デストロイヤー<後編>

 揺り籠のように安心する揺れには程遠い、しかし慣れればこれはこれでいいものだ。そう感じる艦内の一定の揺れの中で薄暗い天井を眺める。幾多に渡る戦闘でこの部屋も一度吹き飛ばされたのであろう、天井の一部に焦げた跡が残るこの部屋がヴァルメリダに割り当てられた一人部屋である。副官補佐という立場か女性だという理由なのか定かではないが、士官学校で異性と相部屋であった彼女からすれば肩透かしを食らった感じである。

在学中、相部屋の男子生徒はいつも青い顔をして胃の辺りをさすっていたのは今でも謎である。無愛想にしすぎたせいで緊張させてしまったのだろうと考え、親睦を深めようと何度か会話を試みたこともあったが、青い顔に加え脂汗まで出始めた時点で止めた。
そんな思い出を懐かしく感じながら寝台から体を起す。簡易ベッドをギシリと軋ませながら立ち上がり、出入り口付近にあるスイッチを押すと狭い部屋に灯りが灯る。簡易ベッドと洗面台以外何もない。んーっと伸びをしながら洗面台の前に立ち、小さなレバーを引くとわずかばかりの水が蛇口から出てくる。それをアルミのような鉄で出来た薄いボウルに溜め、顔を洗う。このボウルは士官学校卒業前に教官から貰った特別なものだった。

何故これを渡すのかと尋ねると、「持ってると何かと役立つものだ」とだけ教えてもらった。確かに、今もこうして水を溜める事に役立っている。これでパシャパシャと顔を洗うと気も引き締まる。ただ、鉄仮面に威圧感が増すのだがそれを彼女が知る術はない。グレーヒェン家自慢のブロンドの髪を梳かし、軍服に着替える。寝る前に整備しておいた拳銃を入れたガンホルスターを腰に巻き、帝国軍人の証である美しい羽根の付いた船形帽を頭に乗せる。きちんと身支度を整えたところで一呼吸。
服に乱れがないことを再確認し、立て付けが悪い鉄製のドアを押し開いて廊下に出た。
艦内灯が薄暗く照らす廊下はいつも通りの静けさを保っていた。今日もどこかで楽器隊の誰かが楽器を弄っている様で、微かに陽気な音が流れている。
静かだ。静か過ぎる。昨夜の晩餐会終了後、重巡アルバレステア艦内放送で作戦日時が伝えられたのだ。その場は色めき立ったが、それが嘘のように今朝の静けさを取り戻していたのである。嵐の前の静けさというのだろうが、それにしても普段と全く変わらない朝を迎えたことは、ヴァルメリダにとっては異様な事の様に感じた。

廊下で行き違う船員も、朝食を摂りに来た食堂も、いつもの笑顔で厨房に立つ主計課も、普段と変わらない。朝食に出たパンも白パン・・・・・・ではなくいつもの黒パンである。昨夜の柔らかいふわふわの白パンに思いを馳せつつ、スープに漬けながら食す。
その時、朝食が乗ったトレイを持った人が隣にドッカと座った。

寝癖のついた頭をボリボリ掻きながら黒パンに噛り付くグランビア搭乗員ディジルは、身嗜みの整った少女に「よう」とだけ言う。対するヴァルメリダは小さく会釈し、「おはようございます」と返した。彼がわざわざ隣に座ったのは何か言いたいことがあるのだろうか。しかしなかなか会話は始まらず、無言の朝食が続く。ヴァルメリダは自分から会話を始めるほど積極性のある性格はしておらず、ディジルは慣れない年下の女の子に対しどう切り出すべきか悩んでいた。
美人で新人ということで、ヴァルメリダに是非お近づきになりたい船員たちがその隣に座りたかったらしく、隣席を占拠するディジルを悔しそうに見ていた。

「静かですね」

ポツリとヴァルメリダが言葉を紡いだ。
今朝から気になっていたこの艦の雰囲気を短い言葉で表した。
対するディジルはその言葉の意味を刹那考え、黒パンをスープに急速潜行させながら答える。

