銃だったから整備に関してはすぐに新兵も覚えた。
だがこれだけのために1日かかる座学を開いたわけではないだろうとは新兵も薄々感じていたはずだ。
その通り、今期は銃の更新のトライアルがあり、新式銃の納入が始まっている。
極地でも例外では無いが、納入が早いのでいち早くそれに触る機会があるのだ。
そんなわけで新兵に新式銃(になるかもしれない一丁)のお披露目をした。
新兵と後輩共のウケは上々だったが、自分と先輩連中は肯定的ではなかった。
なぜかというと、旧式銃の扱いが体に染み渡っているので、旧式銃の方が再装填を早く済ませられるからだ。
もっと詳しく言うと、ストックポーチに付いている弾薬を引き抜いて装填した方が早いのだ。

 

 

 

隊長になったからか、最近ずっと休暇の申請が取れない。
いい加減性欲が溜まりすぎてイライラしてくる。
早く町まで行って男娼を買い漁りたい。
間違っても駐屯地にいる男共の相手をするのは御免だ。
とは言っても昔やられそうになって男共をぶちのめした事もあって誘って来る奴らすら皆無だろうがな。
そう考えると新兵の女共が心配になってきた。
今日の座学の後に居残りさせてそこらへんキッチリ教育するか。
でもハレル先輩なら酔い潰して部屋まで連れ込んでみたい。
でも自分より酒に強いから無理かな。

昨日と今日で念入りに雪下ろしをしたおかげで、昨日のような惨事は防げるはずだ。
あの事故の原因は壁に使っている材質のせいかもしれないので、そのあたりを本部に報告するための資料を作る。
なにぶん普通の壁材を改良した物なので、極地の環境に合っていない物であるかもしれないのだ。
というのは建前で、ただでさえ少ない建物の修復費用を無心するためだ。
自分も隊長になってから悪い考えが良く思いつくようになってきたと思う。
というかなんで手伝ってくれる人がいないんだ。
お前らの予算がかかってるんだぞ、というかなんで駐屯地全部の修理費の計算まで自分にさせてるんだ。
最近二日酔いになるまで痛飲してないな、早く休暇が欲しい。

 

 

 

座学はもう後輩共に任せてある。
そろそろハレル先輩は郵便業務があるので準備を始めたらしい。
今日の新兵は動物の解体を教わるために後輩共と外に出ている。
実地だが、課外授業だと思えば座学と言えるはず。
「4日も休んでいたんだ、体をほぐすと思って行って来い」と言っておいた。
新兵は嫌な顔をしていたが、狩った獲物を解体してそれを食っていいと言ったら嬉々として出て行った。
ただし日帰りではない、そこは言わなかったがな。
背負った装備の多さでどれくらい活動するのか分かるようになるまでは遠いな。
後で座学で教えるが、荷物の内容で何日活動するかを適切に判断できなければ死ぬ。
ザゥールやセリエ、他何名かは何となく分かっているようだった。
ザゥールは計算してからこちらを見てきたが、セリエはなんとなく装備が多いのを嫌がっているようだった。
さらに肉を食っていいと言ったが、調味料は装備に入れてないからな。

 

 

 

朝遅くになって新兵が帰ってきた。
後輩共は行ったときと変わっていなかったが、新兵は明らかにやつれていた。
それでもザゥールが上手く纏めたらしく、そこまででもなかった。
意外と極地への順応が早い奴らだ。
セリエもなんとか付いてきているようだ。

セリエは何の躊躇も無しに男共のサウナに突撃していった
少し前までは男共が少ない時を狙って入っていたらしい。
だが今見たら男共が満載のサウナに突撃するくらいの度胸は付いているようだった。
ただ、男共に絡まれるのに慣れるのはまだ先だろうがな。
優しそうだったから、絡んできた男共を張り倒すまでには至らないだろうな。

昼を過ぎたあたりで遺跡調査隊が久しぶりに帰ってきた。
窓から見ただけで帰ってきた調査隊の荷物が多いと思ったが、案の定あの中の大半は死体袋だったらしい。
駐屯地の全員で英雄に向かって敬礼をする。
密閉袋に入っている物体の内容は新兵には分からないだろう、自分も最初はそうだった。
喜べ新兵、今日の座学は急遽変更だ。

