パルエ皇国譚

 目を覚ますと自分は、連絡用のカーゴに乗って移動していた。取ってつけたような座席は取り付けが悪いのか時折振動でガタガタと揺れ、健全に育ってきた腰骨に痛みを生じさせていた。今まで鉄の足場の凹凸の少ない地面で暮らしていた自分にとって、ここの第一印象は「歩きづらい」というものだった。たまにカーゴ自体がはねるため、淵を掴む手にも力が入った。
 先ほどから坂道の入りくねった道を進むカーゴには、自分以外乗っていない。カーゴは乗り手もなく進んでいく。先頭車両にある生体機関がインプットされた道筋を進んでいるのだ。この国にしては贅沢な仕様に、この区域が如何に自分に分不相応なところかを再認識した。

 クランダルト帝国領内にある天然島、ノイエラント。国の中枢を司る役人たちや貴族たちが生活している、楽園のような場所。報告書や絵画でしか見たことのない緑化された大地。青と白の空。腐敗臭のしないそよ風。23年間スモッグにまみれた世界で生きてきた自分にとって、まさに異世界だった。貴族の住むと言っても、青年が生まれる前に行われたクーデターによって腐敗していた貴族出身者は一掃され、住んでいる貴族の数が激減しているので、こうして「楽な方法」で目的地に向かっているのだ。
 やがて坂を上り終えたカーゴは一時停止し、空気の抜ける音が先頭車両から聞こえた。たぶん文字通り息抜きをしたのだろう。生体機関とはいえ動力という前に生命活動を行うのだ、休憩はするのだろう。座席から身を乗り出し。周囲を見渡した。
 緑で埋め尽くされた大地の中にぽつりと白い塔と丘が見えた。ふと、ポケットに押し込んでいた紙を取り出し、判印刷で作成されたザラリとした質の悪い地図と丘の位置を見比べる。どうやらあそこが目的地らしい。ここからは下り一直線の一本道だ。あと10分くらいで到着するだろう。カーゴの座席に座り直すと、小休止を終えた先頭車両が動き出し、下り坂を進み始めた。
 下り坂だけあって、先ほどよりは速度が増し、振動も大きくなる。もはや腰に振動が伝わるのではなく、腰や背中に座席自体がぶつかってくるため自然とうめき声が口から来れる。この島に連絡船で来て、このカーゴに乗る際、船員から軟膏を貰ったことを思い出していた。
 下り坂を終え、ある程度落ち着いた道になったところで、顔を上げると、丘の上から見た塔がすでに間近に見えていた。白と思っていた塔は、実は灰色でところどころ白い斑点がへばりついている。塔には数本の枝がついており、枝には数羽の鳥が羽休めをしていた。枝の先にはクランダルト帝国国旗をはじめとする見たことない旗が吊るされており、風に揺れてぱたぱたと音を立てていた。
 塔の傍には、一軒の家。いままで産業塔のバラックで育った分、その家の存在はおとぎ話の中の物のように思えた。切り出して作られたと思われる白い岩石のレンガで作られた家は一見すると平屋一戸、周りはただの岩を積み上げたような壁が腰あたりまでの高さで存在している。壁向こうには家の中へ入るための入り口と、家の前に開かれた敷地には、木と家の間につながれた縄に干されたシーツが、陽の光を浴びて白く光りながら揺らめいている。

最終更新:2017年03月02日 20:15