「勘違いしちゃいけねえ。空に出たその時からもう戦場なんだ。この静けさが日常で、この静けさも戦場なのさ」

ディジルはスープを吸ってへろへろになった黒パンを口に放り込み、食後の一服とばかりに煙草を取り出す。
が、隣の少女の存在を思い出して煙草を箱に押し戻す。

「怖くないのかい?」

「いいえ」

手持ち無沙汰になった指を擦り合わせるディジルの質問に、この士官候補は即答した。
帝国軍人たるもの、死を恐れてはいけない。死を恐れては戦果を得る事はない。そう学んできた。だからこそアルバレステア乗艦の推薦が来た時にそれを受けたのだ。この経験は必ず自分の糧となるはずだ。今、帝都で建造中である自分の名を冠したグレーヒェン級の為にも。死を真近に感じてこそ得る何かが。

「駄目だね」

その覚悟をこの男はスッパリと切り捨てた。

「駄目だ。怖がっていい。戦闘は怖いし撃たれたらビビッていい。死にそうなら逃げたっていい」

「貴方は・・・自分が何を言っているか、分かっているのですか?」

それは敗北主義者の戯言だった。
敵を前に逃亡しろと?戦争を怖がって戦争なんて出来るわけがない。私たちは戦争をするために軍にいるのではないのか。
怒りで声が震えそうになったのをかろうじて抑え、ディジルを睨む。ここに来てからリズムが崩れっぱなしだ。ここまで激情家だったとは自分でも驚きだった。
瞳の奥に怒りを潜ませた鉄仮面の名にふさわしい睨みを正面から受けて、ディジルの顔が一瞬だけ真顔になる。

 不意にズイっとディジルが腕を伸ばす。
思わず睨んでしまったが、この男はアルバレステアの懐刀であるグランビア隊隊長。それにふさわしい体格の持ち主だ。腕っ節も相当自信がありそうだった。もし怒らせてしまったら、いかに鍛錬の一環で体術を嗜んでいるヴァルメリダであろうとこの男の前では紙同然だろう。
先ほどから二人の成り行きを見守っていた船員の数人が事態を察して腰を浮かしたのを視界の端で認めた。

思わず目を瞑ってしまったヴァルメリダの頭は柔らかい衝撃を受けた。
節くれだった大きな手が彼女の綺麗な金髪を荒っぽく撫でたのだ。

「年相応の反応をしたって、誰も怒ったりしないさ」

ぶっきら棒な口調ながら、その声には優しさがあった。
それだけ言うと、「あばよ」と食堂を出て行く。
乱暴に撫でられたせいで乱れた髪のままポカンと見送るヴァルメリダの耳に、船員の「いいなぁ」の声が小さく残った。



アルバレステア内の格納庫では直掩隊を上げるべく整備兵が慌しく動き回っていた。ディジルもツェアシュテーラーと名付けた愛機に乗り込む。
無線から雑音混じりに僚機の声が飛び込んでくる。

<聞きましたよ隊長。未来の地区艦隊司令相手に、罪な人だ>

<隊長は今、この艦内全480人のヴァルメリダちゃんファンを敵に回したんですからね!>

「二番機、四番機ーそこうるさい。三番機は乗り込んでから文句を言え。まったく聞こえん」

相変わらず耳の早い連中だ。
ぶーぶーと文句を言う僚機を無視して愛機のエンヂンをかけようとするが、うんともすんともいわない。いつもなら「さあ早く空に行こう」とせっつく癖に。

「なんだよ、お前まで」

弁明あるまで飛ばさないといわんばかりの頑固さに、流石のディジルも折れた。「一服の間だけ答えてやる」と食後に吸いそびれた煙草に火をつけながら呟く。

「・・・帝国の為に死ねと教わってきた子に死ぬな、生きろなんて言葉は酷ですよ」

愛機と同じくらい信頼を置いている実質の副隊長である二番機が少し言いにくそうに言った。
それはそうだろう。彼の娘と変わらない年の子に死ねと面と向かって言えるわけがない。例え、政治犯や反乱分子を始末する帝都最恐の憲兵隊を前にしても。
戦争は物事を合理化させる。多様な思想を持つ兵士より、目の前の敵を屠る思想の統一された駒を求める。それが間違いと気付くのは初陣を生き延び、幾多の砲火交わる戦場の中だ。半数は死と寄り添いながら真実を知り、半数は真実も知らぬまま純粋無垢のまま肉塊となるのだ。それがヴァルメリダたち戦争世代の運命だ。
ディジルは純粋無垢な思想に楔を打ち込む。真実により近付いた者が生き延び、変革をもたらし、戦場を操るのだ。