分かり切ったことだったが、今日の座学をして飯が食えなくなった新兵が多い。
なにせ英雄の死体の後処理だからな。
7人もいたから新兵全員に死体が行き渡った。
新兵は五体満足の死体を想像していたのだろうが、袋を開けてショックを受けたはずだ。
腕がぐちゃぐちゃになっていたり、腹の内臓がむき出しになっていたり、腰から下が無かったり。
そして自分が直々に授業を監督した。
英雄を極地から降ろすに当たって、死体が腐ってしまっては非難されるし、葬式に出せなくなる。
そこで駐屯地まで一時的に持ち込んで死体の防腐処理を行うのだ。
とは言ってもここでする事は簡単だ。
眼球、脳、内臓、血液を抜き取り、詰め物をして防腐剤を塗布する。
目や心臓は防腐液に漬けて
取れた腕や足は縫って繋げる。
原型が分からない物は諦める。
これでいくらかは持つ。

授業の終わりに新兵に問いかける。
自分も新兵だった時の先輩から言われたことだ。

これが英雄だ。
この死体袋に入って運ばれてくる物が英雄だ。
この原型を留めていない物ですら英雄だ。
極地では死んでしまった物が初めて英雄になるのだ。
お前ら新兵は自分達やもっと奥に行っている連中の事を英雄だと思っているようだが。
それはとんだ勘違いだ。
極地に行く者が英雄になるのではない、極地から帰ってくる物が英雄になるのだ。
だから自分たちはお前ら新兵を英雄にさせないために教育する。
だから一つ聞いておく。
お前たちはここに何になりに来た。
英雄か、それとも遺跡の調査隊か。
今でも英雄になりたいのであればここにある異動願いを今すぐ提出しなさい。
書いて出してもいいし、自分を臆病だと思うなら白紙で出してもいい。
ただし、仲間の判断を自分の基準にはするな。
同じく、自分の判断を仲間に押し付けるな。
必ず一人で決めるんだ。
それを誰も咎めないし、どこからも咎めさせたりしないから。

異動願いを全員に押し付けて夕飯を食いに行かせた。
先にサウナに行かせなかったのは、体にこびりついた死臭と共に飯を食ってほしいからだ。
死体の横で飯が食えるくらい早く慣れて欲しい。
少なくとも元自分の中隊の先代隊長の死体袋の横で酒を飲めるくらいには。

第17中隊から5人の死者が出た事が報告されていたので人員の補給を考えなければいけない。
少なくとも自分は参加しなければいけない。
そしてあと4人選抜するとなると、年長者は少なくなってしまうな。
隊長の地位はすぐに返上されてしまうのだけが心残りだ。
あとは新兵の教育だが、後輩なら上手くやってくれるだろう。
ハレル先輩にもお願いしておいたので、なんとかなるはず。
身支度を整えなければ。

 

 

 

朝早くからハレル先輩が英雄を7人乗せて、ついでに郵便業務で麓まで降りて行った。
ハレル先輩の運転するトラックが見えなくなるまで皆でずっと敬礼していた。
特に新兵はトラックが見えなくなってもずっと敬礼をしたままでいた。
何人かは泣いていたが、それを咎める者は誰もいなかった。
その後異動願いを回収した。

せめて最後に新聞を読みながら酒を飲みたかった。
わがままは言っていられないな。
ここでの最後の装備の点検を終えて出発だ。

疲れがたまっていたのだろうか、寒いトラックの荷台にいたのに寝てしまった。
トラックでは入れない場所まで来たので、あらかじめ用意していたそりと雪靴で行くことになる。
とはいえ日も落ちてきたのでここに陣を張るそうだ。
覚悟を決めたはずだが今更になって駐屯地の新兵が気になってきた。
ちゃんと後輩共は新兵をしっかり教えてるだろうか。

 

最終更新:2014年12月18日 03:53