「ご自身が出来なかった事を後世に、彼女に託すというのですね」

二番機が寂しげな笑みを浮かべる。答えず、拳を挙げて合図を送る。
空調調整が終わった格納庫の口が開き、空がディジルたちを歓迎するように風を送り込んでくる。防寒対策のされたヘルメットにひっかけたゴーグルを下ろし、視界を確保する。管制室から離陸許可が出る。愛機のエンヂンはかかっていた。
馬鹿ね、口下手よ。と言わんばかりに体を揺らす愛しい姫を優しく撫でるディジルに二番機から無線が入った。

<やはり隊長は・・・我々は罪な人だ>

律儀な野郎だ。荒くれ者でお調子者の集団の中の良心ともいえる。

「ああ、そうだ」

<ごもっとも>

<この中で罪を犯した者だけ石を放てと偉い人も言いました!>

<馬鹿野郎!そりゃ罪を犯していない者だけ、だ。俺は投げるぜ!榴弾をな!>

わっはっはと下品な笑い声を響かせながら、アルバレステアが誇るグランビア隊が飛び立った。




 気分が晴れない。
自分の根本を取り払われたような空虚感がヴァルメリダの心を覆っていた。今まで決して揺らぐことのなかった鉄壁のメンタルがグラグラと揺らいでいる。自分の信念は持っていたはずだった。しかし日常から流れてくる洗脳ともいうべき帝国のプロパガンダは無意識に少女の信念を塗りつぶそうとしていた。

「飲むかね?」

悶々としていたヴァルメリダに声が掛かる。慌ててそちらに向くと、艦長がゆったりと椅子に腰かけながらコーヒーを差し出していた。今、ヴァルメリダは指令艦橋にいた。艦隊全体の緊張感が高まっている気がする。連邦艦隊との接触空域が近づいているのかもしれない。
コーヒーを丁重に断ると、艦長はいつものじんわりとした笑みを浮かべる。

「話は聞いたよ。ふふ、奴の言葉足らずと無礼な振る舞いは許してやってくれ」

「いえ・・・そんな」

「奴とて君の年にはもう空を飛んでいたというのに、おかしな話だろう?彼は君たちのような若い世代には戦ってほしくないと考えているのだよ。自分たちの世代で停戦までもっていこうという全くもって無謀な、壮大な野望を抱いていた。だが夢破れた・・・いや、新しい夢を見つけてしまったというか、魔に魅入られたと言えばいいのかな」

「艦長、その魔とは」

「奴のグランビア。そうだ、ディジルはアレに出会って変わったのだ。生まれ変わったといっていい」

艦長はいたずらっ子のように愉快そうに目を細めた。

「話が盛り上がってきたが、ここまでとしよう。続きは今度だ」

ギシリと椅子を鳴らし、老練なるアルバレステア艦長が腰を上げる。直後に偵察隊から送られてきた敵影発見の報を無線士が持ってきた。ピリリとその場の全員に緊張が走る。

「ふむ・・・旗艦はアッダバラーン級。ならば敵総大将はアッパス君か。うむ、良きかな良きかな」

一人微笑みながら偵察隊からの報告を読み終えた艦長は声を張り上げる。

「潜航やめ、電探起動開始!後続に連絡、輪形陣。第二戦速」

「アイ!電探起動開始ー!第二せんそーく!」

副艦長が復唱し、電探が起動する音が耳の奥で鳴る。生体機関に任せた潜航航行から切り替わり、グン!と速度が上がる。
その間も艦長と参謀が空図を挟んで話し合い、電報を持った無線士が駆け回る。
ほぼ全方位視認可能な指令艦橋からは、輪形陣を組むためクライプティア級駆逐艦がアルバレステアの左右に展開している様が確認できた。第二空雷戦隊旗艦フレイヤ級二番艦エクシードとヤルマルティアが前面。左右をアカッツィア、ミィリスフィアが。後方にラグナバリアが配置についた。元々スカイバード捕獲艦であるフレイヤ級は機動力があり、駆逐艦とほぼ同等の機動力を有する。おかげで配置転換がスムーズである。

「ヴァルメリダ君」

各艦から送られてくる配置完了の信号を確認する副艦長の横で、艦長が小さな声で彼女を呼んだ艦長の目は隠し事を共有する少年そのものだった。

「ヴァルメリダ君。対空戦闘に入る前に戦闘機同士の制空戦闘があるのは知ってるね?」

「はい艦長。しかし、こちらの戦闘可能機は四機ということで制空戦闘は行わないと会議で・・・」

「その通り。制空戦闘の後に対空戦闘に移行するのが通例だ。よって、今回はそれを同時にしようと思う」

「・・・それは、えっと?」

「見てからのお楽しみというやつだ」

楽しそうにそう言う艦長はおもむろに歩き出す。
最も見晴らしの良い位置まで行き、首にかけている双眼鏡を覗き込んでいる。気になったヴァルメリダも隣まで行き同じように双眼鏡を覗き込むが、前衛の駆逐艦が見えるだけである。

本当にこの艦隊の人たちはおかしい人が多すぎる。そう思いつつ未だに双眼鏡を覗き込んでいる艦長を眺める。口の中でモゴモゴと何かを呟いているようだ。誰かと話しているようにも感じるが。

「来たな」

「電探に感あり!数から敵戦闘機群と予測されます!」

艦長の呟きと電探観測手の報告はほぼ同時であった。驚くヴァルメリダをよそに艦長は副艦長に対空戦闘用意を告げる。
急いで双眼鏡を覗き込むと、はるか先に黒い点の群れが、眩い星ランラの光をチラチラと反射している。

「あの数を発艦できる空母は数が知れている。おそらくだが、エカルラード級だろう。戦闘隊18、爆撃隊12ほど格納できると聞いているが・・・上がっているのは8、6といったところか。連邦め、波状攻撃を目論んでいるわい」

艦長が楽しそうだ。
呑気だなぁ・・・と日頃、礼節を欠かさないはずのヴァルメリダが本気で呆れ始めた。
そうこうしている間に敵戦闘機群はどんどん接近してくる。こちらの航空戦力はたったの4機。戦闘機隊とやりあっている間に爆撃隊が突破し、艦隊に爆撃を敢行するであろう。圧倒的に不利である。艦長にはどんな秘策があるというのか、ヴァルメリダには到底理解できなかった。頭の中で対抗策をいくつも考えるが、戦闘機の存在がどうしても邪魔だ。前日の作戦会議で「航空戦力は無視して作戦立案をしてみてくれ」と言われたから作戦を立てたのだが、これでは艦隊決戦に持ち込む前に艦隊は壊滅してしまう。

「頃合いか」

爆撃編隊を組んでいる一角が突如火を噴いた。
ヴァルメリダは何が起ったのか分からなかったが、敵戦闘隊も想定していない事態に慌てたのか後方に何幾か飛んでいく。どうやら後方からの攻撃らしい。黒煙を引いて高度を落としていく戦闘機の数が増えていく。ヴァルメリダの双眼鏡がようやくとらえたものは、どうやって回り込んだのかディジル率いる4機のグランビアが爆撃隊を襲っていた光景であった。ようやく事態を飲み込んだ戦闘隊がディジル隊と戦闘を開始する。

ヴァルメリダは初めて質が量を圧倒する様を見た。
グランビアは連邦主力戦闘機セズレに比べ速度が遅い。しかし元は生物の体であるグランビアは鉄の塊には真似出来ない驚異的旋回能力を持っていた。速度の差を生かしあえて追い抜かせて敵機の尻につく者、旋回性を生かし予想軌道に自慢の榴弾で偏差砲撃をかます者、様々であった。
圧巻はディジルである。クルカのような変則的な動きで敵機に的を絞らせない。弾道が見えているかのように回避してみせる曲芸飛行。尻を取られたと思ったらありえない動きで振り返り、すれ違いざまに機体の左右に付いている生体機関をわざと当て、コクピットをすり潰す。機体を鈍器として用いる荒々しい戦法は教科書には載っていない。何もかもが滅茶苦茶だ。何もかもがぶっ飛んでいる。

「見惚れている暇はないよヴァルメリダ君。対空戦闘用意!」

「アイ!対空せんとーう!」

副艦長の復唱にハッと我に返った。いかにディジル達が鬼神のごとく戦おうが爆撃隊は艦隊に差し迫っているのだ。
各艦の機銃からパラララと第一弾幕が張られる。当たるかは不明であるが主砲を撃っている駆逐艦もいた。続いて副砲群が砲撃を開始。さらに機関砲が炸裂弾で網を張り巡らせるように続けざまに発砲し、濃密な弾幕を形成。輪形陣を保ちつつ回避行動を取りながら爆撃隊を近づけさせまいと弾幕を張り続ける。
腹に爆弾を抱えた爆撃隊は流石に肝が据わっていた。張り巡らされた弾幕に怯むことなく編隊を保っている。炸裂弾で尾翼を砕かれながらも、なおも爆弾を投棄せずアルバレステア目掛け、投下地点へと保身無き直進を止めない。
戦場は非情である。十分に照準を絞ったアルバレステア奥の手である5連装対空爆裂弾が待ち受けていたのだ。ヴァルメリダは目を背けず、微動だにせず、その一部始終を見届けた。彼らの死を、敵であろうと目を背けてはならない。そう感じた。

第一波は退けた。
ディジル隊を収納したアルバレステアは再び陣形を変えた。当初の作戦通り旗艦であるアルバレステアを先頭にした単縦陣である。また、対空兵装の乏しい重砲艦アトラトル隊が非戦闘空域から復帰し、戦列に加わった。


「艦長、まだ第二波が残っているというのに艦隊決戦陣形は早急です」

「いや、これでいい」

各艦からの被害報告を受けながらヴァルメリダは艦長に詰問した。最後まで抵抗した爆撃隊によりアカッツィアが小破、ヤルマルティアが敵機の破片弾を臓器に被弾し速度が若干落ちたなど、あの攻撃隊と交戦した割には軽微な被害に収まった。速度が落ちたヤルマルティアは後列に移動となった。このアルバレステアも機銃員に被害が出ているという報告も上がってきた。

「敵艦隊目視確認!一時方向深度3なり!」

見張りから敵艦隊見ゆとの報告が響いた。それが意味することは艦隊決戦、艦と艦による殴り合いだ。
艦隊決戦が行われようとしているのに対空陣形のままでは確かに不利である。しかし爆撃隊を飛ばしてくることは必至。背に腹は代えられないが、依然不利な状況にヴァルメリダは唇を噛む。電探で確認できただけでも連邦側は予想通り3艦隊と見られる。奇襲部隊が敵の目を掻い潜り、奇襲を成功させるまで崩れることは許されない。まさに、この一戦にかかっているのだ。

その時、艦長が不思議な命令を発した。

「帝国旗並びに第二水雷戦隊旗、地区艦隊旗を掲げよ。双頭協定使用の共通信号弾、<ワレ アルバレステア>」

皆が驚き唖然とする中、命を受けた伝令兵が大慌てで伝達し、直ちにマストに三つの旗が翻り、元々旧兵器と遭遇した際に用いる共闘協定に使用される、連邦にも通じる信号弾が打ち上げられた。
皇帝より下賜された栄誉ある帝国旗、帝国最高練度を誇る華の第二水雷戦隊旗、そして誇りある地区艦隊旗。自らの存在を堂々過ぎるまでに主張する信号弾は「地区艦隊旗艦健在なり」と敵味方に知らしめるかのように高々と打ちあがった。これほどまでの示威行為に、士気の上がらぬ艦などいなかった。ヴァルメリダには各艦の「彼女」たちまで感化されたのか、興奮のあまり耳が痛くなると錯覚してしまうほど心音が高鳴っているのを感じた。

旗艦アルバレステアを肉壁に第二水雷戦隊は連邦艦隊に突撃を敢行した。
ディジル隊がアルバレステアの頭上を守るべく再び空に上がる。連邦艦隊のはるか後方にいる空母エカルラード級の艦影から残りの艦載機が飛び立ち、ドッグファイトが繰り広げられる。

「主砲射程距離圏内到達!魚雷発射音多数、深度1、3!数4!」

「撃ち方はじめ!後方に伝達、回避行動継続!戦列を乱すなよ、このアルバレステアを盾にせよ!」

ギュルルルと空気を貫きながら側面を駆け抜けてゆく魚雷を横目に、第二水雷戦隊の砲門が開き砲撃戦が開始された。
帝国艦の弱点として装甲の薄さが挙げられるが、それでも生体機関さえ貫かれなければ何とかなる。アルバレステアは砲弾を弾くのではなく角度をつけ、あえて装甲を削がせるという無茶苦茶な防御をやってのけた。

「右舷副砲群沈黙!左舷腹部被弾、第一装甲剥離、内出血確認!」

「鎮痛剤投与。副砲修理急げ!深度設定そのまま魚雷装填一番、三番フォイヤ!」

「艦長!これ以上の被害は、アルバレステアが耐えられません!」

既に左舷生体機関は火災による火傷、第二主砲沈黙、第三艦橋損傷甚大、速度低下の被害が出ている。
また、砲艦アトラトル二隻が撃沈、ラグナバリアが火災により落伍、ヤルマルティアが孤立との報告が出た。生き残ったエクシード、アカッツィア、メィリスフィア、アトラトル四隻も被弾箇所が多くこれ以上の戦闘は厳しい。

その時、連邦艦隊の真下、雲の中から打ち上がる様に飛び出し奇襲部隊が突如現れた。
帝国の秘密兵器、生体機関の心音を極限まで抑え込む鎮静剤の投与により連邦の電探索敵を掻い潜る事が出来たのだ。完全に虚を突いた奇襲部隊の一斉砲撃に連邦艦隊が瓦解する。とはいえ、当初の作戦通り追撃に加わる筈だった第二水雷戦隊の被害が予想以上だった為、多くの連邦艦を取り逃がすことになった。



「艦長、艦内点検終わりです」

「ご苦労、グレーヒェン君。休みたまえ」

応急修理を済ませ、鈍足ではあるが航行可能になったアルバレステア艦内では祝勝会が執り行われていた。
ディジルはというと、艦長たちに「艦長に興味はないかね?」「君ならいい艦長になれる」「推薦状は任せろ!」としきりにラブコールを送られていた。

「なぜ、艦長に推薦されているのですか?」

艦長たちの囲みから逃げ延びたディジルに、ヴァルメリダが尋ねた。

「あー、嬢ちゃんは生体機関が喋ると思うか?」

「はい」

「だよなー・・・・は?」

このディジルという男はヴァルメリダと同じスカイバードの声を聴ける特殊な体質だと薄々ではあるが気付いていた。ヴァルメリダの事情を知らないディジルからしたら素直に受け入れられた事に大層驚いていた。

「実はな。同じような体質のパイロットが何人かいたんだ」

同じ境遇と知ってからディジルの態度がかなり軟化したようだ。ポツポツと自身のことについて語りだした。
自分と同じような体質のパイロットは「彼女」とシンクロすることでグランビアを自在に操ることができたこと。パイロットたちは皆、短命であった。長くシンクロすることで精神が侵され、心が壊れるのだという。また、機体のダメージがそのままパイロットにフィードバックされ、命を落とすのだという。それでもなお、ディジルは空を飛び続ける。
何故?と問うと、「惚れた弱みだ」と誤魔化すように笑った。

「いずれ電探が発達し、俺たちのような先天的な連中は淘汰されるだろう。その日まで飛べたら、落とされたって本望だ」

「彼女にこだわる理由はそれですか」

「ああ。自由に空を飛んでたのにあんな自由の利かない姿になっちまったろう?だから、せめて俺が自由に空を飛ばしてやろうと思ったのさ。頑固でお転婆だが、いい奴だぜ」

ツェアシュテーラー(破壊者)を駆るデストロイヤーの笑顔はとても清々しかった。

fin
最終更新:2015年04月06日 19:05